第百五十話:停戦協定
ざわりっと部屋の空気が一変した。
それも当然であろう、目の前の男はこの帝国において知られる犯罪組織の一員で俺やエヴァンジェルなどは実害すら被りそうになった相手だ、そこそこ重度の怪我を負っている怪我人であることを分かった上でも警戒の方が先にくるというものだ。
「起きていたのか」
「つい、先ほどな。どうやら助けられたようだ」
「まあ、死なれたら口を開けなくなるからな……」
「なるほど、道理だな。私たちに聞きたいことが山ほどあるという顔だ」
不敵な笑みを浮かべるルドウィークに対し、俺は少しだけ視線を強くする。
「正しく、その通りだ。……だが、状況がわかっていないのか? お前の身柄は今こちらの手の中だ。逃がすつもりは無いし、その怪我では無理に動くことも出来ないだろう? ……何故か≪
「そうか……無駄にさせたな。その点については謝罪しよう。私たちの身体には効果が無いからな」
「私たち……ね」
それはつまり、ルドウィークだけの特殊な体質……というわけではないことだ。
ますます疑念が増えた。
「それは……お前ら≪神龍教≫の秘密に関することなのか?」
「秘密と言うほどでもないが、そうだな……貴様たちが探している真実にも繋がる情報ではあるだろう。私たちという存在は」
「……まるで僕たちがここにやってきた理由を知っているかの物言いだな?」
「ある程度、貴様たちの行動に関しては報告を受けている。領地から離れ、帝都へと赴き、そしてここに来た……大方、老王にこの地を訪れるように言われたのではないか? ここにはアレがあるからな」
「アレとは?」
「知りたければ教えよう。だが、取引だ。さっきも言った通り、その代わりに協力して貰いたいことがある」
「お前、そんなことが言える立場だと……」
「私はお前たちが知りたいと思っていること、その全てについて知っている。それを教える事も……まあ、やぶさかではない」
「御大層に隠しておいて今更か?」
「む……?」
「ルキの家……アンダーマンの一族の家を燃やしたのはその秘密とやらを守りたいからじゃなかったのか?」
「……そうか、ちゃんと隠滅したつもりではあったが別のところにでも隠されていたのか? まあ、いい。確かにそういう意図もあったのは事実だ。だが、事態は進んでしまった以上、あれにはそれほど意味もなかったな」
「進んだ、というのは――≪
「なるほど、あの老王はそこまで話したか……となれば、尚更だ。この地にてあまり時間を潰す余裕などないのではないか≪龍狩り≫よ。備えるためにやるべきことなどいくらでもあるはずだ」
「俺の前に龍が現れる……本当に――」
「信じないのならそれでもいい。代償は自らの身で払うことになるだろう。だが、仮に貴様が全てを守りたいのであれば、抗うのであれば知るべきだ。真実というものを……。知ってどうにかなるというものでもないがな」
「……どうしてこう、持って回った言い回しをするやつばかりなんだ」
無言で一時、にらみ合った後で俺は一つ息を吐いた。
「――やめだ」
「アリー」
「アルフレッド、ニキータに頼んで軽食を四人分頼む」
「……よろしいので?」
「このまま睨みあっていても建設的とは言えないからな。俺たちにはまずは情報が必要だ。そのためには話を聞かないと進まない……いいな?」
「まあ、アリーがそう決めたのなら」
エヴァンジェルは不承不承といった顔だ、俺としてもそこまで気分がいいものでもない。
命も狙われた相手で信用出来る相手では無いが、
「その前に確認しておきたいことだが、お前の協力とやらは攫われた仲間のことか?」
「……そうだ」
おおよそ状況から推察するにどうにも彼らも魔物と敵対的な関係のようだ。
一人は攫われ、もう一人は少なくない怪我を負い、俺が介入しなければそのまま死んでいたであろう。
その事を考えれば一先ず対魔物に関してだけは共同的な歩調を合わせることも可能なはずだ、ルドウィークにとっても敵なのだ。
「つまりはその点においては俺たちは協力し合えるわけだ。こちらとしても魔物への対応については困っているしな」
無論、警戒については常に必要ではあるが。
俺は場の雰囲気を切り替えるように一度手を打つとルドウィークに問いかけた。
「魔物が攻めてこないというのは本当だろうな?」
「本当だ、本来≪
