第百三十九話:≪世界依頼≫


「世界を守る事……ですか」


「そうじゃ、辺境伯よ。儂が≪神龍教≫のことを語った時のをことを覚えておるか?」


「……陛下は彼らを≪龍≫を信奉する古来から存在する組織であると。そして、世界の調和と均衡を守ることを標榜し行動している……と」


「うむ、その通りじゃ。奴らの目的とはその通り、……それに尽きる」


「現行の世界……?」


 意味深な言葉に聞いていたエヴァンジェルが疑問の声を上げた。


「現行の世界とは?」


「今の世界のことよ、人とモンスターが争い合い、共に死に、そして共に生を掴む。均衡を保った世界……その世界こそ彼らの理想」


「それは……下らない。この十年でどもれだけのモンスターに狩人は領民は殺されたと思っているんだ。どれだけの遺族が残された。私の代になって多少は改善はしていたとはいえ……それでも領地でどれほどの悲しみが生まれたと?」


 それを正しいと信じての行いだとしたら俺らは決して分かり合えないだろう。

 解り合える余地もなく、ただこちらを脅かす行いをするならただ淡々とこちらもだけだ。

 そんな覚悟を決めるも、ギュスターヴ三世の言葉には続きがあった。


「もっと苛烈な環境に身を置いている辺境伯からすれば、確かに彼らの主張は噴飯者であることは重々承知よ。だが、彼らはそれでも今の世界……モンスターと人との争いが一進一退で進む形を最善とした。それには理由がある」


「理由……」



「辺境伯よ、そしてベルベット嬢よ。この世には運命があると思うか?」



「運命、ですか」


「私はそんなものは……」


 信じていない、と続けようとして何故だか俺の口は止まった。

 何となく感じる時があるのだ。


 ただの自惚れかもしれない、自意識過剰なのかもしれない。だが、俺は……そんな違和感がふとした時に纏わりついてくる。


 ――『……始めたのはお前だ、≪龍狩りプレイヤー≫』


 去り際に奴らから言われた台詞が頭の中で不意に残響した。


 ――俺が……何を始めた?


 答えなど返ってくるはずのない胸の内の問い。

 だが、ギュスターヴ三世はそれをまるで見透かしたように口を開いた。




「始まりは――最初の龍が討たれたこと。災疫龍が討たれたことだ」


「えっ、災疫龍が……ですか? アリーが倒した?」


「最初の龍が討たれ、そして残りの龍も目覚め、活動を開始する。……あるいはと言い換えてもいいかも知れぬが」


「それは……≪龍種≫というの生態系の頂点に存在するモンスター。彼らが討たれたことによる影響が出てくるのは当然で、刺激を受けて他の≪龍種≫も――」


「理屈をつけるならばそんな所か……だが、違う。そうではない、もっと大きな流れの話なのだ。ベルベット嬢よ……」


 ギュスターヴ三世はそう言って俺の方に顔を向けた。


「辺境伯……キミならわかるだろう? 運命……あるいはストーリーは第一の龍を倒したことによって進行したのだ。故に次に発生する事象イベントは――必然だ。その発生に介入する余地はない」


 彼は非常にわかりやすく噛み砕いて俺に説明をしてくれた。

 それはまるでチュートリアルのように親切に。



「残り四つの龍が目覚め、そして≪龍狩り≫の前に現れる。暴威の化身となり、ただの一体で都市を滅ぼす龍が動き出す……≪神龍教≫はそれを恐れていた。だが……始まってしまった。もはや、止められない。それこそが――≪世界依頼ワールド・クエスト≫」


「≪世界依頼ワールド・クエスト≫」


「≪龍狩り≫よ、お主に残された道は一つのみ。全ての試練を乗り越えよ、出なければ……全てを失うだけだ」


「…………」


「≪龍狩り≫よ……あるいはアルマン・ロルツィング辺境伯よ。もう一度、言う。全ての≪龍種≫を……≪六つの龍≫を討伐せよ。それがお主に課せられた使命であり、始めてしまったこと責任でもある」



 俺は……ギュスターヴ三世の言葉を黙って聞いていた。

 言いたいことは沢山あったがとても大事なことを聞かされた気がしたからだ。

 その代わりに爆発したのがエヴァンジェルだった。


「陛下! いったい、いったい何だというのです……! 意味の分からないことを……それにまるで災疫龍を討ったアリーが悪いことをしてしまったかのような……。如何に陛下といえども不当に貶めには――」


「エヴァ」


「アリー! しかし……」


「陛下……貴方はどれだけのことを知って……」


「全てである、皇帝であるぞ? 儂はな?」


 不敵な顔を浮かべるギュスターヴ三世に得も言われぬ不気味さを俺は感じた。


 ――この話ぶり……色んな事をぼかして話しているが明らかに俺にはわかるように話している。……陛下は一体何者だ? 俺の事情を見抜いた上での言動、それに……≪世界依頼ワールド・クエスト≫。全ての≪龍種≫を討つこと? 俺にプレイヤーの真似事をしろとでも? いや、言い方的にはイベント進行フラグであった災疫龍を討ったことで、自動的にストーリーが進行しているから俺はその代わりを達成しなくてはいけなくなったってことか? そんな理不尽な……だが……。


 新たに与えられた情報の量に頭がパンクしそうになる。

 ただでさえ、≪ニフル≫の一件から頭を悩ませることが多いというのに。


「恐らく、これ以上、深く聞いても無駄なんでしょうかね」


「ふむ、わかる。まあ、そうじゃな。儂が知っておることはもっとたくさんある。だが、今言うべきかという疑問がある。そして、何よりも二人ともが素直に受け入れられるかどうか……という問題がな。いささか、刺激の強い話になる故に」


 何となく雰囲気でこれ以上言いそうにないなと思い、俺が問いかけるとギュスターヴ三世はそう答えた。


「陛下、この際ならば全てを……俄かには信じがたいとはいえ、≪世界依頼ワールド・クエスト≫なるものがあるとして。陛下の言う通りに≪龍種≫が襲い掛かってくるというのなら余裕は……」


「わかっておる。だが、これは口で言って納得できるものではないのだ。それはお主たち自身で知らねばならぬ。この世界の秘密を」


「えっ、私も……ですか? アリーだけでなく?」


「その通りだ、ベルベット――いや、エヴァンジェル・V・エーデルシュタインにとっても重要なことなのだ」


 ギュスターヴ三世は俺とエヴァンジェル、二人に向けてそう言った。





「≪エンリル≫へと向かうがよい。そこで世界の真実の一端を知るのだ」





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