第百五十三話:エーデルシュタイン屋敷の秘密


 エーデルシュタインの屋敷は見るも無残な姿だった。

 ニキータの言っていたように荒れ果て、管理をする者も居なかったため、かつてそこに豪邸があったことを感じさせる程度の跡地となっていた。


「…………」


「エヴァ」


「ん、大丈夫だよ、アリー」


 それを眺めるエヴァンジェルにかける言葉は見つからない、ただ手を取り握り締めることしか出来ない。

 もう少し気の利いた言葉の一つでもいえればいいのだが……。


「ありがとう」


「ん」


 彼女は少しだけ微笑んで握り返してくれた。

 俺はそれが嬉しく、同時に少し照れてしまって目線をうろつかせてしまう。


 そんな俺たちに向けて飛ぶ声が一つ。


「おい、イチャついているな……先に進むぞ」


 ルドウィークである。

 俺とエヴァンジェルは当然のように答えた。


「空気読め」


「残骸とはいえ我が屋敷を踏むことを許しているだけでも有難く思え。というかお前待ちだぞ、こっちは……」


「う、五月蠅い! 歩きづらいんだ……クソっ!」


 まあ、当然である。

 建材であった木材の破片や石材の瓦礫などが散乱し、ハッキリ言って非常に歩きづらい状態となっている。


「それで? 何処に向かえばいい? 入り口がどうこう言っていたが……」


「大まかな位置なら……わかる、はぁはぁ……そこまで行けば」


「屋敷の地下に入口、か……そんなものが」


「少しだけ話題に上がったな。エーデルシュタインの屋敷の秘密、と」


「入口ということはその先がある、ということだな? 向こう側があるからこそ出入り口というのは必要になるわけで……何があるんだ?」


 俺とエヴァンジェルはひょいひょいと軽快に足元の瓦礫をよけながら進みつつ、ルドウィークへと話しかけた。


「帝国において……いや、この大陸において重要な施設がその先にはある。それを管理するのが三公家の役割だった」


「重要な施設、か。それがある要地だからこそ、皇族に近い公爵家が治めていたと」


「簡単に言えばな……着いたぞ、恐らくはここだ」


 ルドウィークが立ち止まったのは一つの部屋……いや、かつては部屋であっただろう場所だ。

 微かな名残だけは見て取れる。


「ここは……父上の書斎だな、確か」


「ああ、なるほど書斎か」


「父上の仕事場だったからな、一度屋敷内の探索で勝手に入ったぐらいの記憶しかない」


 本棚が幾つも並び、辺りには衝撃によって落ちたのか高級そうな本が散乱していた。

 一応は天井があるとはいえ、窓も壊れ雨風も入ってきているのでとても読めた状態ではない。

 試しに一つ手に取ってみたがインクは滲み、ページとページが張り付きろくに捲ることも出来やしない。

 俺は諦めてその本を適当な棚の上に置き、ルドウィークに尋ねた。


「それで? ここからどうするんだ?」


 軽く見まわす限り目に付くものはこの部屋には無いように見える。


「位置的にはこのだ、そのはずなんだが……」


「ふむ」


 そんなことをいいながらルドウィークは地面に散らばった本や何かのアンティークの破片をどかし、相応の価値があったであろうに今は見る影もなく汚れボロボロになってしまっている絨毯を引っぺがすも、そこにはただの床板が見えるだけであった。


「むう、何処か別のとこにあるのか?」


「本当にあるんだろうな?」


「それは間違いなくある。だが、屋敷内のことまでは私は知らん。……≪龍の乙女≫の方こそ、何か知らないのか? 住んでいたのであろう?」


「知らないって。思い当たる節があるならアリーに言っている。というか≪龍の乙女≫呼びはいい加減にやめろ。……いや、≪龍狩り≫とセットっぽくてちょっといいなとか思ってるけど」


