第百七十話(1/2):「失楽園」
「世界が繰り返している……か」
「そうだ、驚いたか?」
「……「楽園」云々の話だけでも今までの常識がひっくり返って、更にこれとはな冗談と思いたくもあるけど」
だが、俺の理性はスピネルの話に一定の理解をし認めしていた。
少なくとも長年の細かな疑問、そして何故この世界が奇妙にも『Hunters Story』という物語を踏襲しているのか。
それの答えとして納得できるものではあった。
この「楽園」はノアというAIに支配されている。
ノアは「楽園」内の世界において『Hunters Story』としての世界のがわを被せている。
それを乱す者を不正者と認定し排除にかかる性質を持ち、そして「楽園」内の状況が整うとイベントを始める。
クリアが出来ずに敗北するとイベント失敗となり、全てをやり直すことから始める。
大雑把に言えばこんな感じだろう。
だからこそ、俺が知っているゲームの中の世界とそっくりで、そういう似たような異世界に来た――と疑問を感じながらも思い込んでいたのだが……。
――実態はそうではなかった。
そして重要なのがノアが強制的に引き起こすイベント。
「ストーリーを模したイベント、それを乗り越えられなければ全てが一からのやり直しが発生する……」
理不尽なんてものではない真実だと素直に思う。
全てが仕組まれていて、そして失敗してしまえば無かったことになる。
今の時代を生きている者が誰も前のロルツィング辺境伯領のことを知らないというのは――
「よっぽど頑張ったんだな?」
「皮肉か? ……まあ、言われるのも無理は無いか。確かにノア自身が行った修正もあったが、その実態として歴史の編纂や抹消を率先したのは皇帝らと帝都の貴族たち、そして≪
「命令だったからか?」
「というよりも自己保身さ。下手に情報を後世に残すというのはリスクが高かった。どこまでがノアによって不正行為と判断されるかは不明だったからだ。例えば貴様が≪鍛冶屋のゴース≫が見つけ出して広めるはずだった≪スキル≫の存在を、早めに広めた行為とてノアの受け止め次第では不正行為の一つとして判断されてもおかしくは無かった」
「それは……」
「幸い誤差の範疇として判断されたためか、他の要因かはわからないが見逃されたようだったがな」
「ノアの修正、か。俺やエヴァを狙ったのもそれが理由か? 確かに聞いている限り、エヴァの力はノアとしては存在自体が許容できない
「いや、それ以前の問題だ」
≪スキル≫云々だけでなく、ギルドのシステムやら何やら≪グレイシア≫を発展させるために色々とやってゲームの設定通りじゃなくしている。
帝都に赴いて交易改善して繋がりを太くしたりと結構な変化だ。
一つ一つならともかく、そこら辺が積み重なって危険視されたのかと思ったのだがそうではないらしい。
「貴様はどうやって溶獄龍≪ジグ・ラウド≫を倒した?」
「どうやってそれはルキの作った兵器で――……あー」
スピネルに答えようとして……俺は気付いた。
――なるほど、これは駄目だ。
≪ジグ・ラウド≫討伐の際に使った方法はルキが作り上げた『Hunters Story』には存在しない兵器で、しかも≪ジグ・ラウド≫の形態変化を逆手に取る形で倒すというもの。
それはゲームという観点から見ればどうしようもなく正道から外れた行いであった。
「災疫龍との戦いはまだよかった。だが、溶獄龍との戦い……あれは駄目だ。ノアの「
スピネルの言葉に俺は何となく理解した。
彼女たちがプレイヤーの一族を排除しようとしていたのはその辺りの事情なのだろう。
恐らくはこれまでもあったのだ。
どうしようもなくなったこの世界を何とかしようとアンダーマンの一族のように裏道を探る様に調べ上げ、そしてノアに知られて修正を受けた。
それはたぶん、原因であるプレイヤーの一族の身の排除という生易しいものではなく……。
そして、その被害は全て編纂されて抹消された。
「そして、お前たちはここに来て襲われた……と」
「本来であれば施設を守るためだけに生み出された存在。それが≪
「お前たち、≪神龍教≫は運営側……つまりはノア側の存在じゃないのか?」
「……私たちが運営側の存在であるのは間違いない。私達もこの「楽園」の円滑な存続を何よりも望んでいるのは確かだ。だが、だからといって暴走しているノアの完全な味方というわけでも無い。私たちもノアの修正とやらの対象となり数を減らし、今では純粋なエルフィアンなど数えるほどにしか」
そう吐き捨てたスピネルの瞳には憎悪の色があった。
人ではない人型人造生命体だ、と主張したのにも関わらず、それはとても人間らしい感情的な色であった。
「方法はあるはずだろう?」
「なに?」
「ノアの管理から逃れる方法だ。今のノアは暴走し、プログラムがループ状態に入っている。だからこそ、現状維持を第一優先し、それを乱す存在を抹消しようとしているわけだ」
スピネルの話を纏めるならそう言うことになる。
そして、これの一番単純な解決法は明らかだ。
「なら、ループ状態に入っている一番の要因はイベントをクリアできないからだ。全ての≪龍種≫、それを討伐することによってストーリーをクリアする。それが出来さえすれば進むことが出来る。違うか?」
イベントが失敗してしまえばやり直しになる。
なら、イベントをクリアしてしまえば?
それならば――
「不可能だ」
「なに?」
「あれには勝てない。……勝てないんだ」
先程までのものとは違う、何処か弱々しい声だった。
「≪龍狩り≫……お前は確かに強い。恐らく当代においてお前以上の狩人は存在しない。この光景を見ればそれは明らかだ」
そう言ってスピネルは視線を周囲にやった。
そこには俺がここに来るまでに倒した無数の小型モンスターの死骸が転がっていた。
「小型モンスターとはいえ、強化された個体を一方的に蹂躙できる強さ。だが……それを以てしても――」
「だから、どうした」
俺はスピネルの言葉を最後まで聞くまでもなく切って捨てた。
「大人しく負けろとでも? 歴史から消えろとでもいう気か?」
「……やり直すと言っても、抹消するための労力も戻すための労力もタダではない。初期の状況で失敗すればやり直すために消す範囲も少なくて済む。全体を見ればそれが最も被害を抑えられる手段だ」
それは恐らく嘘ではなく真実であるのだろうと……俺にはなぜだかそれがわかった。
「だからといって「はい、そうですか」と受け入れられるか」
「――前もそうだった、貴様と同じようなことを言ったやつがいた。だが、その結果は……」
スピネルの言葉からは何かがあった。
深い絶望のような、先程感じた怒りの色すら塗りつぶす……諦観の感情。
それには理由があるのだろうと、俺よりも深く広くこの「楽園」のことを知っているであろう彼女だからこその何かがあるのだと察しつつ――
だとしても、
「俺を誰だと思っている? 俺は……≪龍狩り≫のアルマンだぞ?」
俺は言い切って見せる。
この世界でアルマン・ロルツィングとして生きると決めた日から、最後まであきらめることは無いとそう誓ったのだ。
諦めるには大事なものが出来過ぎた。
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