第百四十五話:亡都の霊園
「ここは……」
「ああ、ここが共同墓地だよ。ここだけはちゃんと作れるように手を回してね」
エヴァンジェルに連れてやってきた場所は白亜の大きな石碑が建てられていた霊園であった。
古さは感じず、まだ真新しいさを感じる立派な場所だった。
「元は大きな広場でね、祭りとかが行われる時はよく使われていたらしい」
ぽつりとエヴァンジェルが呟いた。
「遺骨はないんだ。大勢が死にすぎて探すのも大変だからって、共同の墓地を一つ作って慰霊しようって話になったらしくてね。出来たのは二、三年ほど前さ……」
周囲を見渡せばわかるがところどころまだ被害の爪痕が残る街中において、この場所は確かに整備されていることがわかる。
「これは……≪オパール鉱≫か。立派なものだ」
「僕の商会の伝手を使って集めるのも結構苦労したものだよ」
使われている建材には美しい白色の光沢が見て取れた。
それは≪オパール鉱≫という鉱石特有の色合いだった。
狩人の防具にも使われるほど優秀な硬度を誇る鉱石だが、気品の高い色合いを併せ持っているので建材としての人気も高い。
無論、相応に希少であるためにかなりお高い値段にはなるが……。
「待たせてしまったからね。このくらいは奮発しないとね」
「……そうか」
その価値はあったのであろう、静謐で美しい墓所の姿がそこにあった。
「ただいま、報告に来たよ」
エヴァンジェルはそう小さく呟くと目を瞑り、祈る様に掌を組んだ。
俺は邪魔をしないようにそれを後ろから黙って眺めていた。
――どんな報告をしているんだろうか。
目の前に佇む石碑には名が書かれていない。
単純に犠牲になった者が多すぎるからだろう。
エヴァンジェルの父であるクラウスだけではない、友人や知人、その他大勢がその日に亡くなったのだ。
そんな彼らを慰霊するため場所……言いたいことはそれこそたくさんあるはずだ。
俺に出来ることはただ黙って待つことのみ。
――滅んだ都市……か。
エヴァンジェルの小さな背を眺めながら俺は想う。
――でも、この世界では特別じゃないんだよな。辺境伯領も……≪グレイシア≫だって一歩間違えれば……。
悲劇、ではある。
だが、この世界においては殊更に特別な出来事というわけでもない。
規模としては流石に珍しくはあるが、町や村単位であれば稀によくある程度のことなのだ。
残酷なまでに人は弱く、モンスターという強者は溢れている。
そして、それは辺境伯領も他人事ではない。
対モンスターという意味では帝国屈指の力を持っていると自負がある≪グレイシア≫とて、ギュスターヴ三世の言った≪
――残る四体の≪龍種≫の襲撃、それが本当だとしたら如何に≪グレイシア≫でも……。
万全の自信があるかといわれれば閉口するしかない。
この十年間、苦心して築き上げてきた領地である、その力を信じたいと思う気持ちがある一方で≪龍種≫の力を知っている俺からすれば……。
――厳しい……≪ドグラ・マゴラ≫も≪ジグ・ラウド≫も一手間違えればどうなっていたことか……そして、負ければこんな風になるのか。
十年経っても瓦礫が残り、かつての繁栄が見る影もなく人気は衰え、そして残された少女のか細い肩へ色々なものを背負わされる……そんな光景。
――負けられなくなる理由だけが増えていくなぁ……。
エヴァンジェルの背を眺めながらそんなことを俺はただ思う。
彼女は短いながら≪グレイシア≫にも馴染んできたように見えた、だが……もし仮に俺が負けて≪グレイシア≫を失陥するような事態になってしまえば、エヴァンジェルは二度も慕った地を失うことになるわけだ。
ああ、それはなんて……。
「エヴァ、そろそろ」
「ああ、すまない。ちょっと報告することが多くてね」
「気にしてないさ。淑女の思い出話は長いものと相場が決まっているからな、その程度はどうってことない」
「むぅ、ダメだぞ、アリー。その物言いは減点対象だ。待たせたとしてもこういう時は待っていないという言うのが紳士というものだぞ」
「いや、言ったと思うけど」
「気にしていない、という風を装いつつも僕の責任についても言及した物言いが減点対象だね。素晴らしい婚約者が出来たと報告したのだから、相応の振る舞いをして欲しいものだ」
「ああ、報告したのか……」
「勿論、特に結婚詐欺にあって逃げられて行き遅れた、従女のスピカには念入りに自慢も兼ねて」
「……嫌いだったのか?」
「いや、別に。でも、父上の言うことばかりを聞いて部屋に閉じ込めてきたこと、許してないなんてそんな……」
「うーん、執念深い」
冗談めかしながら笑うエヴァンジェルに俺は合わせて笑みを浮かべた。
そして、内心で決意を新たにする。
二度も彼女から居場所を奪わせたりしない。
ただ、そう俺は自らに誓うのだ。
「さて、それはさておいてだ。そろそろ、日も沈んでくる。今日の寝床をどうにかしないとな。まあ、馬車でもう一泊ぐらいしてもいいけど」
「折角、街に着いたんだし普通に泊まりたいものだけどね。アルフレッドは上手くやったか……合流してみるとするか」
特に語るべきことはない。
俺たちは気分を切り替えるようにそんなことを言い合いながら、肩を並べその場を後にしようとして、
「――まさか、エヴァンジェルお嬢様ですか?」
そんな声に足を止めた。
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