第百六十四話:意志なき獣



「AAAaaaaAAaaAaaaーッ!!」



 ≪深海姫セイレム≫の咆哮と共に同時に、後頭部にまるで髪のよう生えている≪ジリヴァ≫も一斉に奇声を発した。

 無数と言ってもいいほどの数の≪ジリヴァ≫が幾重にも折り重なり、俺の身体の芯を揺らすように振動させてくる。


 それ自体にダメージは無い。

 だが、それによって動きが鈍くなったのは確かだ。


 ――これは≪バインド・ノイズ≫による≪鈍化≫状態……。


 ≪鈍化≫状態とは、言葉通りに動きを拘束し機動力を低下させる状態異常のことだ。

 かなり特殊な部類に入る状態異常で≪毒≫や≪麻痺≫などと違って明確な無効化スキルなどが無いのが特徴だ。

 とはいえ、拘束時間自体は短いのでよほど攻撃に嵌める要素が無いモンスター以外なら、諸に食らったところで自力解除してからでも追撃の攻撃には対処可能でした……なのが普通の≪バインドノイズ≫なのだが――



「AaaAaAAAaaaaAaaAAAAaaaーッ!!」


「くそ、またか!? こいつ創ったの絶対に性格が悪い!!」



 連発で浴びせてくる≪深海姫セイレム≫に俺は口汚く罵倒した。


 そうこの合成モンスター、本来なら単発使用で使うはずの≪バインドボイス≫を連発で使っているのだ。


 ――≪ジリヴァ≫の数の多さを利用して打ち分けることで……幸い、元が小型モンスター素体の≪ジリヴァ≫を介して使っているせいで効力は低い。完全に動けなくなることはないけど……。


 常に浴びせられているせいで≪鈍化≫状態が切れる暇がなく、機動力低下を押し付けられているのは間違いない。


「……っとぉ!?」


 そこを仕留めにかかる様に≪深海姫セイレム≫はその巨体に見合わぬスピードを出してと迫ってくる。

 ≪蛇種≫と酷似した下半身をくねらせるようにして、障害物となる棚を肥大化した左腕部の≪獣種≫を思わせる手で蹴散らし、≪甲殻種≫を思わせる黒々とした光沢をした鋏で以って――


「舐めるなっての!」


 あわや胴体を両断というピンチに俺は地面を転がるようにして回避すると、その勢いを活かしたまま立ち上がり、≪深海姫セイレム≫の懐に入り込むと≪宝刀【天草】≫を一気に下から上に斬り上げようとして、


「aAAAaaaAAっ!」


「――っ!?」


 俺はそれを慌てて止め、いつの間にか伸びて取り囲もうとしていた≪ジリヴァ≫の群れから包囲が完成するより先に脱出した。


 ――≪深海姫セイレム≫としての本体へのダメージより、俺への攻撃を優先するとは……。


 無茶苦茶に棚が崩れ、プレート状の資料が床に散乱する中を器用に飛び回る。

 棚の大きさが高すぎて地面歩いていると≪深海姫セイレム≫の動きが見えないのだ。

 だからこそ、容赦なく踏みつけ、棚と棚を飛び移りながら移動を行う。


 ――何というか、やり辛いな。


 戦闘になってどのくらいの時間が経ったのか、目の前に居る≪深海姫セイレム≫に集中していたこともあり判然としない。

 それほどに強かった。


 元より、一度しか戦ったことのないほぼ初見と言っていい相手だ。

 更には見たこともない戦い方をしてくる。

 こんな風に常時負荷を与え続けるような戦い方をするモンスターは記憶にない。


 だからだろうか、どうにも攻めあぐねている。


 そして何よりも俺がやり辛いと感じているのが、≪深海姫セイレム≫の行動だ。


 ≪深海姫セイレム≫は通常のモンスターとは違う。

 決定的に何が違うのかと言われれば、これは生物由来の自身の命を守ろうとする行動をしないのだ。

 それよりも目的の達成を優先するらしい。


 ――大方、俺を抹殺しろ排除しろと命令されているんだろうが、だからといって俺が本体となる部分に攻撃をする際に、敢えて受けてその隙に≪ジリヴァ≫で取り囲んで逃げ場を無くして攻撃しようだなんて……。


