第百六十話:アラート



「失敗?」


「ああ、そうだ。……失敗だ。所詮は結果論でしかないが、彼らの失敗が無ければここまで厄介な事態になることもなかっただろう」



 テロリストの襲撃は後にプレイヤーたちの中では、「エイプリルフール事件」と呼ばれた。

 これは発生したのが四月一日だったというのも当然にあるが、「嘘だったら良かったのに」という皮肉も込めてのものなのだそうな。


 とにかく、「エイプリルフール事件」によってデスゲーム体験となってしまった彼らだが、救援は何らかの理由で期待できそうにない……という事実を知っても、そこで自暴自棄になることなく協力し合い三つのサブ管理システム施設を制圧した。

 そこにテロリストの実行犯たちが立てこもり、管理運営システムに干渉をして彼らを皆殺しにしようとしていたからだ。


 辛くもそれを止めたプレイヤー側だったが、テロリストたちを排除したからと言っても事態が終息できたわけではなかった。

 彼らには管理運営システムに干渉する手段が無かったのだ。

 大陸内に居た「楽園計画」の上位運営管理者はテロリストが念入りに殺害してしまったため、アクセスすることも出来ない状態。

 プレイヤー側にも優れた技術者などはそれなりには居たのだが、所詮は外部の人間でしかない以上は出来ることは限られた。


「故にプレイヤーたちはあることを行うことにした。それが運営管理システムの掌握……無論、正攻法では不可能であるため、非正規手段であったがな」


 不正がどうのという状況でもなく、精神的に追い詰められたのもあったのだろう。

 テロリストたちは排除できたとはいえ、セーフティが外されたモンスターは外にウヨウヨ居るのだ、早く脱出したかったのだろう、プレイヤーたちは強引に運営管理システムを支配下に置こうと行動を起こした。

 全部とはいかずとも、一部……せめて、外界と連絡が取れるようになれば状況は一気に良くなる。


 プレイヤーたちはそう信じていた。


「だが、それは叶わなかった。……ここから先はあくまで推測でしかないが、恐らくその時点では運営管理システムの総合統括AIである「ノア」は休止状態に入っていたはずだ。権限を持っていないテロリストたちに掌握できるはずがないし、出来ていたらプレイヤーたちは勝てなかっただろうからな」


 とはいえ、ノア側も打つ手があったわけではないだろう。

 これで運営管理者の人間が生きて指示を出せていれば変わっていたかも知れないが、それは可能性の話でしかない。

 テロリストたちの先手によって自身に命令を下せる上位者が居なくなり、その後も続くテロリストたちのシステムへの攻撃。

 ノアは自発的にシステムを守るために休止状態に陥ったのだ。

 あくまでも運営管理システムの総合統括AIでしかないノアの限界だった。


「そこの状態のノアにプレイヤーたちは強引にアクセスして掌握しようと……」


「ああ、それが「不正行為審判機構」を刺激したのだろう……ノアは休止状態から目覚めた」


システムに攻撃されていたことはわかっていたはずだ。


 ルドウィーク曰く、統合統括運営システム「ノア」にはある二つの特徴がある。


 その一つが「不正行為審判機構」というプロトコル。


 意味はその名の通り、不正行為が確認され次第、その処罰を行うというプログラムだ。


 ゲームとは公平でなくてはならない。

 特に多人数が同時に遊べるものほど、厳正に行う必要がある。

 それに「楽園」というのは『Hunters Story』という世界を再現した現実に再現したものだ。


 仮想でありながら現実、現実でありながら仮想。


 その境界線を守るために過度に世界観を壊す行為を行うこともまた不正行為の一つとして、処罰されることになっているとか。


「恐らく、それが要因となってノアは何故か休止状態を解除し再起動した。だが……」


「いや、でも、そんな機構があるなら先にテロリストが対象になるじゃ……」


「違うな、あくまでノアの権限はゲーム内に対するもの。テロリストたちは「楽園」の外から来た、外部からの攻撃。翻ってプレイヤーたちの行為は、プレイヤー資格を持った者による運営管理システムへの攻撃、これは少なくともノアにとっては違ったのだろう」


 そして、ノアは暴走をはじめた。


「元よりテロリストたちは運営管理システムを支配下に置くよりも暴走させることに重きを置いていた。システム自体にかなりの損傷が発生していたのだろう、そこにプレイヤーたちの不正アクセスにより「不正行為審判機構」が働き、休止状態から再起動したノアのAIは「楽園」の適切な運営のために自律的な行動を開始した。……≪守護獣ガーディアン≫もその一つだ」


