第百四十話:真実を探しに
「イベント……か」
「イベント?」
ぼんやりと窓越しに見える月に向かった吐いた言葉は、エヴァンジェルの耳に入ってしまったようだ。
同じ部屋に居るのだから当然かもしれない。
如何にこの帝都でも最上級の宿泊施設であり、室内も広々としているとはいえ同じ室内に二人しか居なければあまり意味はない。
声をかき消すような雑音もなく、俺は月を眺め、エヴァンジェルは黒色の手帳に眼を落しながら静かに過ごしていたのだから或いはそれは必然であった。
「……いや、何でもない」
「陛下の話を思い出していたのかい?」
「……そうだな、そうかもしれない。あまり、整理がつかなくてな」
「僕もだよ」
そう言ってエヴァンジェルは黒手帳を閉じた。
ルキの家から持ち返った唯一の品、本来であればルキが持つべきものなのだろうが彼女はあまり家のことには興味を示さずエヴァンジェルに譲られたものだ。
「何か書かれていたか?」
「……この手帳自体は正直な所、他人に読ませることを想定していなかったんだろう。あくまでも書いた当人が考えを整理する為に使っていたせいか、非常に読みにくいし内容も途切れ途切れだ。だけど、陛下の話を聞いて改めて読むといくつか……」
「そっか」
「気になる単語が出てきたけどその中に僕の故郷の名前もあった」
「≪エンリル≫……か」
それは昼の謁見で陛下が行けと言った場所で、エヴァンジェルの故郷で――そして、俺の知らない都市の名前。
――≪エンリル≫……知らない名前だ。少なくとも『Hunters Story』にはそんな都市の名前は出てこなかったはず。
記憶が正しければそうだったはずだ。
≪エンリル≫は旧エーデルシュタイン領の主都、大陸の南部に広がる領土の最南に位置する沿岸都市の名だ。
俺がその名を知ったのはこちらに来てからのことで……少なくともゲームには出てこなかったはず。
――そもそも『Hunters Story』には海は登場しなかったからな。巨大な湖とか川とか湿地みたいな水辺のフィールドならあったが海は出てこなかった……。
だから間違いはないはずなのだ。
『Hunters Story』において≪エンリル≫なんて都市は存在しない、よしんば俺が知らないだけで設定上は存在しているとしてもさして重要度は高くない場所ではあるはず……。
だが、こうして≪エンリル≫という場所は俺の前に現れた。
――俺はビビッているのか……?
冷静に今の自身を顧みて俺はそんなことを思った。
何だかんだとこれまでは確かに知識に助けられてきた。
この世界を生きるにあたって唯一の武器といってもいい『Hunters Story』の知識。
だが、それが通用しない何かがこの世界にはある。
≪神龍教≫、≪龍の乙女≫、≪アンダーマンの一族≫、ゲーム内ではほぼ語られることの無かった≪皇帝≫という存在、そして≪エンリル≫という都市。
――偶々、俺の婚約者になったエヴァの故郷の名前が偶々ルキの家で見つかった手帳の中にも書かれていた。それも≪龍の乙女≫という言葉と共に……。そしてルキの一族の祖先が俺と同じかもしれなくて、頼って尋ねた皇帝は意味深な言葉と共に次の目的地を指し示した……。
とても物語的である。
客観的に見て、そう思う。
何やら大きな流れの中に俺は……いや、俺たちはあるような。
「運命、か」
「陛下の言葉かい?」
「……ああ、どうにもな」
「そうだね、僕もそう思う。≪エンリル≫の名前が出てくるなんて……いや、どうだろう。スピネルたちも口にしていたし、実は心の底では予感はしていたのかもしれないけど」
エヴァンジェルの言葉は要領を得ていなかったが、俺は黙ってそれを聞いた。
「正直、陛下の話はさっぱりわからなかった。キミはわかったのかい?」
「……俺も全てがわかったわけじゃない。ただ、恐らくは陛下の言葉通りにすれば見えてくるものはあるとは思う」
「そっか……すごいね。ねぇ、陛下の話ってアリーの秘密に関係ある?」
「さあ? どうだろう……俺にもよくわからない。それを知りに行くんだ」
「行く気なんだね?」
「内々にとはいえ、陛下からのお言葉だ。勅命みたいなものだろう?」
「アリーがどうしたいか、という話さ」
エヴァンジェルの言葉に俺は少しだけ黙った。
≪エンリル≫に何があるのか、真実とは何なのか、恐れる気持ちがないわけではない。
とはいえ、
「≪
「残りの龍が君の前に現れる……と? そんなことが」
「思いたくはないが、現にエヴァやスピネルたちはモンスターを操ることが出来た。規格が違うとはいえ、≪龍種≫もモンスターであることには変わりはない。……もっと大きな事象の流れとしてそういうことがあってもおかしくはない――と思う」
「陛下が言っていた運命とか流れ……というものか」
エヴァンジェルの表情には不安の色が濃い。
俺でも情報量にパンクを起こしかけているのだ、如何に聡明な彼女といえど理解しがたい状況であるのはよくわかる。
「うん、だから行くべきだと考えている。気持ちはどうであれ、俺はそれを知る必要があると思っている。それに……ほら、あれだ」
「あれって?」
「いや、その……≪エンリル≫はエヴァの故郷だろ? それなら里帰りついでに挨拶とか、婚約者の立場的に必要かなーっと」
「…………」
だから気を紛らわせるために冗談めかしに行ってみたのだが……。
――失敗したか?
エヴァンジェルはいつもより少しだけ幼げなキョトンとした表情を浮かべると、不意に堪えきれないかのように吹き出した。
「くすっ……なんだい、それ?」
「あー、忘れてくれ」
「残念ながらそれは拒否するよ。ああ、そうだね。僕自身もあまり足を運んでなかったからね……最後に訪れたのは五年ほど前だったか。被害が広大でね、総合墓所を建てられているんだ。そこにアリーと報告しに行くとしようか」
「そうか」
あまり足を運んでいない、というのは単に忙しかっただけというわけではないだろう、エヴァンジェルならばその程度の調整をやろうと覚えば出来たはずだ。
それでも行かなかった。
あるいは行けなかったのは……。
「まあ、なんだ。色々道すがらに教えてくれ、エヴァの故郷の話を」
とはいえ、それを口に出すの野暮だろう。
だから、俺は何となくエヴァの肩を抱き寄せて引き寄せた。
「うん、そうだね」
「≪グレイシア≫では俺の過去を至る所で掘り返していたからな。その報いとして色々聞きだすからな?」
「ふふっ、それは困ったな」
そんな軽口を叩きながら俺はまだ見ぬ≪エンリル≫へと思いを馳せた。
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