第百七十二話:皇帝として
俺はギュスターヴ三世の言葉をかみしめる様に確かめる。
「「楽園」の味方……」
「その通り。儂にとって一番重要なのは「楽園」の存続じゃ、それは≪神龍教≫も変わらぬ。だからこそ、そのためには色々とやった「楽園」の持続のため、繰り返すようになった歴史を編纂する為に禁書令なども整備し、眼を付けられるための芽を潰す……ここら辺はやり方こそ違えど、≪神龍教≫と変わらぬ」
「しかし、陛下はその反面でこうして私のことを隠したり、アリーのことを助けたりとしていますよね?」
エヴァンジェルが疑問を尋ねると、ギュスターヴ三世はめんどくさそうに玉座のひじ掛けにもたれかかりながらそれに答えた。
「いやー、だってさー。どう考えても何の益も出ない、非生産的にもほどがある世界になっているじゃろ? 何じゃよ、一定周期で失敗してやり直す世界って……普通に嫌じゃね?」
「「それはまあ……」」
なんかもう威厳とか投げ捨てて愚痴るように言われ、俺とエヴァンジェルは微妙な表情になりながらも答えた。
色々と知ってしまったとはいえ、こちらからすれば格として上の存在……皇帝なのだからもうちょっと取り繕って欲しい。
俺たちは切実にそう思った。
「本来であるならこの帝国の歴史も無数の色合いがあったのだ。自然の中から生まれた才による歌や劇、物語、美術、建築、料理……長い歴史の中でそれらは発芽し、だが新たなる文化へと繋がることもなく途絶える。それは無常というしかない」
「……残せば次の時代に差し障りが発生するから、ですか?」
「そういうことよ。多少はいいではないか、それぐらいの違いなど大した変化ではない……そう思うかもしれないが積み重なれば目に止まるような変化となってしまう。だからこそ、消すしかない。痕跡を、何もかもを」
人も、自然の中で生まれた文化も、平穏な日々の積み重ねも全ては「新生プロトコル」というやり直しによって無かったことになる。
「儂はそれを皇帝となった日にようやく知った」
「皇帝となった日に……?」
「皇帝という役職自体が重要なんだ。それ以外の皇族や、皇族に連なる者も資格があるというだけで」
「如何にも。だからこそ儂は凡そのことを知っておる。じゃが、知っておるだけじゃ。皇帝となれば権限の名のもとに多くのことを知ることが出来るが、同時に色々と融通が利く立場でもなくなる」
「「ノア」……ですか」
「そうじゃ。色々と思うところはあるものの、実際に儂が動ける範囲というのはそれほど多くない。下手に「ノア」への反逆に近い行動を取るのはリスクが高すぎる。儂だけが被害を受けるならともかく、どこまで飛び火するかと考えれば迂闊には……な?」
ギュスターヴ三世が帝国と「楽園」の維持を優先する行動を取るのは当然と言える。
そして、これが彼が自身を「味方だと思うな」と言っている部分なのだろう。
「だが、貴様は現実に≪龍狩り≫たちにかなりギリギリの助力をしている」
スピネルが話に割り込んできたが、ギュスターヴ三世は泰然として答える。
「迂闊には、力を貸せん。だが、もし現状の打破が出来る可能性があるなら多少の博打はするものじゃ」
「その博打とやらの失敗にどれだけの被害が出るかわかった上でか?」
「少なくとも消してきた時代分よりかは少なかろうな」
「っ、それは……っ!」
「「ノア」の逆鱗に触れたとて、彼の存在の目的が「楽園」の維持である以上、少なくとも立て直しに必要な分のみ生き残るじゃろう。儂らは間違いなく解体じゃろうがな」
「ギュスターヴ……貴様は歴代の皇帝の中でも――」
「なあ、スピネルよ。儂などよりも悠久の時間を過ごし者よ、であるならば知っておろう? 今がどれほどの消えてしまった過去の残骸の上にあるのかを」
「……知らないわけがないだろう。私はこの眼で見てきたのだ。だからこそ……だからこそ、だ。達成できると思っているのか? ≪
「逆に聞くがスピネル、そしてルドウィークとやら。これまで通りで良いと申すか? 今のまま、この有様で」
「それは……」
ギュスターヴ三世の言葉にスピネルは押し黙り、そしてルドウィークも俯いた。
「≪龍狩り≫よ、そして≪龍の乙女≫よ。現状の世界が色々な問題が複雑に絡んだ結果、ややこしい事態になっていることは理解は出来ているな」
「ええ」
「まあ、大まかに」
