第百三十七話:問答
「えー、なんじゃ……つまらんのぅ。絶対にそうじゃと思ったんじゃがなぁ。まあ、子は授かりものであるが故、望んで得られるものでもないからのう。とはいえ、お主たちは若いのじゃから遅かれ早かれであるじゃろうな、うんうん」
「へ、陛下……?」
ちぇーっとでも言いたげな顔をしたが、直ぐに納得したかのように頷くギュスターヴ三世の様子に俺は盛大に頬をひきつらせた。
――おい、何てことを急に言い出してるんだこの皇帝……。
「むっ、なんじゃ辺境伯よ。この皇帝たる儂の耳を甘く見るでない、≪グレイシア≫では一緒に暮らしておることは知っておるし、≪ニフル≫では同じ宿の部屋で寝泊まりをしたとも聞いた。美味しい料理と酒に湯殿と来て、若い婚約者が一つの宿の下となればそりゃあもう……で、どうなんじゃ? 湯浴みぐらいは当然一緒としてその後は一つの布団で――」
「「黙秘します!!」」
またしても声が重なる俺とエヴァンジェル。
若干キレ気味に声の勢いが強くなっているが、対するギュスターヴ三世はニヤニヤとしながら「おお、仲が良さそうでなによりじゃ」と飄々と受け流している。
その姿は非常にイラッとした。
「この帝都から辺境に耳を伸ばしているのは凄いとは思いますがもうちょっと使い道があるでしょう! ≪ニフル≫での一件も詳しく知ったのならもっと注目するべきところが……」
「なにおぅ……! 儂のような老人にとって辺境伯たちのような若人の青い男女関係を、無遠慮に突きまわす楽しみに勝るものなど……あると思うてか!」
ギュスターヴ三世は恥じ入る事の無いと言わんばかりに、堂々とした威厳で言い放った。
「「最低ですね!!」」
「何を言うか、儂は皇帝であるぞ? つまり、儂の行いは全てにおいて最低どころか最高である」
もはや不敬百%で俺もエヴァンジェルも怒鳴ってしまったが、ギュスターヴ三世は何らダメージを受けていないようだ。
それどころか動揺したこちらの様子をおもちゃを見るような目で見ている。
「それにしてもなんじゃなんじゃ、その様子だと中々に大人しい付き合いをしているようじゃな。紳士であるというのも大事じゃが……辺境伯よ。時に獣のようにガッと迫るのも男の甲斐性というやつよ。
「余計なお世話です!」
――あと完全なセクハラだからな世が世なら一発アウトだぞ。
まあ、この世界においては目の前の存在こそが法の上に立つ存在であるのだが。
それはそれとして、もう敬意なんてものをかなぐり捨てて口にしたが……そこでふと気づく。
てっきり、水を向けられたエヴァンジェルも何かしら声を荒げるかと思っていたのだが……そう思って顔を隣に向けると、其処にはあらぬ方向に顔を向けた彼女が居るだけで――
「なっ? やっぱありなんじゃって」
「…………」
俺とは反対方向に顔を向けて決してこっちに振り向こうとしないため、表情こそわからなかったがその代わりに見えた首筋や耳は何故かとても紅く染まっていた。
「…………」
「…………」
何とも言えない沈黙の間が数秒間続き、俺は口を開いた。
「陛下」
「なんじゃ?」
「石を適当に放り込んで、波紋を起こすのって楽しいですか?」
「とても楽しい」
――くたばれクソジジイ……っ!
咄嗟に口にそんな仕掛けた言葉を呑み込むのに、どれぐらいの労力が必要だったか……。
ともかく、俺は意識を切り替えるように声を張り上げた。
こんな余計な茶々を入れられるために帝都にまで来たわけではないのだ。
「陛下、私が相談したかったことは――」
「≪神龍教≫、そして≪龍の乙女≫のことであろう? わかっておるわ」
「「…………」」
シレッと口にしたギュスターヴ三世に対し、俺とエヴァンジェルの気持ちはこの時確かに通じ合った気がした。
相手は皇帝、相手は皇帝、だと念仏のように心の中で唱えながら口に出そうになるのを何とか抑えることに成功した。
まあ、口に出すのには成功したとはいえ内心で罵詈雑言を吐きまくっていたが……。
それはともかくとしてようやく本題に入ったのだ、俺は話を進めることにする。
「はい、私たちは≪ニフル≫での一件の時に≪神龍教≫の教徒であるスピネルとルドウィークという名の人物と接触しました」
「うむ、≪ジグ・ラウド≫討伐後の隙を突かれ狙われたと聞くな。まさか、辺境にまで手を伸ばすとはのぅ」
「私は今まで≪神龍教≫という存在をそこまで危険視はしていませんでした。こちらでの活動も控えめというのもあって……変な言い方ではありますが、ただの犯罪組織以上の認識はなかった」
「ふむ……それで? では、何故改めて儂に報告する気になった? 狙われたという事実があったとしても今後は領地内においても気を付ければ済むだけのこと。わざわざ儂との時間を作ってまで相談する必要があるとは思えんのぅ。領内における事柄は、辺境伯の権限の元に粛々と対応をすればいいだけのことと思うが?」
「それだけであればそうでしょう。ただ、問題は襲撃した手法です」
「手法……か。確かに詳しい話は報告されていなかったのぉ。あくまでも命を狙らわれたという事実のみは伝わってきたが」
「……信じ難いではありますが、彼らはこちらを襲撃する際にモンスターを伴って現れました」
「ほう?」
「モンスターはやつらを襲うわけでも無く黙って付き従い、そしてあろうことかその命令に従い襲い掛かってきました……それはつまり、彼らにはモンスターを操る力があるということです」
「なるほど、のう。それは正しく驚天動地の事実じゃな」
言葉とは裏腹にギュスターヴ三世の様子に動揺はなかった。
この世界の根底が覆るような事実を述べているというに当たり前のように受け入れていた。
「モンスターを操る力……その事実だけで危険視するには十分過ぎる力だ。そして、彼らが操っていた≪ムシュムシュ≫は強化をされていた。通常種とは違う、それを超えた――超異の力を身に着けて。私は種としての力を越えた力を持った個体が起こした事件を知っています」
「辺境伯が収めた帝都での動乱における≪リンドヴァーン≫……か」
「確たる証拠は御座いませんが……モンスターを支配し、そして強化する力。それを保有している可能性があるという事実だけで危険視するには十分過ぎる理由です」
「ふむ……」
思案するように顎に指を添えるギュスターヴ三世だがそこに動揺は見られない、常識で考えればかなりおかしなことを言っているにも関わらず……だ。
「そして何よりもそのゴタゴタの最中、エヴァにはある力を発しました。それはやつらと同じくモンスターを操る力……スピネルたちはそんなエヴァを≪龍の乙女≫だと称していました」
「なるほど……のぅ」
「……陛下は何か知っていませんか。二人が逃げ出す際、陛下のことを口していました。彼らの言葉を信じるなら――」
「そうじゃな、儂は確かに知っておる。この帝国の皇帝であるが故に」
ギュスターヴ三世はあっさりとそのことを認めた。
そして、少し思案するように間をおいて口を開いた。
「さて……何から話すべきか」
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