「あれが?」


「≪龍狩り≫も知っての通りだ。本来、あのようなモンスターは登場しない。あれはノアが複数のモンスターのデータから創った合成モンスターだ」


「そうか、あれは次作のモンスターとかじゃなかったのか。まぁ、だいぶ違ったからなゲームのジャンルレベルで」


「≪守護獣ガーディアン≫は言ってしまえばノアの私兵だ。≪深海姫セイレム≫はこの≪深海の遺跡≫を守っている」


「言葉通りの≪守護獣ガーディアン≫というわけか。手出しをしなければ問題ないと言っていたのは……」


「そういうことだ。≪守護獣ガーディアン≫は他のモンスターとは違い完全に制御下に置かれ、生物由来の本能的な行動の余地すらない生物兵器だ。それ故に役割を忠実に実行するし、それ以外のことはしない」


「ならばなぜ≪エンリルの悲劇≫は起きたんだ……奴が街を滅ぼすのを僕はこの眼で見たんだぞ?」



「それも一度答えたはずだ。クラウス・エーデルシュタインは。本来であれば≪深海の遺跡ここ≫を守る役目を持ちながら、やつはその役割を放棄するどころかシステムへのを行った。それがノアにバレて≪深海姫セイレム≫が派遣されて――あの様だ」



「クラッキング……って」


 つまりは不正な手段で運営管理システムに干渉しようとしたということだ。

 故にノアは≪深海の遺跡≫の守護をしていたエーデルシュタイン家の存在を不要と結論を出した。


「その結果が……≪エンリルの悲劇≫だと? だが、父上は何故そんな……話の通りなら父上は≪深海の遺跡≫の存在、そして「楽園」のことも知っていたはずだろう?」


「恐らく……はな。我々は聞いているだろうが敵視されていたからな。それにこの事実を確実に知っているといえるのは皇帝のみだ。皇族や公爵家すらあくまでも御伽噺程度にしか真実は知らない。……知ってはいるが、どこまで信じているかとなると――といった具合だ。クラウスも恐らくは一部は知っていたのだろうが、所詮生まれた時から「楽園」育ちだからな。適切に理解できていたかは疑問が残る。だからこそ、禁忌ともいえるノアへの反逆とも言える行為遺跡へのクラッキングを行ったのだろうが……」


「父上は何故、そのような」


「さてな、少なくもこちらにとっても青天の霹靂だった。仮にもこの世界の安定を担う公爵家があのような……こちらとて想定外だ」


「何故、父上はそんな……」


「理由については不明だ。当時の私たちもクラウス・エーデルシュタインが何をしようとしていたのかは掴めなかったからな。だが――最近になってようやく掴めたのかもしれない」


 ルドウィークはこちらを睨めつけながらそう言った。



「≪龍狩り≫……貴様は何故――」



 続こうとしていた言葉は突如として鳴り響いたサイレンの音にかき消された。


「な、なんだ!? うるさ……っ?!」


「これは警報……?!」


「ふむ、やはり第二区画までか」


「第二区画? 何のことだ? というかこれはいったい……」


「この施設内は五つの区画にわかれていてな。入り口から奥にかけて第一区画から第五区画まであって、奥に行くほど重要な施設が存在する。≪龍の乙女≫の権限で入れるのは比較的重要性が低い第二区画まで。だからこそ、警告しているのだろう」


 ルドウィークの言葉にそう言えばだいぶ進んだな、と俺は思い返した。

 話し込みながらも、どんどんと彼は先に歩いていくので特に考えもせずについて来てしまったが……。


〈警告。第三区画への許可。不受理。要請。即刻退去〉


 電子音声がどこからともなく響き渡り、俺たちが居る大きな通路内が赤く明滅した光に満たされた。


「とても歓迎されていないことがわかるな」


「ああ、だが、警告してくれるだけ良い奴だ。暴走しているAIとか言う割に話が分かる。よし、ここは一旦下がって――」


「そう言うわけにもいかなくてな」


 俺が提案するのとルドウィークから懐から刃物を取り出したのはほぼ同時だった。

 信用こそしていなかったものの、地下の先が危険な場所であることを想定していたので護身用に持たせていたものだ。


 とはいえ、大したものではない。

 下位の武具種程度の攻撃力しかないので、エヴァンジェルの特製の服に傷すら付けるのも難しい無いよりマシ程度の武器。


 だが、



〈武装の使用、ならびに攻撃的予備動作を検知。勧告の拒否と判断。対象らを不正侵入者として処理を実行〉



 鳴り響く電子音声の言葉から察するに、敵対的行動と捉えられるには十分だったのだろう。

 俺たち三人以外は人気もなく、静かだった施設内が物々しい気配に包まれる。




「……おい」


「契約通りにこの世界の真実について、ある程度の情報は話したはずだ。ならば次はこちらの番だろう?」




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