第百四十九話:ルドウィーク



「それで容体は?」


「一先ずは治療が終わったようです」


「そうか……悪かったな、真夜中にわざわざ医者を呼んできてもらって」


「いえ、そのようなことは……」


「……口止めの方は?」


「付き合いのあった馴染みの医者なので問題ないかと」


「アルフレッドが言うなら……大丈夫か」


 アルフレッドの報告を聞くと俺は部屋の中に入った。

 そこには治療が施されベッドに横たわっている男がいた。

 チラリと視線をやり、ふうっと息を吐いてから椅子に座り込んだ。

 ここはニキータが手配してくれた宿屋の一室、何処か安っぽさを感じる木の椅子はギィという音を立てた。


「奇妙なことになりましたな」


「全くだ、唄声に導かれて向かった先には≪海からの魔物≫が居るなんてな……流石に予想外だった」


「アルマン様がご一緒だった以上、滅多なことは無いとは思いますが……あまりお嬢様を危険な目に晒すのは」


「わかってる、流石に反省しているさ」


「いや、その、その件に関しては僕が……」


「当然、お嬢様に関しても怒っています」


「はい」


 予想外の魔物との出会いから数刻、俺とエヴァンジェルは怪我を負った蒼髪の男――ルドウィークと共にニキータたちの元へと戻った。

 魔物が逃げ出す際に放った高音波の一撃は一帯へと不気味に響き渡り、夜も更けた頃合いでありながら≪エンリル≫は不安に騒めいた気配に満ちていた。 


「何かと思いましたよ。唄声が響いてきたと思いきや、お嬢様もアルマン様もおらず、探していたらあのような不気味な……。そして、ようやく帰って来たと思いきや、怪我を負った男を担いでいるではありませんか」


 アルフレッドの口調は静かに淡々としたものであるが、隠しきれない怒気を感じた。

 それほどに心配をさせたということだ。

 滅多なことでは怒らず、温和な彼の様子にエヴァンジェルは身体を小さくしている。


「それだけならまだしも、その男は……アルマン様、本当に?」


「間違いない。顔は見ていなかったが声は聞いたことはあるし、何よりもこいつはこれを持っていた」


 そう言って俺が取り出したのは男が落とした特徴的な文様が描かれた仮面――≪神龍教≫の教徒が付ける仮面だ。


「こんなの一般人が面白半分で持つようなものじゃないだろ?」


「それは……そうですね」


 ≪神龍教≫は国を相手にテロ活動している犯罪組織として知られている。

 単なる興味本位だとしてもこんなのを持っていることが露見すれば、それを理由に牢屋に入れられても文句は言えないのだ。

 故にこんなものを懐に入れている時点で、彼が≪神龍教≫の関係者であるということを示しているようなものだ。


「≪神龍教≫の教徒、ルドウィーク……か。本来ならさっさと国に報告して引き渡すべきなんだろうけど」


「そうもいかない。色々と話して貰わなきゃならないことがある。だからこそさっさと起きて欲しいんだけど……」


 ルドウィークには聞きたいことが多すぎる。

 それ故にまずは治療を施して情報を絞り出せるだけ絞ってから、その後で処遇の方は決めようと匿うことにしたのだが、そこで問題が一つ発生した。


「まさか、≪回復薬ポーション≫が効かないとは……」


 彼は腹部に裂傷を負っていた、だからこそさっさと≪回復薬ポーション≫を使ったのだが、これが全くと言っていいほど効果を発揮しなかった。

 俺の≪高回復薬≪ハイ・ポーション≫≫を使っても同じ、普通ならすぐに薄皮が張って傷口が塞がるのだが一向にその様子は見られなかった、そのためわざわざ夜の街に繰り出してまでアルフレッドに医者を呼んでもらって手当をして貰う羽目になったのだ。


「確かに本人も自分は≪回復薬ポーション≫は効かない……みたいなことを言っていたけど」


「それが事実だったってことか……不便な体質だ」


 いや、実際は不便というレベルではないだろう。

 命の安いこの世界で、≪回復薬ポーション≫というのは重要な存在だ。

 なにせ大抵の外傷ならすぐに治してくれる、その恩恵を受けられないというのは……。


 ――というか≪回復薬ポーション≫が効かないなんて聞いたことがないな。くそっ、またわからないことが増えた。


 次々に出てくるに頭を抱えたくなるが、俺はそんな素振りを見せないように溜息を一つ吐いて意識をリセットする。

 身分が高い人間があからさまに動揺を見せるわけにもいかないのだ、それに俺は英雄なんてのもやっているのだから。



「とにかく、現状の問題は魔物の方だろう」



 俺がそう言うと部屋の雰囲気がピリッと変わった。

 エヴァンジェルだけではなく、アルフレッドもだ。


 ――まあ、それもそうか。


 気づかない振りをして俺は話を進める。


「本当に……≪エンリルの悲劇≫を引き起こした≪海からの魔物≫が?」


「エヴァ」


「間違いないよ、アルフレッド。僕は見たんだ。記憶の通りの姿だった」


「何という……」


「唄声の主が魔物で何故かルドウィークを襲っていた。そして、もう一人のスピネルという少女の方は捕えられ、そのまま逃げる際に一緒に……」


「……お待ちください、≪神龍教≫の教徒と魔物が戦っていたのですか?」


「戦っていたというか、襲われていたというか」


「それはその……」


「アルフレッドの気持ちもわかるけど事実なんだ」


「何かしら関係があって、それによって≪エンリルの悲劇≫は引き起こされたのだと私としては考えていたのですが……。特にクラウス様は苛烈に≪神龍教≫を排斥していたので、その報復で――などと考えていたのですが」


