第百七十話(2/2):「失楽園」


「……そうか、なら勝手にしろ」


 不貞腐れようにそっぽを向くスピネルだが、こっちとしてはそうもいかない。



「お前にも手伝ってもらうぞ?」


「はっ、私がか? そんな義理など――」


「お前たちがエルフィアンというNPCとして生みだされたというのはわかった。「楽園」を維持、運営を第一の行動原理としているのも……その経緯からすれば、そうなんだろう。だが、「楽園」の運営というのは言ってみれば……を指しているとも言える。NPCだけが居てもゲームは成り立たないし、ストーリーも成り立たない。プレイヤーが居なければ、な」


「それは……」


「つまりはNPCエルフィアンにはプレイヤーの補助、手助けする義務も存在する。そう推測を立てたんだが……違うか?」


「…………」


 スピネルは答えなかった。

 だが、その態度こそが答えとなっていた。


「……否定はしない。確かに私たちにとっても今の現状は不本意だ。イベントがクリアを出来ず、進むことが出来ない状況というのはエルフィアンとしては忸怩たる思いがある。ゲームが円滑に進むようにサポートすることはエルフィアンの使命の一つだ」


「なら」


「だが、それは勝ち目がある場合だ。無いとわかっているのなら、私達は被害をより抑えて次の時代を待つ。ノアを下手に刺激してやり直しの範囲を拡大させるわけには――」




「そうか、わかった。じゃあ、




「はぁ!? 話を聞いていたのか? 私は――」



「っ!?」


「今、特に思いついているわけでも無いけどな。それでも死に物狂いで可能性を見つけ出し、俺はイベントを乗り越えてみせる。だから、その時になったら存分に協力しろ。それまではついて来い」


「お前は……」


「どのみち、今回の件でお前らもノアに眼を付けられたんだろう? それなら目を付けられた者同士、纏まっていた方が都合がいい。お前たちは弱いんだろ?」


「それはそうだが」


 スピネルの眼は何を言っているんだコイツは……という眼だ。

 それはまあそうだろう、一応こっちは命を狙われた側なのだから

 とはいえ、今の現状とやらはそれほど余裕があるわけでも無いということを思い知った。

 ならば、使使だ。




「だからついて来い、俺たちに」


「…………」



 そう言って差し出した俺の右手を少しの間、スピネルは眺めると手に取った。



「「新生プロトコル」は発動した。……猶予は恐らく――」


「――そうか。だとしてもやることは変わらない」



 俺はスピネルが口にした言葉を記憶しながら、ギュスターヴ三世が言っていたことを思い出していた。


 ――「全ての≪龍種≫を討伐せよ」


 そう口にしていた。

 結局のところ、そこへと行きつくわけだ。

 世界の秘密を知ったところで、やるべきことは特段変わらない。


 襲い掛かってくるモンスター。

 それを討てなけば命を失う。

 単純で、明確で、強者のみが生き残るという原初のルール




「勝ってやるさ。今までと同じように、俺は生き抜いて見せる」




                 ◆



「アリー!」


「おお、エヴァか。無事で何よりだ」


 しばらく、待っているとエヴァンジェルとルドウィークが揃って現れた。

 警報が鳴り響いた後、不意の放送が流れて彼女の声が聞こえたのには驚いたものだ。

 事情を説明される前に誘導地点だけを伝えられ、それから音沙汰が無かったので心配をしていたが、どうやらスピネルの言っていた通りに≪龍の乙女≫の力とやらで、安全に移動で来ていたようだ。