「要点だけを纏めるなら、重要なのは「ノア」が処理する予定だったストーリーイベント……それの完遂だ。ここが上手くいかないからこそ、「ノア」は「新生プロトコル」によってやり直しを始める。つまりはどのような手段であれ、このイベントをクリアすることさえできれば、次に進むことが出来るわけじゃ」
「ストーリーイベントの完遂。つまりは≪龍種≫の全てを倒すこと」
「その通り、じゃが≪龍種≫の力は並ではない。そもそもが複数人のプレイヤー狩人と戦う前提で調整されていることもあり、単純にとても強い。そして、あくまでアトラクションとして戦うならばともかく、現実的にこの「楽園」で生きている者たちにとって周辺被害というのも重要な問題となって来る」
ギュスターヴ三世の言葉に俺は深くうなずいた。
そうなのだ、一番厄介なのがその部分。
VRゲームの時なら周辺被害なんてそもそも考慮する必要も無いし、アトラクションとして「楽園」での戦闘もそこまで深く考える必要もなかっただろう。
戦闘の余波で壊れたとしても、あくまでリアル感の演出の一つでしかない。
特に運営からの助けもありプレイヤーの狩人生活は順風満帆で進むのだろう。
だが、
例を挙げるなら、≪ニフル≫の件がわかりやすい。
溶獄龍を倒したのはいいものの、鉱山には甚大なダメージが入り鉱石アイテムの流通に支障が出ているのだ。
ただ、勝てばいいだけではないのだ。
如何に被害を減らしつつ、勝つことが出来なければ人類側は疲弊するのみ。
人とモンスターでは圧倒的にモンスターの方が強いのだから……。
「だからこそ、真っ当な手段でこのストーリーイベントをクリアするのは難しい。特に不正の一つも行わず、全ての≪龍種≫を討つなどというのは不可能だ。事実これまでの記録も≪龍種≫も半分を倒した辺りで大半が失敗している」
「となるとやはり……」
「ありとあらゆる手段を使う。これしかあるまいな」
それはつまり不正を行えということだ。
「目を付けられるぞ?」
「もう目を付けられて「新生プロトコル」も発動されたのじゃ。誤差であろう?」
「むっ……」
スピネルたちは押し黙った。
そんな彼らを眺めながら、ギュスターヴ三世はこちらに向き直った。
「ロルツィング辺境伯よ」
「はい」
「全てのものを使って抗って見せよ。さすれば道は開けるやもしれぬ。お主たちには期待をしておるのじゃ」
「期待に応えられますように、こちらとしても」
「ストーリーイベントと「ノア」からの不正を行ったことへの処罰は別じゃ。それらは全く別のタスクで行われる。お主たちが「ノア」が認定する不正を行えば行うほどに、「ノア」も苛烈な反撃を行うじゃろうがストーリーイベントはまた別じゃ。そちらさえ、クリアしてしまえば――」
「ノア」からの報復に対処しつつ、ストーリーイベントである≪龍種≫を打倒する。
つまりはこの道しかないとギュスターヴ三世は語った。
「儂から言えるのはここまでじゃ。あとは自らの手で切り開くと言い、ロルツィング辺境伯よ。これ以上は……中々に難しい」
「いえ、大変にありがたいことです。陛下」
「であるなら早く≪グレイシア≫に戻るとよい。あそこが今の時代の中心地であるからな。それに西はどうにも弱いからな」
「つきましては何点か、陛下のお力を貸していただきたく」
「出来る範囲であるなら、な」
俺はスピネルとルドウィークの身柄をこちらで確保する正統性を担保して貰い、更には細々とした頼みをギュスターヴ三世へと。
ギュスターヴ三世はそれを鷹揚に受け入れた。
「その程度であればよかろう。さて、ではすぐに――と言いたいところじゃが、実は東へ行く船の手配がなぁ。あとは二人の身柄についての手回しも二、三日はかかる。その間は帝都に留まることになるがよいか?」
「それは……仕方ないですね」
「なに、どこぞの教徒のせいで色々と壊れた帝都じゃが随分と再建した。帝都見物でもして暇を潰しておくとよい」
「どこぞの」
「教徒」
ギュスターヴ三世の言葉に俺とエヴァンジェルは同時に二人を見た。
スピネルとルドウィークは視線を逸らしている。
――まあ、いいけどさ。
「それではお言葉に甘えまして」
「うむ、案内にはフィオの奴にでも任せるかな」
「フィオ皇子を……ですか?」
「なに、帝都見物の案内をさせるだけじゃ。あやつも会いたがっておったからのぉ」
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