第百五十七話:外界



「つまり、アリーの時代の人が仮想の世界を再現する為に映画の物語よろしく、仮想のモンスターたちを創り上げた……と?」


「それどころじゃないあ。環境、植生やフィールド、それらを再現する為にこの大陸ごと一から創り上げたのだ」


「いやいや、それは……なあ?」


 あまりの規模の話にエヴァンジェルが俺に同意求めるも、


「…………」


「えっ……アリー?」


 俺にはそれに応える術が無かった。

 何故なら知っているからだ。


「メガフロート計画……その噂は聞いたことはある。新たなる土地を作ろうと人工的に島を作る計画だ」


「人工的に島を?!」


「その完成を見たわけじゃないが……。それに新種の生物の創造実験も俺の時代で行われていた」


 それを加味すると、あり得ない……と否定できるほどの要素が無いことに気付いた。

 馬鹿げた話ではあるものの、技術的には不可能ではない――そんな結論に行きついてしまうのだ。


「仮に……仮にだ。お前の言う通りにこの島――いや、大陸が創られたとしてだ。なぜ、こんな事態になっている? 少なくとも今の現状とやらは「楽園計画」とやらの要旨から外れているように思える」


「そうだ、外れているのだ。奇しくも「恐竜王国」という作品の内容と同じように、元の「楽園計画」にはあくまで仮想ゲーム世界に偏重し始めた者たちの気持ちを、現実リアル世界に引き戻すことを目的としていた程度のものだった」


「ふむ……」


「あくまでもゲームに出てきたモンスターを生き物として生み出し、それを身体を魔改造されたゲーム参加者プレイヤーが狩猟して楽しむ――そういうアトラクションの


「どういうことだ?」



「詳しいことは本筋と離れるから省略するが……結論から言ってしまえば「楽園計画」の根幹をなしていた『Hunters Story World』――つまりはこの大陸にも等しい島内のことだが……その運営に失敗した」


「失敗?」


「本来であれば完全に制御された状態で運営されるはずだったのだが……ある事件により、この世界の上位管理者が排除され、そしてここには運営管理システムだけが残った」


「運営管理システム?」


 ルドウィークに聞き返すと彼は丁寧に答えてくれた。


「運営管理システムというのはその名の通り、島の運営やイベントなどのゲーム進行などを統合統括する『Hunters Story World』のAIのことだ。プレイヤーの状況を逐一集積し、依頼クエストやイベントを発生。モンスターの適宜生産、採取系の希少アイテムの入手の調整など、ありとあらゆる意味でこの島における事象を管理する存在のことだ」


「モンスターの生産……」


「無論、あくまでも娯楽施設である以上、プレイヤーには最大限配慮されるバックアップ体制は万全の施設の予定……であったらしいのだがな」



                   ◆



 始まりは一つのテロだったという。


 技術発展により、人は労働から半ば解放され、国に養われている……いや、国の運営もまた進化したAIの介入が強くなり、人は機械の家畜と成り果てようとしているとまで主張する過激な宗教集団がいくつも発生した。


 それらは俺の記憶にもいた。

 多くの当時の人間が科学技術の発展の象徴とも言える仮想現実の世界に多かれ少なかれ依存していたことを考えると、彼らの「現代人は堕落している」という主張も一定の理はあったように思える。


 とはいえ、当時はフルダイブ式のゲームが目覚ましく発展した時期だった。

 彼らのことなど時たまに地方紙のニュースにデモをしている様子が乗る程度――




 彼らが最新鋭の技術をつぎ込んで創り上げた『Hunters Story World』に「生命倫理を犯す大罪だ」とテロを起こし、上位管理権限者を殺害するまでは……。


「彼ら上位管理権限者を殺害、そして運営管理システムを一時的に支配下に置くと意図的に暴走させた。いや……させるしかなかった、というのが現在での有力な推論だ」


 あくまでも彼らは外部の人間でしかなく、上位管理権限者を殺し一時的に運営管理システムに干渉できたとはいえ、完全な制御は不可能であったと推測された。


 彼らに出来たのは精々、テーマパークの運営する上で何重にもかけていたモンスターへのセーフティを解除することぐらい。


「彼らにとっては『Hunters Story World』を無茶苦茶にすることこそが目的。当時既に運営が開始されて参加していた一万六千四十九人のプレイヤーのこともどうでもよかったのだろう。あるいはそのプレイヤーたちも標的だったのかもしれないが……」