「……はぁ、色ボケめ」


 小声で付け足したエヴァンジェルに対して溜息をつきながら、ルドウィークは改めて言った。


「とにかく、重要な入口はこの下にあるはずなんだ。何処か周りにそこへ降りるための方法があるはず――」


 そんな彼の言葉の途中、俺はふと風の流れを感じた。

 窓という窓が壊れ、風が入ってくること自体はおかしくはない。


 だが、俺が何とはなしに感じた風の流れを辿るとそこには一つの本棚があった。


 大きな黒い本棚だ。

 俺の身長を優に超える大きさで木製の重厚な造りをしている。


「アリー? どうしたんだい?」


「風が……」


 何故だか無性に俺はその本棚が……いや、正確に言えばその向こう側が気になった。

 ただの壁であるならば一瞬感じた風の流れはただの気のせいということになるが……。


「エヴァ、少し手荒なことをするが構わないか?」


「ん? まあ、もう廃墟だしね。アリーなら構わないが」


 俺は自身の感覚を信じることにした。

 エヴァンジェルの了承を取るのと同時に≪宝刀【天草】≫を抜き放ち、そして本棚に目掛けて振り抜いた。


「なっ!? 急に何を……っ、げほっごほっ」


 斜めに切り裂かれた本棚は自重でズレるように地面へと落ち、無数の埃が舞い上がった。

 それも時間を置くことで収まっていき、本棚の向こう側がゆっくりと露わになった。



「これは……扉?」



                   ◆



 カツン、カツン。

 三人分の足音が木霊する。


「まさか本棚の裏に通路があるなんて……」


「経年劣化のせいか微妙に扉が歪んでいたせいだろうね、風が流れていたお陰で分かったんだ」


「隠し扉というやつか。重要性を考えれば変な話ではないが、壊さなくてもたぶん仕掛けか何かを見つけ出せば動いたんじゃないか本棚。あんな乱暴な真似をしなくても……」


「面倒だったし」


 野蛮だな、という目でルドウィークに見られている気がするが許可を取った上での行動なので恥ずべき行動ではない。

 スルーしつつ俺は逆に尋ねた。


「それにしてもまだ続くのか? これは」


「結構、降りてきているはずなんだけどね」


「もうすぐのはずだ」


 書斎の隠し扉の向こうには延々と下に続く階段だけがあった。

 螺旋を描きただ下る薄暗い階段の道のりは非常に単調なもので、更にしばらく使われていなかったせいもあって空気も良くない。


「これで≪アカリゴケ≫が無ければ一旦諦めて、準備を整えるために帰る場所だぞ」


 ≪アカリゴケ≫というのはその名の通りに光る苔だ。

 この世界に存在する特殊な苔で、≪バビルア鉱山≫の地下にもよく生えていて狩人の活動を助けてくれる植物。

 それらがびっしりとこの地下へと行く階段の道のりに生え、周囲を照らしてくれていた。

 お陰でどんどんと地下に降りているというのに周囲が暗くなる様子がない。


「明らかに人為的なものだよね、これ」


 エヴァンジェルの言った通り、≪アカリゴケ≫の繁殖は規則性が見られ、明らかに光源として使うために利用されていた。


「ああ、それに気付いているか?」


「うん、階段とか壁の材質だろ? 最初は屋敷の石材に近かったけど……一定から下はなんだ、コレ? 見たこともない鉱石……いや、合金かな? でも……」


 エヴァンジェルは言葉を切った。

 俺には彼女の言わんとすることが理解できた。

 この世界にも確かに合金技術は存在するがどうしても粗さというものが出てくる。


 だが、この階段や壁に使われている金属は全てが一定。

 まるで――



「着いたようだ。この先だ」



 そんなことを考えているといつの間にか階段の終わりへと辿り着いたようだった。

 そこは一際大きな空間が存在し、その奥には……。



「あれは?」


「あれがだ」


「入口……」



 巨大な金属の扉があった。

 いや、あれは扉なのだろうかと俺は思った。


 高さで言えば目算で七、八メートルほど、横幅も同じくらいの円形の金属の塊。

 分厚さについては不明だが、恐ろしく重厚な存在感を纏った銀色の人工物だ。


 スケールが大きく、また染まってきているこの世界にはとてもミスマッチで……どこかSFに出てきそうだな、なんて印象を受けた。







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