 こっちは物凄い襲われたのに。

 いや、別に全員殺したので気にはしていないが。


「ルドウィーク……」


「スピネル、私は」


「馬鹿ね、放っておけば貴方は見逃されていたでしょうに。これで目出度く二人共、ノアに眼を付けられたわけだ」


「これ以上、仲間が減るのを見過ごせるものか」


「それで二人減っちゃ意味がないだろうに」


 そう言って二人はしばし無言で抱き合った。

 俺たちはそれを見つめて何となく居心地が悪くなって見つめあう。


「僕たちも……する?」


 そう言って両手を広げるエヴァンジェル。

 俺はそんな彼女から少しだけ眼を逸らした。


「いや、それは恥ずかしいし」


「別れる前もやったと思うんだけど」


「それは何というか気持ちが昂ったというとか、素面の状態で改めてやるのは気恥ずかしいという」


「スピネルの裸を見るのは気恥ずかしくは無かった? わりとしっかりと見ていた気がするけど」


「はい、抱きしめさせて頂きます」


 俺はエヴァンジェルの言葉に一瞬で白旗を上げて、大人しく要求通りに真正面から抱きしめることにした。

 見ていたのか、などと迂闊なことは聞かずに満足するまで抱きしめることにする。


「何やってるんだアイツらは……」


「若いな」


 そんなこっちをどこか呆れた様子で眺めるスピネルとルドウィークの視線。

 そっちはそっちで抱きしめ合っていた気がするが、どうにも二人の関係性的に愛情表現というより、友愛的な表現の一種だったようだ。


 ――凄い恥ずかしい。


 だが、耐える。

 耐えるしかない。



「それでここに集めた理由は? 脱出するにしては来たところから随分と離れた場所になったが」


「うわぁ……」



 エヴァンジェルが満足するまで付き合い、そして何事もなかったように話し始めた。

 スピネルが白い眼をしているような気がするが努めて無視する。


 ――現状を理解しているのか? 細かいことを気にしている場合じゃないはずだ。


「いや、貴様に言われる筋合いは……まあ、いい。最初に使った出入口は封鎖された」


「エヴァなら開けられるんじゃないか?」


「出入り口だけならな。だが、その前に通った長い回廊は覚えているか?」


 ルドウィークの言葉に俺は思い出す。


 ――あの地面ごと動いて運ばれた回廊か。


「あそこも既に封鎖されている。各部の隔壁が下ろされ、完全に電力も停止されている」


「この施設と地上とを結ぶ唯一の場所だからな、最初に塞ぐのは当然だ。そして、あそこはここの管轄じゃないからここからではいくら≪龍の乙女≫の力でも干渉が出来ない」


「つまりは閉じ込められた、と。場所が場所だけに待っていても助けは来ないだろうし」


「というか普通に空気を抜き始めているから、待っていてもそれほど持ちそうもない」


「ガチだな」


 完全に殺しにかかってきている。

 エヴァンジェルならその空気の放出も妨害は出来るだろうが、それだけ出来たところで意味はあまりなかった。


 まさか、ここに住むわけにもいくまい。


「そこでこれだ」


 そう言ってルドウィークが壁に触れると開き、その内側へと入るとそこにあったのは――



「脱出艇か」



 メタリックカラーの金属製の乗り物。

 見たことは無いが、おおよその用途自体は見れば察しが付くというものだ。


「人が居なくなったとはいえ、元はこんな場所にある施設だ。もしもの時のための備え自体はある」


「良く残っていたな……」


「施設の維持管理も適切な運営の一部だからな。問題なく動かせるはずだ。そして、緊急用のシステムは施設とは独立している。いざという時に使えないのでは意味が無いからな」


 それはつまり、施設側のAIで閉鎖することが出来ないということだ。



「要するにこれなら確実に脱出することが出来るという事か」


「逃げ出すことは可能だ。その後のことは……スピネル」


「構わん、どうせ目を付けられた以上は戻ることも出来ん」


「そうなる、か」



 ――昔の言葉にもあったな、確か……呉越同舟だったか? 脱出艇は……まあ、船か。


 俺たち四人はそれぞれに思うところがありつつも脱出艇へと乗り込んだ。

 死ぬつもりが無いのであれば、あまり悠長にもしていられない。


 一先ずは脱出してから、そんな共通の思いと共に脱出艇を起動させる。

 元からオートで動くようにプログラムされていたのだろう、脱出艇は俺たちが乗り込んだことを察知する自動で動き始め、そして≪深海の遺跡≫の外へと飛び出した。


 それはつまり海の中に出るということ。

 窓から見えるのは光りも差さないような深い海の底の光景。


 浮上するために上を目指し、上昇し始めた脱出艇の中で俺は静かに頭を巡らせる。




 巡らせる内容はもちろん、どうやって効率よく≪龍種≫を全て狩るべきか。


 その一点に尽きた。




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