第百六十二話:遺跡と守護獣


 ぎぃぎぃ、と煩く鳴き声は響き渡る警報音の中でも不快に俺の鼓膜を震わせた。


 故に黙らせるために手に持った≪宝刀【天草】≫を一閃。

 鮮血が舞い、ごとりとその恐竜にも似た首は金属製の地面の上に落ちた。


「多いな……全く」


 一つ首を落して黙らせたところではさほど煩さは変わらない。

 その事実に辟易としながら、俺はチラリと地面に転がったモンスターの首に視線をやった。


 ≪ヴェルプトル≫。

 帝都での事件の際にもやりあった獰猛な小型モンスターの一種。

 鋭利なかぎ爪と牙で敵を襲う危険なモンスター……あくまでも防具を装備していなかったらの話だが。


「やはり、ちょっとおかしいな」


 基本的に小型モンスターというのは雑魚である。

 元から大型モンスターと戦うのがゲームの根幹のデザインである以上、厄介に感じるのはやり始めの下位防具を使っていた辺りまでで、中位防具以上になると防御性能を突破できるダメージ自体を出せなくなるし、攻撃面だって下位より上の武具となると致命傷を与えやすくなるので処理も楽になる。

 そもそも、そこそこダメージの通る下位の装備を使っている≪銅級≫の狩人でも、しっかりと注意を払って戦えば問題なく狩れる存在なのだ。

 それなりに経験を積んだ狩人からすれば装備が整っていれば殊更気を付けるべきところもない相手といえる。


 そして、今の俺の状態と言えば上位装備に身を包み、これでも熟練した狩人と名乗っていい程度には経験を積んでいるという自負もある。

 それを考慮すれば≪ヴェルプトル≫の十や二十、現れたところで危機感を覚えるはずも無いのだが……。


「……ふむ」


 どうにも奇妙だ。

 俺がそんな思考を巡らせている合間にも、現れた≪ヴェルプトル≫たちは果敢に襲い掛かってきた。


 跳躍力を生かした飛び掛かり。

 真っ直ぐに飛び掛かってくるのが二匹、通路という地形を生かすように壁を蹴り、三角飛びの要領で襲い掛かってくるのが一匹。

 俺はそれらを冷静に見極め、直接飛び掛かってきた二匹を斬り捨てると同時に回り込むように襲い掛かってきたもう一匹のかぎ爪の攻撃を伏せることによって掻い潜る。

 そして攻撃を回避され、地面へと着地した隙を見逃さずに距離を詰めると同時に≪宝刀【天草】≫を振り下ろした。


 ――やはり、動きがおかしい。≪ヴェルプトル≫にしては速すぎる……。


 刀身に纏わりついた血を一振りで払いながら、俺はそんなことを考えていた。

 疑問に感じるのは≪ヴェルプトル≫の動きの良さだ、確かに元から俊敏性の高いモンスターではあったが明らかに知っている≪ヴェルプトル≫よりも動きが速い気がする。


 さらに言えば攻撃力も上がっているようだ。

 躱したつもりではあったがかぎ爪の攻撃は≪煉獄血河≫を掠めていたのか、見れば袖の部分が少しだけ切れていた。

 見た目が布のように見えても上位防具、それなのにこれは本来あり得ないことであった。


 ――少なくとも上位防具に傷を与える程度の攻撃力があるということ、か。あの見た目も関係しているのか?


 そして、一番の注目点は≪ヴェルプトル≫の見た目だ。

 靄のようなものがかかり、黄色のはずの瞳は紅くなっている。


 まるでそれは帝都で戦った≪超異個体≫の≪リンドヴァーン≫を思い起こさせた。


「小型モンスターに≪超異個体≫は無いよな……。まあ、ここが創られた世界である以上、設定通りの意味での変異種なんてのは居ないってことだ。つまりは何らかのドーピングのようなものと考えれば……適応させてもおかしくはないか」


 俺はそう推察した。

 戦ってみてわかったことだが、この≪ヴェルプトル≫たちは

 確かに≪ヴェルプトル≫は群れでの狩りを行うモンスターだが、それを考慮しても何というか生物的な意思を感じないのだ。

 威嚇するように声こそ発してはいるものの、同胞が既に両手の指の数では足りないほどに殺されているというのに、怒りも怯えの色もその唸り声からは感じない。


 見た目だけを取り繕った機械を相手にしているかのようだった。


「……外のとは違う、防衛機構のために調整されているということか」


 そう結論づけるしかなかった。

 モンスターが創られた存在であるならそういうことも可能ではあるのだろう。


 ――合成獣キメラである≪守護獣ガーディアン≫を創るよりは簡単そうだからな……そもそもセーフティがあったとか何とか言っていたし、それはつまりモンスターの行動をコントロールできる手段があったということ。


 ならば意思自体を剥奪し、目の前に居る≪ヴェルプトル≫たちのように操ることも不可能ではないはずだ。


「こういうのを見せられると本当にただの生き物じゃなかったというのがまざまざとわかって何とも言えない気分になるな」


 俺は愚痴るように零した。

 今まで信じてきた常識が壊れていくというのはこれで結構精神的に堪えるものがある。


 ――それにしてもモンスターの制御……か。ルドウィークたちやエヴァのが何となく思い起こさせるな。


 元からモンスターを操る力、というのは仕組みの分からない能力ではあった。

 ただ、まあ、スキルのような超自然的な力がある世界というのもあって、そういうオカルト染みた力だと無理矢理に納得をしていたのだが、異世界と思っていたこの世界は俺の知っている世界の延長線上にある世界で、モンスターも極めて人工的に生み出された存在だということを考慮に入れると……。


