第百五十五話:3126
「アリー、この通路って……」
「ああ、壁とか地面、全部があの金属で出来ている」
「建物は石材が一般的だというのに……。それにこの動く地面……まるで別世界に飛び込んだようだ」
――別世界、か。
エヴァンジェルの言葉は正しい、確かにこの光景はこの世界ではまずみられない光景だ、彼女が不思議そうに見渡しているのも無理はない。
巨大な扉で塞いでいただけはあり、目的地までの通路は広々とし、そして奥まで伸びていた。
恐らくは≪エンリル≫の地下を通り、例の≪深海の遺跡≫とやらまで直通しているのだろうが、その物理的な距離を考えると少しげんなりとしてしまうが諦めて進むしかないと、俺たちは脚を踏み出し数歩進んだところ、
唐突に地面が動き始めたのだ。
所謂、水平型エレベーターというやつだ。
一瞬驚いてしまったがすぐに慣れてしまった俺とは違い、エヴァンジェルは騒いだが聡明な彼女は一先ず害は無さそうなことと、目的地までの道程を補佐する絡繰りであることに気付き、あっさりと順応してしまった。
「それにしても凄い仕掛けだ。これほど大掛かりなものが≪エンリル≫の地下にあっただなんて……」
「…………」
エヴァンジェルは感心しているが、俺の中ではどんどんと疑念が膨れ上がっていた。
今まで信じていた世界観が壊れるかのような光景に。
――「ただ、
ふとルドウィークの言葉が蘇った
地上はまるで
地下のこの空間は
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
堪らずに俺は問いかける。
「今までも妙なところは多かったがこれは……」
「貴様の生きていた時代に似ている?」
「ああ……時代?」
その単語に引っかかり、更にルドウィークに問いかけようとするもそれよりも先にエヴァンジェルが話しかけてきた。
「アリー、生きていた……ってどういうこと?」
「エヴァ……」
不思議そうに聞いてくるエヴァンジェルを見て、俺は腹を括ることにした。
このエスカレーターが終着地点に着くまでまだ時間があるようだった。
なら、その時間を利用して彼女には伝えておくべきだろう。
受け入れてくれるかはわからないが。
「前に言っていた……俺の秘密の話だ。俺には実は生まれる前の別人としての記憶があって――」
◆
「つまり……アリーは全く別の世界で生きていたアリーの記憶があって、しかもそこで……「ぶいあーるげーむ?」ってやつで遊んでいた世界がこの世界とそっくりだったってこと?」
「丸っきり一緒というわけじゃない、色々と差異はあるが……概ね。モンスターとか装備とかアイテムとか」
「確かにアリーは昔からそこら辺、妙に詳しかったと聞いたことがある」
「ズルをしていたようなものさ。エヴァに話した『Hunters Story』のストーリーだって……」
「そっか」
「……幻滅したか?」
「別に」
俺はきょとんとした顔でエヴァンジェルを見つめた。
彼女は頬を掻きながら続けた。
「正直な話、生まれる前の別人としての記憶がある……とか。前のアリーのところで存在していた創作の世界に、この世界がそっくりだ……とか、急に言われてもピンとこないのは事実さ。割と大事な思い出だった聞かせてくれた話がパクリだったのもアレだし……」
「うぐっ」
まるで自分が考え付いたかのように語った過去の俺に対し、呪詛を内心で送った。
「でも、まあ、いいんだ。きっかけになった思い出ではあったけど、僕が惚れ直したのは帝都で戦っているアリーの背中を見たからだ。だから『Hunters Story』を広めたいと思ったんだ」
「エヴァ……」
嬉しいけど、広めるのはやめてくれ。
「前があろうとなかろうと、この世界が何であろうと……僕が恋をしたアリーはあの時のアリーだ。重要なのはそこで、後の要素なんて余分なものでしかないんだよ」
「…………」
「仮に君の前が女でも、犬でも、鳥でも虫でも大した問題じゃない。僕が好きなアリーは今のアリーだ。それでいいんだよ」
――……うちの婚約者が男前すぎて困る。
ちょっと不安があったのに吹き飛ばしてくれるくらいに受け入れてくれた。
不安を感じていたことに罪悪感を感じるレベルだ。
っていうか勢いで喋っていたのであろう、「惚れ直した」とか「恋」とか「好き」とかどストレートな言葉に俺はノックダウンしそうだ。
言った張本人でもあるエヴァも言ってから恥ずかしくなったのか林檎のように真っ赤になっている。
そして、それは自分もだろうという自覚がある。
頬が途轍もなく熱い。
「ただちょっと気になる部分もある」
「えっと……何が?」
「そのアリーは別のアリーとしても人生を歩んだんだよね?」
「そうなる」
まあ、二十歳になる前に死んだので人生を歩んだとまで言えない気もするが。
「それじゃ、その……けっ――」
「け?」
「け、結婚とか恋人とか居たりした?」
――気になる所、そこなのか?
「いや、居ない。そういうのには縁が遠い人生だったから……」
「本当?」
「ほ、本当だ。前も含めて……その、そうゆう関係になったのは……指輪を送ったり、キスとかしたことのあるのはエヴァくらいで……一筋だ!」
「そっ、そうか……そうか」
はにかむようにして笑ったエヴァンジェルの顔に鼓動が早くなるのを感じた。
「おい、いい加減に話を進めたいのだが? 色ボケども」
そこに声をかけてきたのがルドウィークであった。
ちょっと完全に存在を忘れかけていた男の声に、俺とエヴァンジェルはハッと意識を戻すことに成功した。
「なんで、重要な話をしていたはずなのにあんな……これから割と危ないところに行くところなんだから、もうちょっと緊張感を持て」
「悪かったって」
「…………」
俺はともかくエヴァンジェルは見られていたことに気付いてしまい、恥ずかしそうに俺の身体を盾にしつつルドウィークを睨みつけていた。
「それで話を戻したいんだけど、さっき時代がどうとか言ってなかったか? あれは一体……」
「≪龍狩り≫、貴様が死んだのは何時の頃だ?」
「何時って……西暦で言えば確か2285年だったかな?」
「ふむ、おおよそ予想通りだな。≪龍の乙女≫よ、≪龍狩り≫の世界は未来に見えるか?」
「えっ、軽くしか聞いていないから何とも言えないけど、「かがくぎじゅつ」というやつが発展してこんな動く床があったり、≪アカリゴケ≫も無しに夜も明るく出来たり、馬車より早い移動手段がたくさんあって、空も飛ぶことも出来るんだろう? 僕には想像もつかないけど、それは確かに――未来的とも言える」
「そうか、だが残念ながらそれは逆だ」
「逆?」
「この世界が未来で、≪龍狩り≫の居た世界……いや、時代が過去なんだ」
「はっ? どういう……」
「今の時代を西暦で表すなら――そうだな、3126年ということになるのか」
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