 本来であれば狩られるべく生み出されたモンスター。

 それを狩る者として参加した狩人プレイヤー


 両者の立場はその日から対等になったのだ。


「それから……どうなった?」


「テロの実行犯たちは事態を把握した当時のプレイヤーたちとの抗争の果てに殺害されたと残っている。無論、突如として安全であったはずのモンスターたちのセーフティが解除され、殺しにくるようになったのだ……プレイヤーたちも相応に被害が出たという話だが」


「それは……そうだろうな。――いや、待て」


 俺はルドウィークに対してふと思い浮かんだ疑問を問いかけた。

 正直、話の規模が大き過ぎてついていけていないが……。


「――何故、プレイヤーは戦いを挑んだ?」


「ふむ……?」


「色々と急すぎて全てを呑み込めないが……一先ず全てを受け入れたとしよう。この大陸、あるいは世界が全てが人工的にただのテーマパークとして作られたとして……それが外部からの悪意ある干渉で緊急を要する事態になったとして、何故?」


 疑問に感じたのはそこだった。

 仮に俺がそのプレイヤーの立場なら自らの身を守ることに専念し、外部の救助を大人しく待つことを選択するだろう。


 だが、ルドウィーク曰く、当時のプレイヤーたちとやらはそれを選択しなかった。 

 それには何か意味があるように思えた。


「……半年」


「……?」


「半年だ。彼のテロリストたちが運営管理システムに干渉し、『Hunters Story World』に異常がみられるようになり、それでもプレイヤーたちが耐えた期間は……」


「それって」


「そうだ、来てもおかしくはずの本国からの救援……それらは一切なかった」


「…………」


「理由は不明だ。元からこの『Hunters Story World』内は外界と遮断された設計となっていた。現実世界に作られた仮想世界なのだ、出来るだけ雰囲気を壊したくなかったのだろう、外界と連絡を取れる手段は乏しく、そして数少ない連絡手段もテロ時の動乱によって喪失した。……この大陸は海に漂流する孤島と化していた」


 来ると思っていた救助は何時まで経っても来ず、自分たちで解決するしかないと覚悟を決めてしまったが故の全面戦争だったらしい。


 だが、それはおかしなことではないだろうか?


 自国民がテロによって非常に危ない状況に追い込まれている……詳しい状況がわからなくとも助けようとするのが当たり前、故に何らかのアクションを起こすのが当然のはず、





「わからない?」


「疑われるような発言だとは理解している。だが、事実として我々は大陸外部からの干渉をこれまでの間、受けたことはない。事件当時も、そしてその後も……それは現状が指し示している」


「…………」


「考えられることがあるとすれば外界でもが起きた。それによって、救助できるほどの余裕はないのではないのかと当時のプレイヤーたちは考えたわけだ」


「だから、自らの手での解決を……と。だが、そのとやらに思い当たる節でもあったのか、当時のプレイヤーたち」


「『Hunters Story World』のモンスターだ」


 ルドウィークは淡々と言葉を続ける。


「本来であれば大陸から離れられないようになっているが、それもセーフティが解除された際に活動範囲制限も撤廃されたと推測されている。水中活動が出来るモンスターや飛行能力を有するモンスターなら大陸の外……外界へと流出したとしたら?」


「……おいおい。いや、それでも外には強力な兵器だって」


「その際に≪龍種≫たちも混ざっていたらどうだ? 溶獄龍こそ飛行能力は無いが、他の五種は辿り着くことも可能だ。災疫龍の疫病によって狂化されたモンスターの軍勢に、気象すら操る残りの≪龍種≫の力も合わさったら? 可能性は少なくないのではないか」


 俺はルドウィークの言葉にその場面を想像してみることにしたが、大変に酷いことになりそうでやめた。




「まあ、どのみち確認のしようがない以上、ただの推測でしかない。存在するのは外の彼らからの干渉は途絶え続けたまま……という事実だけだ」




 

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