第百四十三話:元公爵令嬢の帰郷
「ここが≪エンリル≫か……」
「ああ、そうだよ。懐かしいな」
到着したのは昼過ぎの頃だった。
馬車から降り、飛び込んで来た街の光景は仮にも元公爵家の領地の主都とは思えないほどに寂れていた。
「予想以上に人が居ないな」
「港の方の地区だとそれなりに人が居るという話です。元領民やここに縁のある者が数年かかって戻ってきてある程度栄えていると」
「詳しいな」
「僕の商会も出ているからね」
言われてみると確かに港の方にはかなりの人気があるように感じた、とはいえ都市の大きさから比較するとやはり寂しいものがある。
「十年以上経っているというのにまだまだ壊れたままの場所があるな……」
軽く見渡すと明らかに自然に壊されたものとは思えない建物の残骸や破壊の痕があった。
「≪エンリルの悲劇≫が起きてから三年は入ることも禁止されていたし、その後は曰く付きで治める者も宙に浮いたまま、この様ってわけさ……」
「一応、管理としては国の管轄になっているのですがね。どうにも」
「まあ、帝都からは離れているからな」
直轄で治めるというのは面倒ではあるのだろう。
≪海からの魔物≫の件も考えると国としては誰かに与えてしまった方が楽な手だが、元が公爵領ともなると誰かに押し付けるには政治的な意味合いでも要地としても重いものがある。
――それに前の陛下の話ぶりからしてエヴァが継いでエーデルシュタイン家を再興することを望んでいたようだし、そうなると誰かに与えるというのも難しいのか。
どうにも≪エンリル≫は微妙な政治的問題によって放置されているのが現状であるらしい。
「まぁ、結局のところ≪海からの魔物≫の影がある限りはどのみち上手く復興は難しいだろうから。仕方ないと言えば仕方ない……気にしちゃいないさ」
「ふむ、確かに見た感じはかなりの被害だったようだな」
俺は壊された建物の残骸の山の様子を眺めながら呟いた。
無論、ほとんど風化しているので細かいことまではわからないが海から上陸し、港からまだかなり離れて居るここまでに破壊の痕があるということは、相当に暴れたのであろうことは想像がついた。
――公爵領の主都ともなれば当時も相応の数の狩人はいたはずだ。東と西じゃ、かなり毛色が違うことは知っている。けど、西の狩人は集団戦闘に特化している分、連携がものをいう防衛戦ならば個の力を重視する東の狩人よりも上手いかもしれない。それなのに全滅という結果を考えると……間違いなく、危険度が上位のモンスター。
一つの村や町を滅ぼした等の逸話は大型モンスターならざらに持っていたりするが、それはあくまでも狩人が碌に居なかったり、少数しか居なかった場合のことが多い。
相応の数と装備を整えた狩人相手に戦って壊滅させ、そのまま逃げ延びたとなると……モンスターとしての強さはかなりのものだ。
――けど、やはり思い当たる節は無いな。情報が少なすぎるんだろうけど。
頭の中には何体か候補は浮かぶのだが、どうにもしっくりとした答えは出なかった。
「……まあ、考えた所で仕方ないか」
気にならないと言えば嘘になるが、正体については考えた所で結論が出るわけではないと俺は思考を打ち切ることにした。
わざわざ≪エンリル≫に来たのはちゃんと目的があるのだから……。
――現状、関わってないとは言えないけど。
それはともかくとして、俺はエヴァンジェルとアルフレッドに話しかけた。
「それでこれからどうする?」
「そうだね……」
俺にとって≪エンリル≫は全く見知らぬ土地だ、方針は彼らに任せて貰うのがいいだろう。
「急な話でございましたから……もっと余裕があれば色々とやりようもあったのですが」
「そこら辺は陛下に言ってくれ」
本当に急な話で、しかも急かされるように送り出されてしまったので特に綿密な予定があるわけではないのだ。
「「≪エンリル≫へ行け、真実の一端を見つけろ」とだけ言われてもねぇ……」
「まあ、取っ掛かりが無いわけではない。とはいえ、調べようにも泊まるところの目星も付いていないのはね」
「さっき言っていたが商会の支店があるんじゃなかったか?」
「そこまで規模が大きいものじゃないからね、難しいんじゃないかな」
馬車の中でも何度か繰り返していたがこの様である。
寝泊まりする場所の確保すらできていないのだ。
「ふむ、お嬢様、アルマン様。その点に関しては私の方で心当たりを色々と回ってみましょう」
「頼めるかアルフレッド」
「助かる」
「ですから、お二方にはその間に……」
「わかっているさ、アルフレッド」
俺とエヴァンジェルは見つめ合って頷いた。
≪エンリル≫にやってきて一番にすることは決めていた。
それは現地での情報収集だ。
ギュスターヴ三世の言う「真実の一端」とやらが何を示しているのか、それは定かではない。
だが、どうにもエヴァンジェル……というより、エーデルシュタイン家が関係しているかのようなニュアンスだったし、何よりも≪神龍教≫の存在だ。
≪ニフル≫でのことを考えるとアレから何かしらのアクションをこっちで起こしている可能性は高い。
それを考慮して地道に情報を集めることから始めようというものだった。
「それではお二方、行ってまいります」
「ああ、じゃあ、僕らも行こうか」
「そうだな」
そう言って俺たちは二手に分かれたのだった。
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