第百三十五話:ロルツィング辺境伯領特別広報委員会の大いなる活動成果
「……なにこれ」
思わず俺の口から零れたのかかけなしに本音の言葉だった。
「おおっ、『Hunters Story』の新刊じゃないか。出来ていたのか……どれどれ」
最近、どこか心あらずなことが多いエヴァンジェルのため、気分転換を兼ねてデートをすることに決めた俺だったが、そもそもそこまで綿密にプランを練っていたわけではない。
あくまでもリフレッシュを目的としているのもあって、ブラブラと適当に喋りながら市内を巡るというがいいんじゃないか……とアルフレッドのアドバイスもあって実践をしていた。
両者共に顔が売れているので俺はフードを目深く被り、エヴァンジェルは顔を隠すようなレースの付いた帽子と日傘で顔を隠しつつ、まるで年頃の青年と少女のように無軌道で無計画に、そして興味の引かれるままに珍しい店をちょっと覗いたり、食事を楽しんだりして過ごしていた。
今回の帝都行きは色々な事情も兼ね合って、主に俺とエヴァンジェルとアルフレッドの三人出来たのだがアルフレッドは空気を読んで離れてしまったので、完全に二人きりの時間を俺たちは楽しみながら市内を回っていた。
そんな時に見つけたのがこの本だった。
偶々エヴァンジェルが書店を見つけ、少し見ていこうよと言われたので断る理由もなかったのでついてきたのだが……。
「ああ、昔アリーが教えてくれた題名を借りて絵本にしたのさ。勿論主役はアリーだけどね」
「うわぁ……」
思わずそんな声を上げてしまったのは仕方ないだろう。
――ガッツリと『Hunters Story』の題名が使われてる……えっ、これっ、俺と同じような境遇の奴が仮に居たらパクったって思われない? ルキの祖先のことも考えると他にもいる可能性は否定できないし……。いや、俺が転生者ですよというアピールには最適なのか? 向こうから接触してくる可能性とかも期待……でも、その場合我が物顔でタイトル使ってるやつって思われるのは凄い恥ずかしいな。
何とも言えない気分になっている俺を尻目に、エヴァンジェルは本を手に取るとしげしげと眺めた。
「うーん、この装丁は間違いないな。これは≪グレイシア≫産のじゃなくて最近流通し始めた≪グラン・パレス≫産のものだ」
「待って? 絵本に産地があるの?!」
「ああ、見てごらんよ。これはしっかりとした紙質で出来ているだろう? 全体的に分厚くて表紙だって……ほら、こっちが≪グレイシア≫産」
そう言ってエヴァンジェルが隣の棚から取り出した絵本も『Hunters Story』だったが、比べてみると確かに同じもののはずなのに明確に違っていた。
≪グラン・パレス≫産の方が明らかに装丁も凝っているし、使われている紙も品質が高いものであるのはすぐに見て取れた。
エヴァンジェルが渡してきた≪グレイシア≫産もしっかりとした作りではあるものの、比べてみるとやや簡素である印象は否めない。
「愛蔵版というやつさ。広めることを前提にすればやっぱり値段を抑えて、コストも抑えて多く作るのが一番。実際にそれで大量に売れたしね」
「売れたのか」
「けどそれはそれとして、やっぱり高級志向というか割高だけど長く使える質の良いものを求める声というのもあるものさ。特に帝都ではそれが多くてね。だから、商会の伝手を使って頼んでいたんだが……予想以上の出来だ。愛蔵版としてはこれ以上のものは無い、紙質からインクの種類まで厳選して書斎に並べたくなること請け合いだ。やはりこういった物を作る技術は帝都の方が上で……うん、正解だったな」
「へ、へー、そうなんだ」
「それにしてもまさか買う機会に恵まれるとは……いや、試作品はキチンと提供される契約にはなっているから有るけど、あれは保存用だからなぁ。やはり、それとは別口に持っておきたい気持ちもあったし」
キラキラと目を輝かせながら喋るエヴァンジェル。
俺は楽しそうで何よりだ、と何度も内心で唱えた。
「ん? どうしたんだい、アリー」
「いや、そういうのは精々、ウチの領内で済んでるのかと思ったら意外に広まっていて驚いたというか」
見ないようにしていたが俺も結構盛んに流通しているのは知っていたのだ。
だから、交易品の輸出品とかで領外にもある程度流出するくらいは想定はしていたのだが、まさか帝都に制作拠点を用意して生産に入っているのは流石に予想外過ぎる。
「ああ、安心して欲しい。委託しているところ以外にはロルツィング辺境伯領特別広報委員会の認証の印がないから、偽物対策もばっちりだ。手広く広めるとどうしてもそこら辺の問題は出てくるからねぇ」
「別にそういう話ではないが」
「でも、大丈夫だ。順調に広まっている」
「物事ってのは程々くらいがちょうどいいというか」
「税収も期待してくれていいと思うよ!」
「広まるのは程々で……いや、でも、税収……」
「それに陛下も興味津々で「時間をかけてもいいから
「そこまで話しがデカくなってるの!?」
予想外過ぎる。
いや、ギュスターヴ三世なら普通に注文しそうなのが怖い。
あと、エヴァンジェルとアンネリーゼの行動力の凄さに脱帽するしかない。
知らない内にもう引き返せない状態へとなっていたようだ。
――というか『Hunters Story』というタイトルパクリもマズいけど、これって俺が主役の物語なんだよな……。自伝というか何というか……世間一般的にはこれだけ堂々と売りまくってるの俺がやってることになってるんだろうな。婚約者と母親に好きにやらせてほぼノータッチなんて思わないだろうし。そうなるとあれか、世間からするとは俺は自分で喧伝するためにわざわざ本を作って売ってる感じになるのか……。
名声を広げるために自身のことを書いた書物を世に広めるというのは、この世界の貴族的には有りな行為でそれほど変には思われないだろう。
とはいえ、前世での一般庶民としての感性を引き継いでいる俺にとってはそう思われることはかなり恥ずかしいものがある。
「……順調そうなら補助金縮小しようかな」
思わずボソリっと呟いてしまう。
ロルツィング辺境伯領特別広報委員会の活動に関して、好きにやらせるために活動費の補助を都市の運用から支出していた。
それを絞れば活動を鈍らせることが出来るのではないかと半ば本気で検討してしまう。
流石に悪意とかではなく、単純に良かれと楽しんでやっている二人に対して悪いのですぐさま脳内会議で否決をしたのだが……。
「えっ、運営費の助成のことかい? あれならもう打ち切ってるけど」
「……え?」
「十分にグッズの販売の利益で運営費に関しては目処がたったからね。アリーに負担はかけないさ」
「……そっか」
どうやら俺はまだ彼女たちの力を侮っていたらしい。
――……支出が削減できるのは良いことだ、うん。市からの助成を受けずに活動出来るならそれに越したことはない。税収だって期待も出来る。
いったいどれだけのことをやっているか気になるが知りたくはない。
助成金といういざという時の為の首輪も外されてしまった以上、エヴァンジェルとアンネリーゼは今後も自由にやるであろうことは想像に難くない。
ゾッとしない話ではあるが……。
――……まあ、別にいいか。楽しそうなら……俺がちょっと恥ずかしい思いをすることぐらい。
少し興奮気味に頬を赤らめながら絵本に関する創作秘話を話すエヴァンジェルを見て、俺はただただそう思った。
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