第百六十六話:狩人の力、スキルの正体


「E・リンカー……? それがこの銀色の液体の名前なのか?」


「ああ、そうだ。ただ、液体のように見えてはいるが実体は違う。実際は極小の機械群――つまりは生体ナノマシンだがな」


「せいたい、なの……??」


「一つ一つが肉眼で確認できないほど小さな絡繰の塊だと考えればいい」


「それが僕たちの身体に入っていて、スキルの正体でもあると? 何というか……その……」


「信じ難いというのはわかるが事実だ」


「いや、なんていうかもう驚くのにも疲れて来たな……。それで? そのE・リンカーとやらは何なんだ?」


 僕が尋ねるとルドウィークは掻い摘んで説明を始めた。


「E・リンカーとは即ち、狩人の力の全てとも言っていい。この「楽園」に取り残されたプレイヤーも全員


 曰く、E・リンカーとは体内に取り込むことで大きく分けて二つの役割を行うなうらしい。


 一つはプレイヤーの身体の改造。

 古代の人類の身体的な能力というのは今の時代の標準と比べるととても劣っているものであったらしい。

 Eであるルドウィークの運動能力が、当時の人類の標準的な運動能力であると言われて僕は驚いた。


「それじゃあ、モンスターに道端であったらどうやって逃げるんだ?」


「まず、道端で猛獣に会わないんだよ。いいか? 私は平均的だ。お前たちが超人になっているんだ」


 とにかく、非常に運動能力は低く、また人によって個人差も大きく、更に衰えやすい特徴もあった。

 そうなるとあくまで遊興のための施設である「楽園」の運営にとっては不都合だ。

 一番の醍醐味がモンスターの狩猟だというのに、運動神経の悪い人間より運動神経がいい人間が、子供や中高年に差し掛かった人間よりも二十代前後の人間の方が上手くできて楽しめる。


 それでは不公平が発生してしまう。


「最終的には上手い下手が出てくるのは仕方ないにしても、開始の時点で差が生まれてしまうのはゲームという都合上頂けない。ならば身体を改造して条件を揃えてしまえばいい……そう考えたわけだ」


「身体を改造、か」


「別段、当時ではそこまでおかしな考え方ではなかったようだがな。ここまで大規模なものは珍しかったが……」


 血管から体内に摂取されたE・リンカーは筋力や骨、神経系の成長をより柔軟に、かつ強靭になるように促し、そもそもの身体機能自体を細胞レベルで強化。

 更にモンスターとの狩猟の際には脳内物質を強制的に分泌させ、精神集中コンセントレーション状態に引き上げ、所謂ゾーンと呼ばれる状態にまで引き上げる。


「要するにとても強くなる?」


「そういうことだ。通常生活では過剰だからある程度抑えられるが、モンスターとの交戦回数が増えればそれが維持される。言ってみれば、それが狩人と一般人の差だ。モンスターと普段から戦っているか居ないか、それだけの差。逆に言えばある程度戦いを熟して、生き残ることが出来れば狩人としての身体機能を誰でも得られる……この時代の人類はな。何せ誰もがプレイヤーの血を引いているからな」


「そのE・リンカーとやらが僕たちの身体を強化してくれている……と。しかし、体内に取り込まれていると言っても代数を重ねれば薄まるものじゃないのか?」


「E・リンカーには自己増殖機能があるからな。基本的にそれは無い」


 そして、もう一つの役目が様々な現象の発生。

 体内に取り込まれたE・リンカーは自由自在に組み変わり、多種多様な反応を対兄で引き起こすことが出来る。


 だが、トリガーは必要となる。


「例えば≪回復薬ポーション≫がわかりやすい。≪回復薬ポーション≫、≪高回復薬ハイ・ポーション≫に限った話じゃないがな。原材料となる≪薬草≫という植物は確かに身体の治癒速度に影響を与える力はあるがそれは微々たるもの。だが、それを決められた製法で加工し、≪回復薬ポーション≫へと変え、それを使用することで体内のE・リンカーと摂取された≪回復薬ポーション≫が感応し、爆発的な治癒力を発揮する」


「お前に≪回復薬ポーション≫が効かないのは……」


「私がE・リンカーを体内に保有していないからだ。だからこそ、≪回復薬ポーション≫を呑んでも塗っても意味がない。アイテムだけでは意味がない、かといってE・リンカーだけを持っていても意味はない。スキルもまた同じだ」


「……決められた≪素材アイテム≫を決められた形に加工し、それを装備することによってスキルは発生する?」


「理解が速いな。ああ、モンスターに限らず、他の鉱石や植物の≪素材アイテム≫などもE・リンカーとは別種だがナノマシンが使われている。それらと感応する形でE・リンカーは千差万別に体内で組み変わりスキルという現象を発生させる。例えば≪地脈≫のように特定の条件の内に回復力が増したり、≪剛鎧≫のようなものだと防具に使用された素材の硬度が攻撃を受けた時に瞬間的に増す状態にしたり……様々だ」


