第百五十四話:扉はまた開かれた
「これが入口……この先にお前の言っていた施設とやらがあるのか?」
「てっきり、地下にあるものだと思っていたけど……」
「いや、目的地は≪エンリル≫の沿岸の海の下に存在する」
「海の下? そんなところに施設なんて――」
「ある。この大陸にとって最も大事な施設――≪深海の遺跡≫が」
ルドウィークの言葉に、
「≪深海の遺跡≫……」
――海底にあるから≪深海の遺跡≫って……。
ちょっと安直じゃないかと俺は思うが、名称というのはわかりやすいぐらいがいいかと思い直す。
「なるほど、海の底が目的地……か。海から潜っても行けるんじゃないか?」
「まあ、近づくことは出来るだろうが入れるかどうかは……。正規ルートが使えそうならそちらを使う方が筋だろう」
「正規ルート……それがこれというわけか」
「そうだ、≪深海の遺跡≫の管理を任せられていたエーデルシュタインは、当然直通のルートを常に確保していた……この扉の先を進めば≪深海の遺跡≫へと辿り着く。準備は良いか?」
「問題ない、先に言われていたから装備はちゃんとしてきているし、エヴァも最低限の装備をしている」
俺は当然としてもエヴァンジェルに関しても、帝都に行く前に最大限の準備は整えていたのだ。
彼女の今着ている黒を基調としたドレスだが、実のところ上位素材をふんだんに使って作られている。
相も変わらずスキルの再現こそ出来ていないものの、十分な防御力自体は存在していた。
「き、貴様ら……またそんな、いや仕方ないことなのかもしれないが……」
その事を伝えるとルドウィークは苦虫を嚙み潰したような顔をしたものの、俺は特段気にもしなかった。
というか誰対策のために用意をしたと思っているのだろうか、本来ならそれこそ防具でも着せておくのがベストではあるがどうしてもデザインが……普通の服っぽいものもあるのだがどうしても数が限られる。
そこで、戦うことを想定するわけではないならスキルは諦めていいだろうと考え方を方針転換して衣服を作って貰ったのだ。
それなりにお高い……というか一着で市民の家が一つほど建つほどかかってしまったが俺的には許容範囲内だ。
自腹なので領地運営の金にも手を付けてないし、シェイラにも文句は言われなかった。
呆れられた眼はされただが……。
「まあ、とにもかくにも準備は万端ということで。扉を開けるといい」
「いや、私にはこの扉を開けることは出来ない」
「……おい、じゃあなんだ? 俺にこの扉を壊せ、とでも?」
俺は目の前の銀色に鈍く輝く扉を見て、壊せるかなっと思いながらも≪宝刀【天草】≫の柄に手を伸ばす。
それを見て慌ててルドウィークは言葉を察した。
「待て待て、そうじゃない。というか貴様、思った以上に力技で何とかしようとするタイプだな!?」
「色々と先のことは考えて手を尽くしてやることはやるけど、割とフィジカルで何とかしようとするよねアリー」
「狩人だからね」
モンスターと戦うためにあらゆる策を手段を講じるが、最終的に戦う時になって信じられるのは自らの力のみ。
フィジカル、パワー、それが狩人脳。
開ける手段がないなら、壊すしかないじゃない。
「いや、開ける手段はあるんだ! 私には無理だが≪龍の乙女≫なら開けられるんだ! だから、やめて!?」
≪宝刀【天草】≫を正眼に構え、スキルの発動の準備をしていざ斬りかかろうとする俺に対し、再度ルドウィークは悲鳴に近い声を上げた。
「っていうか僕? いや、そんなこと言われても……僕は扉を開ける鍵なんて持っていないよ?」
「いや、持っている。言ってしまえば≪龍の乙女≫という存在が鍵そのものと言ってもいい」
「僕が……鍵?」
「正確に言うと≪龍の乙女≫の力が、だがな」
「それはモンスターを操る力じゃないのか?」
「正しくない。あくまでそれは≪龍の乙女≫の力の一部でしかない」
ルドウィークの言葉に俺は考え込んだ。
モンスターを操る力、という時点で理外の力と言ってもいいのにそれはあくまで力の一部でしかないと彼は言った。
≪龍の乙女≫とは一体何なのか。
「ど、どうすればいいんだ?」
「特別難しいことじゃない、あの時……≪ムシュムシュ≫に命令をした時のように」
「いや、あんまり覚えていなくて」
「それは嘘だね。一度自覚した以上、あの状態になる事自体はさほど難しくはないはずだ」
「それは……」
ルドウィークに促されるも、気が進んでいない様子のエヴァンジェル。
どうしても忌避感があるのだろう。
「エヴァは無理はしなくていいよ。これぐらい俺が壊してさっさと進もう」
「アリー……」
「いやいや、待て待て。振りかぶるな、絶対に壊れないんだってそれは……っ! というか下手な攻撃は向こうの――」
「や、やるよ!」
そんな風に俺とルドウィークが騒いでいるとエヴァンジェルの声が響いた。
振り向くと彼女は両の頬を軽く叩き、キッと強い意志を宿した瞳をこちらへと向けた。
その両眼はいつかのように紅色に輝いていた。
「アリーの足を引っ張るわけにもいかないし、それに僕という存在を知るためにも必要なことなんだ。だから、先に行こう」
不敵に笑って見せるエヴァンジェルの姿に強さを感じた。
「で、どうすればいいんだ?」
「その状態のまま扉に向けて命令すればいい。言葉はさほど重要じゃない、そうだな……頭の中で唱えるようにして語り掛けるんだ」
「わかった、やってみる」
そういうとエヴァンジェルは扉の前に立つと目を瞑った。
単に口に出すだけならともかく頭の中で唱える……というのは急に言われても難しいのだろう。
眉間に若干の皴が寄り、何度かの試行錯誤の果てに、
「――出来た」
エヴァンジェルの一言と同時に俺たちに居る空間に声が響いた。
〈権限確認。命令受諾。開門実行。通行許可発布〉
「な、ななな、なんだ……!? これ!?」
何処からともなく聞こえてきた機械音声にエヴァンジェルは驚きの声を上げ、俺もまた圧倒されていた。
「これは……」
機械音声の後、巨大な銀色の扉は勝手に動き始めたかと思うと道を空けた。
数トンもあろう扉が動く姿は圧巻と言ってもいい。
「私では権限が足りなかったからな。だが、これで後は――≪深海の遺跡≫までもうすぐだ」
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