第百七十三話(1/2):一息


「ふーむ、やはり素材だけは良いから何を着ても映えるな。年増だけど」


「ああ、確かに似合っているな。年増だけど」


「お前ら……っ!」


 ギュスターヴ三世と謁見の次の日、俺たちは帝都の街へと繰り出していた。

 ≪グレイシア≫へ戻るには砂漠を越える必要があるが速度を考えれば船が一番早く、そして安全だ。

 一応、徒歩で横断することが出来ないことも無いのだが……。


 ――「……徒歩での横断はもうしたくない」


 というのはルドウィークの言葉だ。

 どうにも二人は≪ニフル≫での一件の後、直ぐに≪エンリル≫へと目指したらしいのだが、顔バレしたスピネルのせいで大型船に乗ることが出来ず、歩きで砂漠を横断する羽目になったとか。


 ――タイミングがおかしいとは思っていたけど……。まさか、そんなことになっているとはね。


 慣れた狩人でも横断は大変だというのに、二人の身体では地獄だっただろう。

 急いで帰りたくはあるが、大人しく船の手配を待とうというのは当然の流れになった。

 そこで時間が出た俺たちは買い物に出ることにした。

 俺もエヴァンジェルも≪エンリル≫での一件で色々とストレスが溜まっていたのもあって気分転換も兼ねて。


 一先ずは服屋を訪れることに。

 あのダサくて目立つ白服姿はさせられないし、エヴァンジェルのおさがりのままというのも可哀想だろうということで、俺たちはスピネルの服を見繕うことにしたのだ。


 辱めも兼ねて。


「おい、お前ら絶対にわざとだろう!?」


「違うよ、こんなの可愛いんじゃないかな」


「モンスター耳のカチューシャもあるぞ。あとはほらチャイナ服っぽいのも……」


「それもいいな、アリー!」


「助けろ、ルドウィーク!」


 逃げようとするものの残念ながら、拘束具付きのスピネルの身体能力では俺はおろか、エヴァンジェルからすらも逃れることは出来ない。

 彼女は堪らず、自らの同士へと助けを求めるも……。


「……すまん」


 店内の柱に寄りかかりながらその様子を眺めていたルドウィークはそっと視線を逸らした。

 一応協力関係になったとはいえ、命を狙ったものと狙われた者の関係。

 ある程度、蟠りは清算しておいた方がいいと判断したのだろう。


 俺たちも実際そのつもりで、スピネルを虐めている。

 反応が楽しいというのもあるが。


「ルドウィーク……貴様ァ!」


「やめろ、こっちに飛び火する」


 いや、もしかしてルドウィークは普通にターゲットが移るのが嫌なだけだったのかもしれない。


「はははっ、いや、驚きました。私はに生で会うのは初めてなのですが、聞いた話の貴方がたとは随分と印象が……」


 そんな俺たちの集団へと話しかけてくる声が一つ。


「フィオ皇子……」


「今はフィーでいいですよ。一応、公式ではないので」


 振り向くと、そこに居たのは帝国の貴公子ことフィオ皇子であった。



                 ◆



 そう……ギュスターヴ三世の勧められた通り、俺たちはフィオ皇子を交えて観光をしているのだ。

 いや、そうはならないだろうと言われるかもしれないが、今朝になったら彼の方から来てしまった以上、こちらとしても拒否は出来ないわけで……。


「ふん、お前にも苦手なものがあるのだな≪龍狩り≫」


「一応、隠してるんだからそれで呼ぶな。アリーでいいよ」


「……ん、そうか」


 何のためにみんなで外を出歩く際にフード等で顔を隠していると思っているのだ。

 店側には話が付いているらしく、脱いでも大丈夫なのだが……ちょっとこの団体メンバーは色々と衆目を集めやすい。


「それに苦手も何もしょうがないだろう? 皇子だぞ? 次期皇帝だ」


が来るかは……わからんがな」


「それは……」


 つまりはそういう意味なのだろう。


「「新生プロトコル」とやらでやり直しが発生するとフィオ皇子はどうなる?」


「さて、な。何処まで戻すかによるが……少なくともただのフィオとしては生きられまい。皇帝に即位し、まずは帝都における思想と歴史の改竄を行わなければならなくなる。先程まであった歴史を否定し、巻き戻った歴史を今の歴史としてこれから進むと宣言するのが初めの仕事なるだろう」


「そんなの急に言われたところで納得できるヤツの方が少ないだろう」


「そうだな、だが「楽園」については語ることも出来ない。故に……」


 スピネルは言葉を濁したが、俺にはその言葉の続きがわかった。


「――か」


「後の歴史には決して乗る事は無いがな。……その時の皇帝はな」


 それは何というか……途轍もなく残酷な運命だ。


「フィーがのもそういうことなのか?」


「あの老王の優しさなのかもしれんな。惨いことかもしれないが」


 今朝から昼にかけて、色々とフィオと共に行動を共にしてわかったことだが、彼はあまり深いことまでは知らされていないようだ。

 この世界が色々と偽りで出来ていたり、自分たち皇族がただの帝国民と違っていること等は知っているようだが、恐らくについては……。


「まあ、ストーリーイベントが始まる時代に生まれたのが不幸ではあったな」


 スピネルの言葉を聞きながら、俺はエヴァンジェルと談笑しているフィオを眺めた。


 俺は彼のことは嫌いではない。


 直接的に話す機会などそうそうなかったが、今日の半日だけでも印象はだいぶ変わっていた。

 貴公子然として容姿と雰囲気に反して、思った以上に気さくというか何というか親し気に接してくるというか。


「そういえば『Hunters Story』の次の新刊本は何時発売なのでしょうか? 最新刊も素晴らしいもので待ちきれません。いえ、内容の素晴らしさは勿論、装丁の細部への熱の入れようを考えれば早々に次々と出せるものでは無いとは思っているのですが……」


「気に入ってくれて何よりです」


「ええ、とても。父上も特にお気に入りでしてね。よく二人でいる時は話しているのですよ。私個人としては≪怪物狩り≫が≪龍狩り≫へとなった災疫事変の章にはいるのが楽しみでして……ああ、いえ、今のももちろん好きです。例えば――」


 キラキラと目を輝かせながら語る姿は普通の青年のようで微笑ましい。


 微笑ましいのだが、俺の前でその話はやめてくれないだろうか。


 スピネルとルドウィークのシラッとした視線が突き刺さる。


「『Hunters Story』」


「著作権侵害」


「恥は無いのか恥は」


「俺がやったわけじゃねー」


 この二人、ここぞとばかりに反撃を仕掛けてきやがった。


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