「なるほど、だからルキやゴースの試みは上手くいかなかったのか……。≪素材アイテム≫の方を弄るだけじゃダメなのか、スキルというのはE・リンカーと≪素材アイテム≫が互いに干渉し合う事で発生しているから……」


 使われている≪素材アイテム≫が同じでも服のようにデザインを変えてしまえばE・リンカーは反応しないし、当然新しい武具を生み出したとしても≪加工≫によってスキルを付与することは出来ない。

 何故なら、それは元の仕様じゃないからだ。


「だが、それと僕の力とがどう関係してくる?」


「そうだな、理解しやすく説明するにはモンスターを制御した力について説明しておくべきだろう。今、言った通りこの「楽園」の至る所でナノマシンは使われている。そして、それはモンスターも同様だ。驚異的な身体能力、特殊な力を発生させる体組織の基となっているのもそれだ。そして、モンスターに使用されているナノマシンにはもう一つ重要な役目がある。それがモンスターの制御機構だ」


「制御機構……確か例の事件の際にモンスターに仕掛けられていた安全制御は解除された、とか言っていたが」


「それだ。正確に言えば解除されたというより、破壊されたというべきだな。本来は安全性のためにプレイヤーへの過剰な攻撃を行おうとした瞬間、それを抑える役割があったのだがその回路は壊されたまま……そして、それをノアは認識できていない。いや、その事は今は良い。問題はモンスターの中には今も指令を受け取ると制御を受ける機構自体は残っているということだ」


「……それを僕は使っている?」


「ああ、これは推論になるが≪龍の乙女≫とは恐らく、皇族の血統に流れる上位エルフィアンとしての素質……つまりはEが干渉し合った結果、偶発的にスキル化したものであると考えている」


「スキル……いや、確かに力を使った時の頭に奔る感覚は似ているような」




「端的に言えば、≪龍の乙女≫の力とはノアへのアクセス権を悪用したに近いものになっているといえる」




「…………」


 僕はルドウィークの言葉を脳内でよく反芻し、そして口を開いた。


「それは……まずい力なんじゃないか?」


「当然、許されない力だ。ノアにとっては特にな。バグを利用した重大な不正チート行為。「不正行為審判機構」が発動し、直ちに強制的な排除が行われるだろう。≪エンリルの悲劇≫のように……いや、事実として過去にそのような事例もあった。お前のように瞳を紅く輝かせ、その力で以って≪龍種≫さえも一時的に……だが、ノアに気付かれて後は――」


「だから、お前たちはノアに気付かれて被害が増える前に僕を消そうと?」


「それもある。だが、もっと重要なのはノアにとっての不正因子、バグの放置を続けた場合、が――いや、今はそれは後回しでいいか。とにかく、まずはここでの目的を済ませよう。単に説明をするためだけに長々と喋っていたわけじゃない」


 ルドウィークは場を仕切り直すかのようにそう言った。


「どういう意味だ?」


「ここに≪龍の乙女≫を呼んだのはただ施設の中に入るためだけじゃない。その力を使ってスピネルを救出するためだ」


「この力で……。ところで気になっていたんだが、スピネルは第五区画に居ると予測しているんだろう? 何故、この第四区画に?」


「今の状態でも確かに危ない橋を渡っているが、それ以上にマズいのはノアに察知されてしまうことだ。これだけはマズい。幸い、ノアが通常行っている「楽園」全体の管理は処理が膨大で、サブユニットである≪深海の遺跡≫の管理はサブ管理システムβ-143に任せている。現時点で我々は侵入者として敵対認定はされているが、まだそれはあくまでも施設内のことであり、β-143の管轄内で済んでいるが……第五区画はマズい。あそこはサブユニットである≪深海の遺跡≫の中核部分だ。そこでの異常はノアへと報告される」


 僕とルドウィークが居るのは第四区画の奥の一つの部屋。

 無数の鏡のようなものが部屋の一面に並び、その一つ一つは別々の絵を映していた。

 どうやらそれは動画で、しかも現時点での施設内の様子を映し出していることには気づいた。


 ――記録水晶似ている……いや、記録水晶似ているのか。


 しげしげとそれを眺めていると光る板を操作していたルドウィークがこちらに話しかけてくる。


「だからこそ、迂闊に第五区画に踏み込むわけにはいかない。手順が必要だ、そこで≪龍の乙女≫の力を借りたいわけだ。貴様の力でβ-143のシステムを一部だけでいい、クラッキングしてノアに報告のいかないようにしたうえで上手くスピネルの救出を――」



「えっ?」


「……え、ってなんだ? 今更、協力の約束を反故にする気か?」


「いや、そうじゃなくて」


「だったら――」


「あの……アリーがもう第五区画っぽところに踏み込んでるんだけど」


「…………えっ?」



 僕が指さした一つのモニター、そこにはアリーの姿とどこかで見たような銀髪の少女が居た。




「何でそんな所に居るんだ!?」





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