第百三十八話:≪神龍教≫と≪龍の乙女≫


 玉座に深く座り直したギュスターヴ三世の纏った雰囲気が一変する。

 先程までの飄々とした態度ではなく、厳かな雰囲気へと変わり、その瞳は深い叡智を感じさせるように静かだ。

 思わず気圧さそうになるが俺としても引けない事情がある。


「≪神龍教≫にはモンスターを操る力があるというのを俺はあの時に初めて知りました。そんなことはどこからも聞いたことはなかったから……そして、改めて調べ直してもそれを示唆するような情報も全くと言っていいほどにありませんでした。ですが、陛下の言からすると元から知っていたように聞こえました」


「隠すように命じておったからな。理由はベルベット嬢を守ろうと情報を規制をした辺境伯と同じよ。この世界において異端に過ぎる力じゃ、無用な混乱を起こす必要もあるまい。限られた者しかこの事は知らぬよ」


「……市民レベルでならばわかります。ですが、私たちのような治めるべき領地を持つ貴族くらいには言っても良かったのではないでしょうか? ただの犯罪組織とモンスターを操れる犯罪組織では対処の想定レベルが全く違います」


「言いたいことがわからないではない。皆が皆、辺境伯のように正しく対処にその情報を使えばいいが、何分特異すぎる力じゃ。知ってしまったが故に良からぬことを考え、そして抱き込まれることを危険視していたのだ」


「良からぬこと、ですか」


「なるほど」


 俺は辺境領を治めるものとして、基本的にモンスターを狩るものとしか見ていない。

 故に単純に戦力的な意味での危険視をしていたが、エヴァンジェルは何やらギュスターヴ三世の言葉に気付いたことがあった様だ。


「本当に自由にモンスターを操れるなら出来そうですね」


「うむ、帝都での一件の調査も色々と進んだ。やはり、あの一件には≪神龍教≫が噛んでいたようだ」


「やつらが」


「ああ、しかも恐らく組んでいたのは……ギルバート・シュバルツシルトとだ」


 俺はその名前にピクリッと眉を動かした。

 もう死んでしまったので仕方ないとは思っているが、やつがアンネリーゼに対してやったことだけは……まあ、今はそれはいいだろう。


「やつが≪コロッセウム≫に出資するようになってから≪コロッセウム≫で使用されるモンスターの質が上がったらしくてのぅ。詳しく調べていくとどうにもやつはモンスター取引の仲介者として≪コロッセウム≫と繋いでいたらしい。珍しいモンスターや興行に向いたモンスターの幼体。それらをやつのみが供給できたわけじゃ」


「……なるほど、そんな真似が出来るからこそあんな御前試合を無理矢理に開催できたのか」


「うむ、ただの出資者の一人という立場でありながら≪コロッセウム≫の運営にかなり強い干渉が出来ていたらしい。本来は許可されていない危険なモンスターを地下に隠し、好事家の見世物にして稼ぐという副業もやっていたようだ。≪コロッセウム≫の興行の増益の一部も受け取り、そしてそれらは……」


「≪神龍教≫に流れていた、と」


「そうなるな。他にも≪神龍教≫と繋がり、人里離れた森の領地の一部に作った違法薬物の畑、それをモンスターに守らせていた不届き者もおったわ。当然、取引で得た収入の一部は流れる契約でな」


「なるほど、いくらでも利用価値があるが故に……」


「うむ、やつらは思った以上に手が広く至る所から活動資金を得て活動している。それがまた厄介な所でなぁ」


 確かにそれは厄介というレベルではない。

 俺とて街が襲われないようにすることが出来るよ、と言われて金を要求されれば払うぐらいするかもしれない。

 それを考慮すれば下手に話を広めるわけにいかないという対処は間違ったものとは言えないだろう。


「わかりました、その辺の話は今はとにかくいいです。重要なのはそのモンスター操る力をエヴァも使ったことです、そして彼女たちはエヴァを≪龍の乙女≫と呼んだ。≪龍の乙女≫について陛下は何か……」


「≪龍の乙女≫とは、我ら皇族の血が流れる者に時折現れる存在のことだ。奴らはその存在を忌み嫌っておってな……」


「何故でしょうか? ≪神龍教≫以外にもモンスターを操る力が要ると不便だから……とか?」


「事実としてエヴァの力で阻止して貰わなきゃ、私も危なかったからな……」


 俺とエヴァンジェルは次々にギュスターヴ三世の口から明かされる情報を話し合って何とか咀嚼する。


「それにしても皇族の血、か。エーデルシュタイン公爵家は皇族の血に連なる者……」


「うむ、ベルベット嬢の祖母に当たる人物もまた≪龍の乙女≫の証を持っておった」


「お父様のお母様が……!?」


「≪龍の乙女≫ってわりと居るのか? いや、皇族の血が必須なら絶対数自体は……それに証?」


「≪龍の乙女≫の資格を持つものは生まれた際にその瞳を見ればわかる。本人にはわからないだろうが、力を使う際に鮮やかに輝くのじゃが、赤ん坊の時は制御が出来ないというか暴走しておると言うべきか、頻繁に輝かせるからの。力を持って生まれたのはすぐにわかる」


「そうなるとエヴァンジェルのことは……」


「うむ、儂は予め知っておったのよ」


「……≪龍の乙女≫の存在を≪神龍教≫は忌み嫌い、そして赤ん坊の時点で≪龍の乙女≫であることを見抜くことは容易い。それに去り際の奴らの台詞からすると……陛下は何らかの手段でエヴァンジェルのことを誤魔化した?」


「当たらずも遠からず、といった所じゃな。まあ、≪龍の乙女≫の資質について上手く誤魔化したのは事実じゃ、それで奴らも騙されていてくれたのじゃが……。≪ニフル≫での一件を考えると方針を変えてくるであろうな」


 ギュスターヴ三世の言葉を俺は頭の中で整理する。


 ――エヴァンジェルは生まれながらにして≪龍の乙女≫というモンスターを操る力の資質を持って生まれたが、≪龍の乙女≫であることを知られると≪神龍教≫に狙われるのでギュスターヴ三世が誤魔化した。そして、そのことに気付いて奴らはキレた……と。


 一応、話の筋が通っている。

 そして、いよいよ俺たちは更に深い質問をギュスターヴ三世に問いかけることにした。




「≪神龍教≫とは……本当は何なんですか? そして、奴らの目的は……」


「彼らの目的、か。強いて言うならば――」






「今の世界を守る事、じゃな」





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