第百六十七話(2/2):第五区画


 ≪深海姫セイレム≫の放つ攻撃を的確に避け、距離を維持しながら次に懐に飛び込めるチャンスを伺う。


 そして、攻略の鍵なら既に俺は掴んでいた。


 ――……戦っている間に随分と元の場所から移動してしまったが……どうにも相手の動きが鈍っている。


 ダメージの蓄積があるのは確かだ、だがそれとは別に俺の移動を制限するかのような、まるで行かせたくない場所があるかのように立ち塞ぐように動くのだ。

 恐らく、それほどまでに行かせたくない施設がその先にあるのだろう。

 どういう場所かは知らないし、別に向かう理由も特には無いのだがこれは好都合だ。


 相手の動きが鈍る。

 その一点で俺にとっては価値がある。


 弱点を晒したのなら、それを徹底的に狙う。

 それも狩人の鉄則だ。


 俺はただ通路に立ち塞がるように構える≪深海姫セイレム≫に対し、攻撃を仕掛ければいいだけなのだ。


 相手のルーチンは既に学習した。

 相手は俺を通路の先へと行かせないために動きに制限もかかる。

 積み重なったダメージに、厄介だった≪ジリヴァ≫も消耗した。


 故にこれは必然であった。

 俺という狩人と≪深海姫セイレム≫の狩猟の顛末というのは――とてもあっさりしたものであった。



「そこだ……っ!」


「aaAAAaaaAAaaー!!」


 通算三度目のアタックのことだった。

 無数の刀傷、焼け爛れた肌、見るからに消耗した≪深海姫セイレム≫は大きく身体をよろめかせた。

 攻撃を受けてではなく、潜り込んできた俺の動きに対応しようとして対応できずに体勢を崩したのだ。


 それほどに弱っているという証拠。

 俺はそれを察すると一気に勝負をかけた。


 先程までの一撃離脱を主眼とした踏み込みではない。


 一気に距離を詰める神速の踏み込み、



狩技しゅぎ――」


 そして、腰を落とす。

 それはあり得ない行為、モンスターという驚異の前で機動力を捨てるも同然の――しかし、そのデメリットがあってこその威力を持つ大技。


「≪風花雪月≫」


 眼にも止まらぬ神速の三連続斬りが≪深海姫セイレム≫の身体に深々とした巨大な傷を与え、


 ――≪赫炎輝煌≫


 舞い散る花弁のように焔が舞う中で、一際に大きな爆炎が全て焼き尽くさんとばかりにその場を爆発した。



                  ◆



「けほっ……けほっ、少しやり過ぎたかな?」


 ――≪剛鎧≫もあるわけだから多少は威力を高めてもいいだろうと、思いっきり使ったのは失敗だったか? いや、でも下手にセーブして≪深海姫セイレム≫が倒せなかったら本末転倒か。


 そう思い直しながら俺はパタパタと周囲を手で扇いで視界を確保する。

 遠慮なく通路内という狭い空間で使ってしまったせいで黒煙が立ち込めているのだ。

 お陰で周囲がどんな状況になっているか確認ができない。


 ――とはいえ、≪深海姫セイレム≫の気配は感じないのでとなると倒せたとは思うのだが……。


 そう思いながらも警戒をしていると自然と晴れていき、視界を確保することは出来た。


「……穴?」


 そこには巨大な穴が開いていた。

 通路の壁があったはずの部分に、だ。


 ≪深海姫セイレム≫との戦闘中にも、その余波でダメージを受けていたようだが最後の爆発によって耐え切れずにだめになっただろう。

 そして、≪深海姫セイレム≫の姿が見えないことからその穴の向こうに落ちたのであろうことは推測できた。


「これは……」



 そこにはまるで巨大な木のようなものがあった。

 巨大な縦長の空間に無数の金属のチューブのようなものが絡み合い、上へ上へと伸びている。

 逆に眼を下に向けると根元の方は薄暗くにがあって――


〈第五区画への侵入者。検知。警告。退去勧告〉


 思わず、踏み込んでしまった瞬間、鳴り響く電子音声。

 俺はこの場所が何処であるかを知った。


「そうか、ここが第五区画とかいう――」


 最後まで言い切る間もなく、床が揺れた。

 元から爆発の影響で脆くなっていたのだろう、それを俺が気にせずに踏み込んでしまったために前触れもなく崩れ始めた。

 一瞬、その内部の様子に思考を奪われた間に起きたために気付くのが遅れ、逃れることも出来ずに俺は落ちていく。


「と、とと……っ!?」


 距離にして大体七、八メートルほどだろうか。

 落下の末、俺は地面へと何とか着地した。


「うおっ!?」


 すぐさま辺りの状況を確認しようとして、まず目に飛び込んできたのが≪深海姫セイレム≫のだった。

 予想していた通り、爆発の勢いで通路から落ちていたらしい。

 ぐったりとした状態で地面に倒れ込んでいる。


 念のために距離を取りつつ、投げナイフを頭部へと叩き込んだがピクリとも動かない。

 どうやら本当に死んでいるようだ。


 ――仇は取れたってことでいいのかな? エヴァにも見せてやりたかったが……。


 今はそれどころでもないか、と思い直す。

 あとでちゃんと言えばいいだろうと切り替え、改めてこの謎の場所の周囲を見渡し――



「…………」



 目に飛び込んできた光景に凍り付いた。

 の根元にあったはどうやら大きなカプセルのような水槽から発せられていたらしい。

 上へと伸びる金属のチューブに繋がっているその水槽群の中には淡く発光する液体が満ちており、それが発する光が上から覗いた時に見えたのだろうと推測できる。


 だが、俺が驚いたのはどういう意味があるのかわからない機械では無くて、その中に浮かぶ人影。



 非情に整った顔をした、銀色の髪をした少女――というか。



「何で全裸!?」


 スピネルの存在だった。


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