 懐に入りこめた瞬間、俺はがら空きの胴体に攻撃を仕掛けた。


 仕掛けた……が、それは≪深海姫セイレム≫の防御行動を誘発するためのものだったのだ。

 特に厄介な≪ジリヴァ≫の群れ、その一部が防御行動に回ったらそこをまとめて焼き払って数を減らすつもり


 だが、≪深海姫セイレム≫が取った行動は守りではなく、俺の排除を優先する行動……。


 ――自らがやられそうになっても命令の達成を優先する……か。


 それはもはや見た目を取り繕っただけのロボットに近いのかもしれない。


「だとするなら……」


 なるほど、厄介だ。

 自らの身を顧みずに襲い掛かってくる敵ほど面倒なものはない。


 多彩な未知の技を持ち、

 単純な攻撃力や機動力から見ても軽く上位モンスターに匹敵、


 やり辛く、強く、そして――





 ≪宝刀【天草】≫を構えた。

 俺に目掛けて殺到する≪ジリヴァ≫の群れ、空中でうねるように軌道を変え、ただ一つの獲物に目掛けて襲い掛かってくる。



 ――≪赫炎輝煌≫


 俺はそれをただ淡々と捌き切った。


 幾重にも刃が煌めき、空間に弧が描かれるごとに紅蓮は舞う。

 斬撃と爆炎の輪舞は押し寄せる敵対者をただ無慈悲に蹂躙した。


「お前はただ強いだけだ」


 ≪鈍化≫状態で身体の動きが鈍い……ならば最初からそれを前提にして動けばいいだけのこと。

 大体の感覚はもはや掴めた。

 意識と身体の動きのズレを俺は修正する。


「aaAAaaAAaA?!」


 埒が明かないと思ったのか、≪深海姫セイレム≫はその本体自らが突っ込んできた。

 巨大な≪蛇種≫を思わせる下半身の尾をくねらせ、≪巨人種≫を思わせる筋骨隆々とした上半身の力で以って、侵攻上の全て薙ぎ払うようにして迫ってくる。


「単純な性能においては強いんだろうが……」


 肥大化した≪獣種≫特有の左腕から放たれた鋭い爪の斬撃。


 だが、

 正確に言うのであれば、知っているのはあくまでもミックスする上で素体となったであろうモンスターの動き。


「怖くもなく、弱点もある相手に負けてやるほどお人好しじゃない!」


 ≪深海姫セイレム≫の攻撃を見切り、返す刀で放たれた斬撃は深々とした傷を確かに刻み込んだ。



 昔から疑問だったことがある。

 ここが『Hunters Story』の世界であると誤認して、そういう異世界にでも来てしまったのだと誤解して、俺は生きるために領主をやりながら狩人になりモンスターと戦う日々を送った。


 その過程で気付いたのだ。

 仮想現実で見て戦ったモンスターとこの世界で戦ったモンスター。


 この二つは恐ろしく似ている……と。

 見た目や生態は、まあ、いいとして。

 戦う時の攻撃や行動の際の癖まで一緒なのはおかしいのではないかと。


 所謂、大技を出す前の前動作とかが本当にゲーム通りなのだ。

 これは流石におかしいのではないか、とは思っていたのだが……。


 ここが仮想世界を現実世界に再現した「楽園」というのであれば納得だ。

 ゲームのモンスターにわかりやすい弱点や攻め場所があるのは必然。


 簡単すぎるのも問題だが、ゲームとは本質的に言えばクリアされるものだ。

 故にこそ、『Hunters Story』のモンスターには弱点の場所があったり、弱点の属性があったり、動きに癖が設定されていたり……それをちゃんと組み込んで「楽園」のモンスターが創られたというのであれば、恐ろしく動きや癖が似ていてもおかしくはない。


「そして、そんな明確な弱点があるモンスターのデータを使って創られた≪深海姫セイレム≫も……それは同じこと」


 見かけの威容にこそ騙されたが、動きや攻撃ルーチンパターンというのはその基本に沿った動きばかり。

 癖も素体となったモンスターの影響を受けているようで、落ち着いて観察している内に見抜けてくるようになった。




「さて、そろそろ攻めに回ろうか」




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