 ――モンスターに組み込まれている制御機構とやらを何らかの方法で奪った……というのはどうだ? 完全にオカルトな能力よりかはまだ理解できる範疇だ。だが、そうなるとどうやって? そもそも制御機構とやらはなんだ? モンスターの脳内に電子チップでも組み込まれているとかか? いや、それなら素材にするために解体する時にわかりそうなものだし……。


 次から次へと疑問や謎が浮かび上がっていく。

 戦いに集中しきれていないという自覚がある。

 とはいえ、今までの常識が全てひっくり返ったのだ、それも仕方ないと俺は言いたい。


「……っと!」


 飛び掛かってきた≪ヴェルプトル≫たちを数体斬り捨てながら俺は通路を疾走する。

 相手がダメージを通せるだけの攻撃力を有している以上、囲まれてしまうのは些かまずい。

 それに通路という狭い空間を利用しての壁を使った三次元の動きも厄介ではあった。



「とはいえ、どれほど強化しても≪ヴェルプトル小型モンスター≫では……ねっ!」



 通路を進んでいくと右側に扉があることを確認し、俺は≪宝刀【天草】≫を振るって破壊し中を確認するよりも先に飛び込んだ。


 そして、身体を切り返すと同時に、


 ――≪赫炎輝煌≫


 俺を追って破壊した扉から一斉に入ってこようとする≪ヴェルプトル≫に向け、爆炎を一気に解き放った。



「まあ、限度というものはある」



 煉獄を思わせる紅い炎に飲み込まれ、一纏めに≪ヴェルプトル≫たちは絶命した。

 多少の強化をもって運動能力、攻撃力、あるいは防御力が上がったとしても所詮は小型モンスター、基礎的な生命力は大型モンスターには到底及ばない。

 上位武具の攻撃力に加え、スキルでの追加属性ダメージも合わさるとなれば耐えられる道理はない。


「少し驚きはしたがこのぐらいなら……それにしてもここは何処だ?」


 まとめて処理できたのが功をしたのか気配から察するに追加の敵はまだのようだ。

 俺は改めて辺りを見渡した。

 咄嗟に中の様子も確認せずに飛び込んでしまったが、そこは言うなれば図書館のようであった。

 広大な空間に棚が並び、中にはびっしりと半透明状のプレートのようなものが詰められていた。


 何とはなしにその一つを手に取るとその半透明状のプレートの中には何かの破片のようなものが入っていた。

 触れているとプレートの表面に英語での文が浮かび、流し読んでみると植物の一部であることが書かれていた。


「これは……「楽園」の環境を作るための素体となった資料か?」


 例えるならここは標本室のような場所らしい。

 電子的なデータだけではなく、元となった植物、鉱石、生物片の実物の一部を保存するための部屋。

 ざっと見た限りではプレートの総数は百や千という単位を軽く超えているように思えた。


「なるほど、これが≪深海の遺跡≫の役目というやつか」


 下手をしなくても八百年近く時が経過したのだ、滅んで今では希少になってしまった資料も多いだろう。

 それでなくともこの数だ、学術や探求を生業とする者からすればこの光景は堪らないお宝の山に見えるかもしれない。


「ルキとかこれを見たら大喜びしそうだな……」


 俺はそんなことを考えながら≪宝刀【天草】≫を構えた。



「――まあ、燃やすんだけど」



 価値がわからないとまでは言わない。

 だが、生憎と今はタイミングが悪い。


 ――どうせ資料を持ちだす暇も無いし、陽動のためには出来るだけ防衛機構の排除優先順位を維持しないといけない。単に返り討ちにしているだけじゃ、インパクトが足らない……。


 ならば精々内部で破壊活動をしよう。

 つまりはそういうことだ。


「では……っ!?」


 スキルを発動しようとした――その刹那。



 地面が揺れ、そして。



「AAAaaaaaaAaAaaa!!」


「まあ、そろそろだとは思っていた」



 壁をぶち抜くように現れたのは異様の怪物――≪深海姫セイレム≫。


 容赦なく振るわれる横薙ぎの巨大な爪の一振り。

 俺はそれを構え直した≪宝刀【天草】≫でズラしいなすと同時に距離を取った。


 ≪ヴェルプトル≫ではこちらを止められない。

 それが理解できたのなら、向こうが≪守護獣ガーディアン≫を派遣するのは至極真っ当な判断と言えた。



「色々と想定外に世界の真実とやらを聞かされて、大変な目に合ったが……元はお前を狩るつもりだったんだ」


「aaaAaAaaA」


「そっちにも何かと事情はあるんだろうけど、それはそれとして……婚約者の仇だ、代わりに晴らさせて貰う」



 俺はそう宣誓すると同時に≪深海姫セイレム≫は咆哮を上げ――そして、戦いは始まった。


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