第百五十八話:業の眠る場所


「なんだこれは……」


「……ここが≪深海の遺跡≫の内部」


「≪深海の遺跡≫というのは対外的に名付けた名称だ。――正式名称はサブ管理システムβ-143。その役割は「保存」」


 ルドウィークと話し込んでいる内に辿り着いたエスカレーターの終着点、そこにはまた巨大な金属の扉があった。

 だが、エヴァンジェルが近づくとその扉は自動に開き、俺たちは≪深海の遺跡≫の内部へと潜入することに成功した。


 そして、そこにあった光景は想像を超えたものであった。


「これは……」


 無数の機械が埋め込まれるように広がる通路の先、そこには膨大な数の溶媒槽が並んでいた。

 十や二十という数字では収まることが出来ないほどの数、大型の溶媒槽の中には無数のモンスターが入っていた。


 どれもこれも俺の見知った顔のモンスターばかりであった。


「「保存」……」


「そうだ、先程も一度言ったが……これがこの≪エンリル≫が要地とされる理由だ」


「確か三公が治める土地は特別がどうのこうの……」


「ああ。楽園計画を運営する上で、この大陸には全てを統括するメインコンピューターの他に三つのサブ管理システムが用意された。それらは自然環境と生態系の管理、大陸内での事象の観測、そしてデータの集積および解析、保存……それらを補助する役目があった」


「めいんこんぴゅーた?」


「人や生き物で言えば頭脳に当たる部分だ。この大陸が遊興のために人工的に創られたというのなら、適切に運営するためには統括する存在が必要となる……」


「ああ、なるほど。≪コロッセウム≫でもそうだったからな……大規模になればなるほど支障なく運営管理するには労力が必要となる。この≪深海の遺跡≫はそれを補助するための施設の一つだと?」


「そういうことだ」


 ルドウィークの言葉に俺は改めて施設内を見渡した。

 今までの道程でも相当ではあったが明らかにこの世界の常識から外れた光景、それは彼の言葉の正しさを証明していた。


「見てくれ、アリー。これは……」


「ああ、≪リンドヴァーン≫だ」


 エヴァンジェルが指さした先にあったのは、強大なシリンダーの中で浮かぶ≪リンドヴァーン≫の姿だ。

 『Hunters Story』の看板モンスターであり恐ろしき火竜が、ただ眠る様に大人しく培養液の中に漂う様子はとても恐ろしいものがあった。


 彼の存在の脅威を知っているが故に。


「こんな光景を見ていると今までの常識が壊れていきそうだ」


 心の中のどこかで否定したかった「モンスターが創られた存在」という事実、それを受け入れていく自分を他人事のように感じた。


「……そうだね」


 ――まあ、俺でさえもこうなんだ。この世界……いや、というべきだろうか? ともかく、エヴァにはそれ以上の負担か。


 その証拠に周囲を見渡す彼女の様子は何処か恐ろし気で、俺の側から離れようとしない。

 服の袖を握ったままぴったりと寄り添ったままだ。


 ――……しっかりしないと。情報量が多すぎて考えるのをやめたくなるけど。


 これまで脅威として存在していたモンスターが、シリンダーの中でただ浮かび並んでいる姿というのは……正直、見ていて気分の良いものではない。


 施設内は不気味程に綺麗で照明も自動に点灯し、十分な明るさがあるというにどこか不気味で寒々しい印象を受けた。

 冒涜的で生命倫理を超えた根源的な恐怖を感じる。


「これ……動き出したりしないだろうな」


「それはあくまでもサンプルとして素体を保管しているだけだ。生命体としての機能は停止している」


「そ、そうか……」


 昔見たパニック系のSF映画のことを思い出し、何となくルドウィークに尋ねてきたのはそんな言葉だった。

 内容としては俺の心配を払拭するものなのだが、完全にモノ扱いの言葉に些か閉口してしまう。


「それにしてもこんな光景を見せられるとモンスターが人工の……バイオ生命体? とでも言うべき存在というのは受け入れざるを得ないか」


「この大陸自体がそもそも人工的に創られたというのも……」


「こんな場所があるんじゃな」


「どうだ? 見た方が早かっただろう?」


「確かにな……言葉だけじゃ納得は難しかっただろうな。戦った時には死を覚悟したモンスターたちがただの創り物だったなんて、なんというか……」


「テクノロジーで生まれたとはいえ、生命体であることには変わりはないぞ? 生産コストとてかかるし安い存在ではない」


「そういう話じゃなくて……何というか無常というか。……ん?」


 俺はそこでふとあることに気付いた。


 モンスターは人工的に生産された存在。

 生態系の頂点である≪龍種≫もまたモンスター。


 つまり――


「ちょっと待ってくれ……モンスターが人工的に創られた存在だということは、もしかして≪龍種≫もまた――」


「?? それは当然だ。≪龍種≫もまたどれだけ埒外な存在であれど、モンスターの括りに入る。その設定は≪龍狩り≫とて知っているだろう?」


「いや、知ってはいるけど……」


 ――何というかナチュラルに別枠扱いをしていた。いや、だってそうだろ?!


「≪龍種≫の力ってアレだぞ? 自然現象そのもの象徴とかそんな設定で気象操る力を持ったやつとかも……」


「実際に災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫と溶獄龍≪ジグ・ラウド≫と戦った貴様が言うとはな? その力はどうだった」


「……確かに、何というかゲーム内で戦った通りというか。いや、迫力はケタ違いだったけど、設定に遜色ない力を誇っていたというか」


 特に≪ジグ・ラウド≫の力は凄まじかった。

 ハメ殺して何とかはしたが、あの力で手当たり次第に暴威を振りまけば焦土の一つや二つ作るのもわけないもないという圧倒的な力。

 更に設定的に言えば地脈からエネルギーを取り込めるので四十九日間耐えずに活動し続けることも可能という……ふざけるな。


「だろう?」


「……えっ、じゃあ何なの? 他の≪龍種≫も同じく再現を?」


「当然だ」


「遊興のために?」


 エヴァンジェルが心底不思議そうに聞いた。

 俺もその気持ちはよくわかる、テーマパークを作るにしても設定通りに忠実に再現して気象兵器染みた力を持たせて創り上げる必要が何処にあるというのだろうか。




「ああ、それは……「楽園計画」を実行する上で招集された中心メンバーが『Hunters Story』のコアなファンだったから、リアル趣向を追求したと――記録に残っている」


「「馬鹿なのか!?」」



 この状況を作り出したテロリストやらは当時の時代を堕落しているとしてテロを実行に移したらしい。

 その行為自体は一切の認められるべきではないかもしれないが、テーマパークのために生き物を創り出したり、それに気象兵器染みた能力を持たせたりと、その主張自体は案外正しかったのかもしれない。



 俺とエヴァンジェルは心底そう思った。


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