「さてな、今までは仲間だったけど何かの理由で対立した結果……という可能性も考えられる。とにかく今は結論を出すにも、推測するにも最低限の情報が足りない。だから、その点を一先ずは置いておくとして問題は魔物が出没したという点だ」


「確かに……一体で街をあんなにしたモンスターがうろついているというのは」


「いつ、またあの日のようなことが起こってもおかしくない。……どうにかしなきゃ」


「…………」


 エヴァンジェルとアルフレッドが真剣な顔で意見を言い合っている姿を見ながら、俺はあることが気になっていた。


 ――唄声が聞こえるようになった……つまり、やつの特殊な鳴き声が響くようになったのは最近。最初は二ヶ月ほど前からだという話だが、それだけの期間、あのモンスターは襲撃等の破壊行為などをせずに大人しくしていたってことになる。……気になるな。それに……あの魔物と相対して戦った時、妙に敵意や好戦的な気配を感じられなかった。


 どうにも奇妙なモンスターであった。


「アリー……実際に戦って見て、あの魔物はどうだった?」


「強い」


 俺はきっぱりと言った。


「まず、間違いなく分類されるとしたら危険度上位のモンスターということになる」


「ちょっとしか戦ってなくてもわかるもんなんだ」


「牽制の意味合いが強かったとはいえ、こっちはスキルまで使って攻撃したのに与えられたダメージは少なかった。単純にタフさだけで中位や下位とは違う。それに本体となる部分とはまだ戦ってないが、髪のように生えた≪ジリヴァ≫の群れだけでも相手をするのは厄介だった……本格的に戦うとなると油断が出来ない相手だ」


「≪龍狩り≫であらせられるアルマン様がそこまで言うとは……」


 ――むしろ、手がわかってる≪龍種≫の方がマシだ。


 アルフレッドの言葉に俺は内心でそんなことを零した。

 相手は完全に未知の存在で情報アドバンテージが皆無というのは中々に厳しいものがある。

 これが下位や中位なら上位装備に身を固めている以上、性能でごり押しするという手段が取れるのだが俺の見立てでは攻撃力も防御力も水準としては十分上位で通用するレベルを持っていると見た。


 ――つまるところ、適正レベル帯のモンスター相手の初見プレイのようなものか……。


 ゲームなら新モンスターとの初めての戦いというのはワクワクするものだが、敗北と死が同義なこの世界では驚くほど嬉しくない。


「狩人の等級は≪金級≫以外では死ぬだけだろうな……ある程度、相手の情報がわかって対策を組めれば別だけどね。集めようと思えばどれくらいすぐに集められる?」


「それが……今の≪エンリル≫はこのような状態でギルドも……。何人か根を下ろして半ば引退した者や≪依頼クエスト≫として他所から来た者が居るだけでして」


「むぅ、≪金級≫はこっちでもそれなりには希少だからな。確かに今のここには……とはいえ、それ以下を集めても」


 ここが辺境伯領ならともかく、見立て的に個の質としては一段劣ると俺は見ていた。

 それ故にこっちでの≪金級≫という等級は今回の件では最低ラインといってもいい。

 足手まといになるかならないかのラインなので達していないなら居ない方がマシともいえる。


「でも、放置することは出来ないよ」


「わかってる」


 エヴァンジェルの言葉に俺は頷いた。

 実際の戦いはともかく、ともかく人手が多いに越したことはない。

 気になる点が無くはないとはいえ、こうして魔物の存在が確認出来た以上、街への襲撃を想定して動く必要がある。




「とにかく、出来る限り人を集めよう。魔物の襲撃に備えるために――」


「その必要は……ない……」




 不意に部屋の中に声が響いた。

 男の声だ。

 だが俺の声ではないし、アルフレッドの渋みのある声でもない。


 三人で一斉に振り向く。


「≪守護獣ガーディアン≫は……攻撃など仕掛けてこない。少なくとも……っ、こちらから手を出さなければな……」


 何時の間にか目を覚ましていたルドウィークが蒼髪を揺らしながら笑った。



「久しいな、≪龍狩り≫に≪龍の乙女≫よ。こんな再会になるとはな、だが都合もいい……か。協力して欲しいことがある、手を組まないか?」



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