第百四十四話:クラウス・エーデルシュタイン
「知らないなぁ」
「≪神龍教≫の教徒……? 見たことは無いな」
「クラウス様がご生存の頃は領内の教徒は徹底的に見つけ出して捕えておったからなぁ。恐ろしくて近づいては来ないんじゃよ」
「ああ、クラウス様は毛嫌いしていたからな」
「そりゃそうだろう、だって……」
「なぁ……?」
アルフレッドとわかれ、俺とエヴァンジェルは聞き込みを行うことにした。
目立つのを恐れて多少の変装は行ってフードを深く被り、旅人で寄っただけだという体で回ったのだ。
≪エンリル≫の市民には若者が少なかった。
若く元気のある者は帝都の方に行ったのだという、そのせいか比率としては年配の人の方が多かったのだ。
「知っていたか? エーデルシュタイン公爵が≪神龍教≫嫌いだというのは」
「まあ、何度も重犯罪行為を働いた経歴のある組織だ。好きな方が少ないだろうし、領主としての義務感を考えれば……」
ひそひそと俺とエヴァンジェルが話していると年配の市民の一人が話に割って入ってきた。
「いーや、クラウス様は嫌いだったのさ≪神龍教≫が……何せウチも標的になったからな」
「えっ、そうなんですか?」
「まあ、知らないのも無理はない。何十年も前の話だ。クラウス様の母君であるアストライアさまという御方がいたのだが、不意の教徒による襲撃でな」
「そんなことが」
――クラウス・エーデルシュタインの母……つまりはエヴァの祖母が≪神龍教≫のテロで亡くなった、と。
エヴァンジェルも知らなかったのか少し驚いた様子だ。
「それに奴らの仕業といえば確か……十数年前にも一度会っただろう? 街道で……」
「あー、あったあった。あれは結局何だったんだろうな? 下手人である教徒は捕まって即日死罪になったとは聞いたが」
「さあ、な。でも、どうせ碌なことじゃないさ」
「だな、あの後は教徒狩りも激しくなってエーデルシュタイン領じゃまず見かけなくなったよな教徒たち」
「顔隠してるのに見つけ出して処罰してたからなー、クラウス様」
「えっと、その……」
酒が入っているのかこっちのことなどお構いなしに話で盛り上がっていく市民たち。
エヴァンジェルの困ったような声にその中の一人が正気に戻り、代表として答えた。
「まっ、とりあえずはあの真っ白い格好の変な奴らはここ最近見かけてねぇな。見たって噂も特には聞いたことは無ねぇし」
「なら、こっちはどうだ?」
俺はスピネルの人相書きの手配書を取り出し見せつけた。
辺境伯領内ではだいぶ回っているものではあるが、こっちではまだ広まっていない。
だから何かの役に立つかと思って持ってきたのだが……。
「ほう、かなりの美人さんだな。だが、やっぱ記憶にねぇな。この顔なら覚えていてもおかしくはないと思うが……お前らはどうだ?」
「いや、見た記憶はねぇな」
「俺も」
「これ貰っていいか?」
「一枚しかないからダメ」
「そっかー」
残念ながら空振りだったようだ。
「そうか、答えてくれてありがとう」
「良いってことよ。ただ、そうだな……近頃のここいらでの変な噂ってんなら一つ――」
◆
時刻は夕暮れ。
俺たちは≪エンリル≫の街並みを回り、それなりに数の市民に話を聞いて回ったが≪神龍教≫の教徒を最近ここらで見た者は居なかった。
――まあ、あの特徴的な衣装と仮面のままで常に行動しているとは思えないしな。気づかれたくないならそりゃ脱ぐだろう。
つまりは気が抜けないということだ。
それに聞き込みをして思った以上にエーデルシュタイン家と≪神龍教≫の間に諍いがあったこともわかった。
敵対という意味合いで関係が深い間柄だったということだ。
「エヴァ……どう見る?」
「……うん。父上は領主としての立場もあったし、≪神龍教≫なんて組織と仲が悪いのは当然だとは思っていたけど、僕の予想以上に根は深かったようだ。アルフレッドのやつも僕の祖母が殺されたことなんて……いや、言いにくくはあるか。子供の時の僕に言うことじゃないし、エーデルシュタイン家が無くなった後は色々忙しかったからね」
「まあ、そうだろうな」
そんな相槌を打ったがエヴァンジェルの反応は何処か薄い。
何かを考えている様子だ。
そして、俺はその内容について見当がついていた。
「……考えていること、当ててやろうか?」
「わかるのかい?」
「浮かんでないはずはないだろう? ≪
「≪海からの魔物≫を操って≪エンリル≫を襲わせたかもしれない?」
「頭には浮かんだだろう?」
「浮かばなかったと言えば嘘になる。そうだと決めつけるには根拠も無いし……でも、仮にそうだとしたら」
「…………」
「もし、そうだったなら。彼らがあの魔物を呼び寄せて、故郷を滅ぼしたのだとしら僕はどうしたらいいだろうって――」
「俺が居る」
「……えっ」
「その時は大事な婚約者の代わりに俺が 熨斗を付けて借りを返してやる。その魔物とやらもついでに叩き切る」
「……滅茶苦茶強いかもよ?」
「俺は≪龍狩り≫のアルマンだぞ?」
「そうだね……キミは僕の英雄だった」
後半の方は何故か小声で俺の耳には聞こえなかった。
だが、それを気にしている余裕はない。
俺は恰好を付けているのを承知で言い切った。
「だから、その……そんな顔をするな。不安そうな顔をしているエヴァを見ると落ち着かないんだ。出来れば笑っててくれ」
「…………」
暫しの無言の時間が過ぎた。
俺とエヴァンジェルの二人の顔が赤く見えるのは夕日のせいなのだ。
「……アリー、最後に一緒に行ってほしいところがあるんだけど」
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