第百六十三話:人の創りし――



「何だ……これは……!?」



 どうにか抑えようとしたものの動揺は隠し切れずに震える声に現れてしまった。


 だが、それも仕方ない。

 そこにあった光景はそれほどのものだったのだ。


 それは一見すれば最初に見た……アルマン曰く、モンスターたちの標本のようなものに似ていた。


 純度の高い透明度をした硝子とはまた違った物質で出来ているように見えた大きな水槽。

 その容器の中には薄緑色の液体で満ちていて、アルマンの話ではちゃんと管理をすることで鮮度を保ったまま……つまりは腐らせたり、劣化すること無く保存することが可能なのだとか簡単に説明してくれた。


 本当だとしたら驚くべき技術だ。

 いや、嘘を言うとは思っていないがそれでも疑ってしまうほどに液体の中に浮かぶモンスターたちはそのままの姿で、ただ眠っているようにしか見えなかったのだ。


 そして、それと似たような水槽がルドウィークを追って入った部屋にも並んでいた。


 多少の形状の違い、サイズの違いはあれど、見たことのない物質で出来た透明の水槽と満ちた薄緑色の液体……ここまでは一度見た光景と全く一緒であった。


 ただ、ルドウィークが言っていた第四区画と呼んだこの場所とモンスターの入った水槽を見た第二区画。

 そこに明確な違いがあるとすれば――それは中身。


「これは……どうみても……」



 水槽の中で浮かぶ存在がモンスターではなく、明らかに姿ことだった。



「――人間?」



「何を言っている、これはどう見ても……。この≪深海の遺跡≫とやらは記録や保存を役目としていると聞いたが、もしかして人も攫って標本にでもしているのか?!」


「随分、猟奇的な発想だ。だが、安心しろ。これは人間じゃない。よく見ろ、誰かに似ている気はしていないか?」


 軽く見える範囲でも男女合わせて十数人。

 第二区画で見たモンスターたちのように水槽の中で裸で浮かんでいる光景は、僕にはいささか衝撃が強すぎた。

 モンスターたちの時でも表現できない怖気が走ったというのに、同じように人が浮かんでいるその様子は……。


「重要なことだ、≪龍の乙女≫よ」


 咄嗟に眼を背けたくなるも、ルドウィークにそう言われて僕は渋々と目を向けた。

 観察してみると並んでいた彼ら彼女らは何れもとても容姿が整っているように感じた。

 まるで人形のように。


 そして、


「……アンネリーゼ様?」


 ルドウィークに促され、彼ら彼女らの姿を見ていて僕の口からこぼれたのはそんな言葉だった。


 ――アンネリーゼ様に似ている? いや、別に顔も似ているわけじゃないし、何でそんなことを……? しいて言うのであれば……雰囲気、か?


 自分でも何故そんなことを言ったのかわからなかった。

 ただ、雰囲気が似ているというのであれば同じくらいに思い当たる節が僕にはあった。


「いや、どちらかと言えばスピネルという女とルドウィーク……キミに似ている気が……」


「アンネリーゼ・ヴォルツも……か、中々に鋭いな」


 僕の回答にルドウィークは笑った。


「そうだ、ここに並んでいる者たちと私たちは仲間だ。アンネリーゼ・ヴォルツも含めてな」


「アンネリーゼ様がお前たちと一緒だと……?」


 同好の士で、婚約者の母親で、同年代に見えるぐらいに若いというアンネリーゼは、僕からすると何とも一言で言い表すことのできない関係だ。

 だが、可愛がって貰っている自覚はあったしこちらも親しく思っている。

 そんな彼女をルドウィークたちと一緒であると言われるのは、思わず不愉快気に眉をしかめてしまうのも仕方のないことだった。


「そう不愉快そうな顔をするな。これはとしての話だ」


「種族……? 確かアンネリーゼ様は≪森の民≫の血を濃く引いているとは聞いてはいるが……」


 そう口にして気付く。

 ≪森の民≫とはなんだ?


 僕の知っている≪森の民≫というのは長寿で、容姿も整い、ずっと若々しいという特徴を持った謎に包まれた不思議な種族のことだ。

 だが、この世界が一から創られた世界だ。

 大地も植物もモンスターすらも古代人によって創られたというのであれば、≪森の民≫という存在は……。


「≪森の民≫、か。いい線だ。その通り、私もスピネルも……そして、この並んでいる彼ら彼女らも。≪森の民≫という種族に属する。だから、仲間と称したのだ。同族と言った方がわかりやすかったか」


「……≪森の民≫とはなんだ? ここが創られた「楽園」であるなら、人間はプレイヤーだけが残ったんだろう? なら、そんな特別な存在は――」


、誤った認識だな。……この「楽園」の中にはプレイヤーの他にもう一種類、は存在していた。いや、用意されたというべきか」


「……? 意味がよく……」


「この「楽園」が創作の遊技、あるいは物語を下地に創られたというのは既に説明した通りだ。言ってしまえばここは巨大な歌劇の舞台の中、プレイヤーは誰もが演者としてその中で各々踊り狂う……だが、歌劇というのものは主役だけでは成り立たない。そうだな?」


「それは……そうだろう。どんな物語も主役だけでは成立しない」


 当然の話だ。

 主役だけで成り立つ劇などあり得ない。



「だが、誰もが成れるなら主役になりたいと思うのが人の性だ。特にこの世界は狩人とモンスターが主役の世界だ。工房の鍛冶師、宿場や道具屋の商人になりたいものなどそうは居ない。運営側で集めて用意しようとしても、そんな労働をする物好きな人間などその時代にはいやしない。ならば――。そう考え付いた者たちが居た」


「……は?」



 言っている意味が分からず、一瞬考えてそれからエヴァンジェルは間の抜けた声を上げた。


「≪龍狩り≫が居れば話は早かったのだがな……。私たちはそうだな、キャストキャストとかエキストラ群衆役というか――いや、もっと端的に言葉で言い表すならNPCノンプレイヤーキャラクターというべきか」


NPCのんぷれいやーきゃらくたー……」


「その通り、運営側によって用意された「楽園」を構成するために人工的に創られたヒト種。それらが私たちであり、≪森の民≫であり、王家であり――」


「お、王家も……!? いや、待てそれでは……」




「その通り、≪龍の乙女≫よ。貴方もまた私たち――の血を引きし者だ。その証拠こそが、あの紅き瞳とモンスターを操って見せた力……なのだから」




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