第百六十八話:深海からの脱出
「げほっ、ごほっ……」
「おい、大丈夫か?」
「お前は……≪龍狩り≫……何故、ここに……」
「ルドウィークのやつとの取引の結果だ。協力を求められてな」
「あの馬鹿め、もしもの時は捨ておけと言っただろうに……」
予定が違ってしまったが見つけた以上は助けた方がいいだろう。
そう考えた俺はスピネルを助け出すことにした。
まあ、助け出すとは言っても謎の機械の中に居て、操作の方法もわからなかったのでスピネルが入っていた水槽を叩き割るという純然たる力技だが。
正直、傍目から見て死んでるようにすら見えたスピネルだったが、水槽から出してしばらくすると意識を取り戻した。
最初こそ、ぼうっとしていたが受け答えも出来るようになり、一先ずは問題は無さそうに見える。
「あと、これでも着ておけ」
俺はそう言って周りを少し散策していた時に見つけた大きめの布のようなものをスピネルに手渡した。
何処かツルツルした手触りの普通のとは違う布だが、大きさ的にスピネルの身体を覆うことぐらいは出来るだろう。
「ふっ、紳士じゃないか。それとも私のこの裸体は目に毒か?」
「いや、エヴァに見られて変な誤解されたくないし……」
「人の裸体を見てその感想は失礼じゃないか?」
言ってろ。
いや、良いものを見たとは思っている。
正直、色々な隔意とかを抜きにすればスピネルは少し童顔気味の美少女で、その肢体も一切の無駄のない黄金比で出来た、芸術品のような美がそこには有った。
有ったのだが、その光景を思いがけずに見てしまった時に一番に思ったのは……。
――この状況をエヴァに見られるのはマズいっ!?
というものだった。
怒られるならまだいいが悲しそうな顔をされると俺としてはどうしようもなくなるし、アンネリーゼのところまで話が行けば十中八九エヴァンジェルの味方になるだろう。
そして二人に詰られるのだ……どう考えても勝てる気がしないな。
というわけで是非とも着ていて欲しい、全裸はやめてくれ。
やましいことは一切していないというに何故かここに来て一番の危機感を抱えていた。
「まあ、助かる。これでも人並みの羞恥心ぐらいは残っているからな」
シュルシュルと布を器用に身体に巻きつけ結んだことで俺はようやくホッとした。
「あれは……≪
「ん? ああ、ここに来る途中でな」
「≪
「まあ、単純なステータスだけならそうじゃないか? でも、何というか動きに遊びが無い分やりやすかったぞ。そりゃ、実質初見での戦いだったから最初こそ戸惑ったけども」
「なるほど、流石は≪龍狩り≫だと褒めておこう」
「お褒めに頂き光栄ですとでも……言うべきか。ともかく、一度エヴァたちと合流するぞ」
「≪龍の乙女≫も来ているのか……。いや、当然か。そうでなければ来れるはずも無いし、それに第五区画に踏み込むことなど。彼女の力を使ったのか」
俺の言葉にスピネルは何やら納得したふうに呟いていたが……。
「…………?」
――はて? 何のことだろう。
思わず首を傾げた。
そもそもスピネルはルドウィークが助け出すと思っていたのだが、何故かここにはこっちが先に着いていた。
道にでも迷っているのだろうかと疑問が浮かぶ。
「おい、ちょっと待て」
そんな俺の様子に何かを察したかのようにスピネルが声をかけてきた。
何やら顔色が悪いように見える。
流石に布一枚では寒いのだろうか。
「≪龍の乙女≫を使って侵入したんだろ? 彼女の力を使えば施設内からなら一時的に干渉ぐらいはできる。そうすれば安全に救助とそれから脱出も可能なはず。ルドウィークのやつならそう考えたはずだ」
「へえ、そうなのか」
「そうなのかって……」
「いや、俺は二人とは別れて単独行動をしていたんだ。防衛機構を引き付ける陽動も兼ねて……それでまあ現れた≪
俺はそう言って入ってきた場所を指し示すとスピネルもそこを見上げ……そして蒼褪めた。
「つまり、貴様はこの第五区画の壁を吹き飛ばして侵入した……と?」
「そうなるな」
「そ、それは……いや、そうだ! それでもルドウィークたちの方が上手くやっていた可能性も――」
「そう言えばさっきまであれだけ襲って来ていたモンスターたちが来ないな。≪
その瞬間、全ての照明が赤く染まった。
警告を表すかのように明滅していた点灯は紅一色に、かと思えば鳴り響いていたアラート音が一斉に止まり一瞬の静寂。
そして――
◆
「マズイマズい、マズい……これはマズい!」
僕の仇とも言える≪
「アリー……わりとしっかり見ていた」
が、そんなことはどうでもよく。
僕としては重要事はそっちであった。
「そんなことはどうでもいいから早くしろ!」
「ぐぬ……わかってる、今やっている」
ルドウィークに怒鳴られ、一先ずは棚上げして作業に集中することにする。
あくまで一時的な棚上げで決して無かったことにするわけではない。
――あとで問い詰めよう。
そう心に決め、僕は意識を集中させる。
スキルを使う時と同じ要領で念じると何かに繋がるような感覚が走る。
これが恐らくは「楽園」内に張り巡らされたシステムであり、僕はそれにアクセスをしたのだろう。
膨大とも言える情報が流れ込んでくる。
知らないはずの知識が、情報が僕という中に蓄積をしていく。
「不思議な感覚だ。ネットワークとかそんな言葉知らなかったはずなのに、今では当たり前に理解できる」
「元より上位エルフィアンはこと情報処理能力にかけては優秀に創られている。特に電子情報処理技術はDNAレベルで刻み込まれている。貴様が知らなくてもお前を構成しているDNAはその使い方を知っている」
「ああ、気味が悪いぐらいだ。少し使い始めただけなのに必要最低限の知識はすぐに集積されて……」
ルドウィークの言っている使い方を肉体は知っているとはこのことなのだろう。
意識したつもりは無いのに改めて≪龍の乙女≫の力を発動させてシステムと繋がると、必要となる知識が流れ込むように頭に入ってきたのだ。
そして、それを自分でも驚くほどにすんなりと僕は受け止めて理解したのだ。
これまでの人生、知るはずもなかった知識であるのにも関わらず。
――何というか……凄くしっくりと来たな。まるで初めから知っていたように……。いや、ルドウィークの言った通りなら生まれた時から知っていたのか。
思うところが無いとは言わないが使える力があるのは良いことだ。
特にこの力はアルマンの役に立てるかもしれないというところが実にいい。
現金なもので少し疎んでいたはずの≪龍の乙女≫としての力を、うまく使えるようになって僕は気に入り始めていた。
「それにしてもこれはちょっとマズいね」
そんな僕は今、ルドウィークの手伝いとして≪深海の遺跡≫内を隈なく調べていた。
何故、そんなことをしているかと言えばアルマンが第五区画へと侵入したことによるβ-143の動きが原因だ。
「ああ、やつはこの施設に閉じ込めようと唯一の地上への通路を閉鎖しようとしている」
それはかなりの問題であった。
≪深海の遺跡≫は言葉の通りに海の底に存在する。
脱出するための唯一の通路を閉鎖されれば脱出することは困難。
「そして、何よりも――クソっ、ダメだ。クラッキングが察知されたとしても報告を遮断したかったが……遅かったか!」
ルドウィークが悪態をついたその瞬間、その放送は鳴り響いた。
〈総合統括AI――ノアからの通達。極めて重大、かつ排除困難な不正存在を多数確認。「新生プロトコル」の実行を許可〉
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