第百五十一話:Q



「……というかアリー、提案なんだが魔物か≪守護獣ガーディアン≫かで呼び名が分かりづらいからどっちかに統一しない?」


「まぁ、確かに言いたいことはわかる。魔物と呼び続けるのもアレだったし……でも、≪守護獣ガーディアン≫の呼称もなんか嫌なんだよな」


「……≪守護獣ガーディアン≫という名称はあくまでも……はぁはぁ……そうだな、モンスターに当て嵌めるなら種族名のようなもので……あの個体には≪深海姫セイレム≫という……名が……ぜひゅっ……」


「なるほど、ならそれで統一するか」


 ≪エンリル≫を一望できる都市の中心から少し外れた丘の上に、エーデルシュタイン家の屋敷はあったらしい。

 俺とエヴァンジェル、ルドウィークはそんなことを言い合いながら歩いて目指していた。

 その過程で分かったことが一つ。


「……あいつ、体力無いな」


「都会育ちなんだろう、軟弱な」


 エーデルシュタイン家の屋敷の場所まではなだらかな斜面が続いている。

 傾斜自体はそこまででもないがとにかく長い、昔は馬車でこの道を上り下りしていたらしいのだが、当然今の≪エンリル≫にはそんなものはないので徒歩で向かっていたのだった。

 とはいえ、この程度の勾配、俺どころかエヴァも特に息を切らすことなく登っているのだが、ルドウィークは明らかに息を乱しながら歩を進めている。


「一応、僕も十分に都会育ちではあるとは思うんだけどね」


「とはいえ、何だかんだエヴァは体力あるからなぁ。それなりに鍛えていたせいもあって、前に一緒に狩猟に出た時もそこそこ余裕あったし……」


「ああ、そういえばそういうこともあったな。あの時はアレクセイとラシェルと共に……あの二人でも余裕だろうな。僕より年下の子供でも息を切らせないというのに」


「それ以上に体力もないなんて……」




「「ねー?」」


「聞こえているぞ……っ!!」




 聞こえるように言っているのだから当たり前である。


「はぁ、はぁ……くそっ、なんで無駄に高いところに……こっちは怪我人なんだぞ、馬車の手配するなり何なり……」


「今の≪エンリル≫に移動用の馬車なんてないよ。行商とかに運び用のはともかく……そういうのは急には難しいからね。それに腹が裂けたぐらい、派手な運動を控えれば問題ないだろう」


「貴様ら蛮人と一緒にするな……っ、繊細なのだ、私たちは……っ! ぜぇ、はぁ……貴様らがこっちに来た時に使った馬車が……はぁ、はぁ……あるはずでは?」


「あれは今貸してるんだ。どうにも夜の≪深海姫セイレム≫の咆哮のせいで、街の中に色々と動揺が走ってるようでな、それを抑えるためにニキータたちの足として」


「くそっ……たれっ、はぁ……はあ」


 悪態をつくルドウィークに見られないように俺とエヴァンジェルは顔を見合わせて笑った。

 良い様だ、と。

 協力関係を結んでいるとはいえ、思うところが無いわけではないのだ。

 別にニキータたちにとって必須だったということではないことを敢えて言うこともないだろう。


「それはそれとして、そろそろ色々と話してくれないか? そういう契約のはずだ」


「ま、待て……い、今か……?」


「ああ、そりゃそれはそうだろう。なんかエーデルシュタインの屋敷に着いたら、何やらすることがあるんだろう? その後のことは……なんて言われた以上はそれなりに覚悟はしているがな」


 俺はそう言って自身が纏った装備を固辞するように見せた。

 上位武具≪宝刀【天草】≫に上位防具≪煉獄血河≫、更に≪回復薬ポーション≫、状態異常用のアイテム、狩人の七つ道具一式。


 それに加えて、ルキの発明品を少々……完全な装備だ。

 最後にルキの発明品を捨ててしまえば更に完璧となる。


「とはいえ、荒事になってそのゴタゴタで色々と聞くチャンスを逃すことになったら、それは対等とは言えない」


「…………」


「後で話すとは言うが約束を反故にしないということを信じさせるために、少しぐらいは誠意を見せたっていいのでは?」


「いいだろう、何が聞きたい?」



「エーデルシュタインとは何なんだ?」



 俺は問いかけた。


「エーデルシュタインはこの帝国の最も古い名家の一つ。三公に数えられる公爵の爵位を持つ最高貴族。代々において皇族と近い間柄で降嫁すら許された家……そこまでがこれまで知っていたことだ」


「…………」


「だが、ここに新たに最近知った情報……≪龍の乙女≫という存在が加わると話は厄介なことになる」


 ペースを落とさずに坂道を登りながら、俺はただ言葉を続ける。


「≪龍の乙女≫というのはモンスターを操るという稀有な力を持つ、そしてそれは皇族の血に宿ると陛下は明言をしていた。そうなると降嫁を許す……つまりは皇族でないにもかかわらず、皇族の血を引くことを許されている事実というのは――思った以上に重要なことに思えた」


 血に力が宿るというのを知っていてなお、公爵家には流出することを許している。

 それは単に皇帝と臣下という立場を超えた関係があったのではないかと思えてならないのだ。


「陛下は僕に≪エンリル≫へ向かえと言った。エヴァンジェル・V・エーデルシュタインとして知らなければならないことがある……と。には何がある? ≪エンリル≫には、エーデルシュタインの屋敷の下には……。あるいは≪エンリル≫がエーデルシュタイン家の治める領地である、ということが大事なのか?」


「……そうだな、大方正解と言えよう。エーデルシュタイン、いや正確に言えばエーデルシュタインを含む三公は……と、特別なのだ、特別であるが故に帝国にとって……おぇ、重要な……地を任されている。いや、任されたから特別になったのか……? まあ、そこら辺は別にいいか。とにかく――げほっ」


 ルドウィークは話を区切った。

 単に間を作ったのではなく、呼吸が整わなかっただけだが。



「この地にはある秘密が眠っている。それ故にエーデルシュタインはここを治めていたのだ……だが、クラウスは……クラウス・エーデルシュタインはその任を破り、裏切りの行為を働いた。その結果が――≪エンリルの悲劇≫へと繋がった」 



 息を整えながらルドウィークはそう言い捨てた。


「世界に対する大罪だ……。そして、≪龍狩り≫よ。貴様もまた、その時に……恐らく、イレギュラーとして」


「っ、どういうことだ?」


 ルドウィークの言葉に俺は困惑した。

 いきなり、話がこっちに飛んで来るとは思わなかったのだ。


「はぁはぁはぁ……。≪龍狩り≫、アルマン・ロルツィング……お前に一度訊ねたいことがあった」


「なんだ?」


「なに、そう難しい質問じゃない。答えてくれれば……色々とわかる。なあ――」


 そんなに声を張っていないにもかかわらず、俺の耳にはいやに大きくその言葉は聞こえた。




「お前にとって――『Hunters Story』とは何だ?」




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