「不必要に物を壊さないし、生き物も殺さない……? ならばなぜ≪エンリル≫は……」
「必要があると判断されたからだ。そして、その引き金を引いたのは≪エンリル≫……いや、エーデルシュタインだ。自ら犯した罪過によって≪
自業自得だ、と言わんばかりの態度に眼つきを鋭くするエヴァンジェルを視線で宥めつつ俺は口を開いた。
「≪
まるで≪海からの魔物≫はそれだけの存在でなく、その背後に更なる何かがあるような……いや、事実としてそうなのだろう。
――長丁場になりそうだな。
俺はそう覚悟を決めると改めてアルフレッドに言った。
「アルフレッド、一先ずは頼んだよ」
「はい。では、少々お待ちください」
◆
結局、ルドウィークの言った通りに特別なことは起きずに一夜は明けた。
明るい日の日差しが窓から差し込み、それだけで気分を明るくしてくれる。
陽の光というのはただそれだけで人を安心を与えるのだ。
そこにサニーサイドアップの目玉焼きにハムにトースト、白身魚のフライ、それに搾りたてのミルクがあれば最高にご機嫌だ。
人は食欲を満たしてこそ、活力というものが湧いてくる。
それは狩人も、狩人でなくとも同じ。
だからこそ、食事。
物事を始める前には十分な食事は大事という話。
「…………」
はぐはぐはぐ、むぐむぐ、ガツガツむしゃむしゃ。
部屋の中にそんな咀嚼音が響いている。
しかも驚くべきことにそれは一人分だったりする。
「……遠慮ないなコイツ」
エヴァンジェルが呆れたような視線の先にはルドウィークが居た。
割と重傷だったはずでまだ痛むはずなのだが、それでも食欲の方が勝っているのか一心不乱に食べている。
既に三度目のお代わりだったりする。
「なんというかその……そんなに腹が減っていたのか?」
「≪ニフル≫での件での失敗の後、スピネルの手配書が出回ったお陰で辺境領を出るのもやっとで、砂漠も船を使うことも出来ず歩きで横断する羽目になり、予定外の出費に路銀が途中で尽きて……だから、仮面をしろと」
「ああ、そう。まあ、大変だったんだな」
驚くほど同情する気も起きない事情だった。
むしろ「ざまぁみろ」と口から出かかったが、色々と聞き出さないといけないので変に空気を悪化させるわけにもいかない、俺は何とか呑み込んで無難な言葉を吐いた。
ちょっとスッとしたが。
「大変だったんだね、僕のオニオンスープも飲み給え」
「頂こう」
提案に即答し受け取ると速攻で飲み始めたルドウィークの様子を眺めながらエヴァンジェルは何処か留飲を下げているようだった。
少し機嫌がよくなって俺としても安心する。
「それで……だ。話をそろそろ進めようと思うんだが? いいか」
「んぐっ、んぐぐっ……ぷはぁ。ああ、いいだろう」
「いや、キリッとした顔しても遅いから。食べ物のカスが口の端についているぞ」
エヴァンジェルのツッコミに対し、ルドウィークは無言で口を拭いつつも表情は決めたままだ。
年齢は二十代前半くらいだろうか、精悍で若々しい作り物染みているほどにイケメンな顔だ。
前の貪り食っている行動が無かったらとても決まっていたのだが。
まあ、それはそれして。
「正直、お前らには色々と聞きたいことがあり過ぎて困るぐらいだ。だが、まずは魔物――お前の言う≪
それ以外にも単に感情の問題としてエヴァンジェルの仇でもある。
約束もあるし、どのみち見逃すわけにはいかない相手だ。
「それにお前への協力内容から考えても、時間をかけるのはマズいだろう?」
「ああ、殺しはしないとは思うが……いや、今の状態だとどんな判断を下すかはわからないな。そもそもが敵対関係になることが想定外だったわけで――」
「色々と気になることを言っているが、そこら辺はまた改めて聞くとして……だ。その魔物、≪
「……いいだろう。それで構わない」
「では、それで手を結ぶとしよう。……で、一先ずどうする? 俺たちはその≪
「ある。やつの本拠と言える場所は知っている。そこに赴けば自ずと会えるだろう」
「ふむ、そこにはどうやって行けば?」
「行き方も知っている。私たちでは足りなかったから、使う予定は無かったが……≪龍の乙女≫が居るならば話は別だ」
「僕が?」
「ああ、では行くとしよう――エーデルシュタイン邸へ」
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