第百三十六話:ギュスターヴ三世への謁見
「うむ、改めてじゃな辺境伯よ。昨日は中々に盛大な宴であった」
「はっ、陛下。大いに歓待して頂き、誠に光栄でございました」
「なに、偉業を為し遂げた者を称えるのは儂の役目、当然のことよ。儂自身がああいって騒ぐことが好きなのもあるしな……」
くくっと≪黒曜の間≫にギュスターヴ三世の笑い声が響いた。
恐らくは昨日のことを思い出してのことであろう、その声はとても愉快気に満ちていた。
「前の時はそれなりに疑っておる者もおったわ。口さがない者など恩賞を得るための嘘ではないかと口にするほどであったというのに、二度目ともなるとさすがにそうもいかぬらしい。いや、帝都での大立ち回りも効いたのやも知れぬなぁ。今回は掌を返したかのように精力的に辺境伯を迎える宴の準備に動いたものよ。それも我も我もと……」
「それは……何とも」
「ほっほっ、≪龍種≫を二匹も狩った勇者といえども苦手なものはあったようだな?」
老齢でありながらもまるで小僧のようなニヤニヤとした憎たらしい笑みを浮かべ、ギュスターヴ三世は当て擦る様に俺に言ってきた。
思い当たる節があり、俺は不敬であるとわかっているのに視線をそらしてしまうが彼はそれに対して咎めることなどはしなかった。
「どうじゃ? エヴァンジェルがおって助かったじゃろう?」
「ええ、感謝で頭が上がりません」
「つまり、縁談を勧めた儂のお陰というわけじゃ」
「まことに」
満足そうな顔を浮かべるギュスターヴ三世に俺は本心から同意した。
――一応、俺もアルマン・ロルツィングとしては生まれた時から貴族のはずなんだけどな……どうにも慣れない。
帝都に来訪して最初の一日をエヴァンジェルと過ごした俺はその後で、ギュスターヴ三世へ≪ジグ・ラウド≫討伐の報告と≪溶獄龍の赫玉≫の献上の為に皇城≪モガメット≫に登城した。
俺としてはこれらに関しては名目作り以上の意味はないのでさっさと済ませたかったのだが向こう側としてはそうもいかない。
それはもう盛大な歓待を受けることになってしまったのだ。
「お主が厚意は嬉しいが慎ましくしてくれると幸いだ、などと言わなければ三日三晩、それにパレードも……」
「ご勘弁を」
俺は思わずといった勢いで言ってしまった。
元からパーティーのようなものは苦手なのだ。
いや、単に楽しむだけならともかく、貴族や有力者も集まる中での主賓などある種の拷問に等しい。
最初、帝都に訪れた時……勲章授賞式の際には明確な目標があった。
怨敵であったギルバート、そしてシュバルツシルト家に対する報復を行って傘下に収める事だ。
私情込みであるが明確な目的意識があったからこそ、授賞式の際のパーティーは何とか切り抜けられたのだが……その時の俺にあったのは「さっさと終わらないかな」「はやく陛下と話したい」という気持ちしかなかった。
それ故にこの機会を逃す者かと誼を通じようと積極的に攻勢をかけてくる、貴族や有力者たちに辟易とさせられたものだ。
とはいえ、粗雑な扱いをしては変な遺恨になるかもしれないしと、当たり障りのないことを言って切り抜けようとしたのだが、そこで活躍したのが一緒にパーティーに参加していたエヴァンジェルだった。
前の時とは違い、今回の彼女は俺の婚約者という立場で来ている。
故にその立場を存分に使いつつ、彼女は俺への積極攻勢を捌いていったのだ。
――……あれがナチュラボーンな貴族様というやつか。
爵位こそ今は無いものの、やはり気品というか風格のようなものを感じた。
――どうにも疲れる……ああいったのは。それにしてもエヴァが地味に『Hunters Story』の製作に携わっていることも有名なんだな。エヴァ狙いに話しかけてきた奴も居たし……。
どうやら子供が『Hunters Story』のファンらしい。
エヴァンジェルはにこにこと笑いながらお土産用に絵本を渡していた。
――…………。
何故持っているのかは不明だが、渡された方が大変喜んでいたのでいいのだろう。
まあ、それはそれとして。
総論として偉い人が集まるパーティーで起こる面倒なこと、エヴァンジェルが処理してくれたお陰で助かったのだ。
婚約者に助けられるというのは男の立場的に少し情けなく思うが。
「私の身が持ちません故に」
「ほっほっ、帝国に勇名を轟かせる辺境伯が弱気じゃのう!」
がっはっはっと大声で笑うギュスターヴ三世は、その矛先を俺から変えた。
この≪黒曜の間≫にて存在する俺と陛下以外の最後の一人。
「お主はどう思う? エヴァンジェルよ」
「アルマン様とて人の子、苦手なことなど御座いましょう。それは私が補えばいいだけのことと思います」
それはエヴァンジェルだ。
彼女はギュスターヴ三世の言葉にそう答えた。
「ふむ、確かにの。それにしても仲が良さそうで何よりじゃ」
並んで陛下の御前で膝をついている俺たちを交互に眺めるギュスターヴ三世の気配はとても楽しげにみえた。
「まっ、雑談はここまでとしようか。……それで? 儂に何か報告あるのであろう? それも人払いをする程の……。皇帝である儂と個人的に話す時間を作って欲しいなど、求めるものが居るとはなぁ」
空気が急に重くなった気がした。
ギュスターヴ三世が発する気配が強くなったのだ。
「不敬であることも重々承知、ですがそれを承知の上で……」
俺は……≪ニフル≫で起きたことを全てまだ帝都に報告していない。
≪ジグ・ラウド≫に関してはともかく、主に暗躍していた≪神龍教≫の教徒であるスピネルたちに関することだ。
彼女たちは表向きは普通に犯罪者である以上、さっさと報告するべきなのだが問題なのはスピネルたちが言っていた≪プレイヤー≫やら≪龍の乙女≫やらの情報。
これらはあまり多くの目に触れさせるべきではないだろうと思い、俺は敢えて報告しなかったのだ。
だからこそ、≪ニフル≫で起きたことを改めてここで報告する。
そして――
「実は……」
「――よい、わかっておる」
意を決して喋り始めようとするも、俺の言葉はギュスターヴ三世の言葉に遮られた。
「わかっておるのだ。何を報告したいのか、何故人払いを必要としたのか……わかっているのだ、辺境伯よ」
「なんと」
流石はこの帝国の頂点、志尊の席に座られる御方といったところか、彼にはお見通しだったようだ。
深い叡智を感じさせる両眼を開き、ギュスターヴ三世は言った。
「つまり――」
一拍を置いて、
「子供が出来ました、とかそういうアレじゃろう?」
「「いえ、違います」」
俺とエヴァンジェルの声は綺麗に揃ってしまった。
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