第百三十二話:溶獄龍の防具


 ≪煉獄血河≫


 それが≪ジグ・ラウド≫の素材から作られる防具の名だ。

 複数の希少鉱石素材も要求され作られるその防具だが、素材の元となった≪ジグ・ラウド≫の姿からイメージがわかないほどに無骨さがまるで無い。


 ≪災疫災禍≫が全身の西洋甲冑を思わせる意匠ならば、≪煉獄血河≫はどこか東洋風の甲冑を思わせた。

 それも鎧と言うほどに重厚感はなく、動きやすさを重視した見た目だった。


「これがあの……≪ジグ・ラウド≫の? その……映像で見ていた姿とは全然違っていて……。いえ、あくまで素材の元は元でしかないので防具のデザインとは別に相関関係はないのは理解していますけど」


 用意してあるので早く試しましょう、とルキに連れられてきた≪グレイシア≫内にある訓練場の一つ。

 渡された≪煉獄血河≫を纏った俺を見ながらシェイラは言った。


 まあ、言いたいことがわからなくもない。

 ≪ジグ・ラウド≫は山を思わせる巨体に頑強で重厚な外殻でその身を固めていた。


 そのイメージからすると≪煉獄血河≫はやや迫力の足りないデザインに見える。

 東洋甲冑をモチーフにしているとはいえガチガチに固めたものではなく、どちらかといえば布の着流しのような部分が多いのが原因であるだろう。

 全身甲冑の≪災疫災禍≫の方が遥かに防御力がありそうに……


「いや、薄そうに見えるがこれで防御性能は≪災疫災禍≫よりも上のはずだ」


「そ、そうなんですか」


 ただ見た目と性能はほぼ無関係なのがこの世界の防具の恐ろしさだ。

 例えば俺が母さんにプレゼントした≪ホワイト・メイド≫という防具は完全にメイド服なのだが、中位防具に部類されるので鉄鉱石主体の下位防具である≪アイアン・ナイト≫よりも防御力は高い。

 見た目は完全に布の服にしか見えないというのに、だ。

 それだけこの世界のというのは、前世の常識から考えて色々と狂ったものが多い。

 加工すると鉄より硬くて軽い繊維になるなんてざらにある、ルキの祖先であるアンダーマンが一から解析するようになったのも頷けるほどに常識は通用しない。


 そして、何よりも――


「それよりも……変な改造とかしなかっただろうな?」


「し、してませんよ! 失礼だなぁ」


「今までの所業を思い出してみろ」


「うぐぅ……で、でも本当にしていませんからね? 基本的に私は武具の開発を今のところの目標としてますし、それに何より……防具の改造って上手くいかないんですよ」


「そうなのか? 何かしら魔改造は出来るかと思ってたけど」


「いえ、何度も試してみたんですけどスキルがねぇ……使えなくなるんですよ、手を加えてしまうと」


 

 この世界にある謎の技術、あるいは力。

 防具として身に纏うことで得られるこの世界特有の現象。

 こんなものが存在する以上、前世における常識というのはほぼ意味をなさないと言っていい。


「……聞いたことはありますね。防具もあまりの欠損が激しくなるとスキル自体が発動しなくなる、という報告も上がっていますし、それに以前アルマン様がゴースに頼んで性能やスキルを維持したまま、服のように仕立てて貰おうとして失敗してしまった事例もあります」


「ふむ、逸脱し過ぎると使えなくなる……ということか? そう言えばルキの家はスキルについての研究などはしなかったのか?」


 「いえ、確かあったはずです。けど、目立った記録も残ってなかったからたぶん成果は出なかったんだと思います。私も≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の強化のために結構探したんですけど……」


「≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫……?」


「武具は≪加工≫することで追加スキルを発生させることが出来るじゃないですか。でも、≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫に限った話じゃないですけどどうにも私が作った武具はどれも発生させることが出来なくて……理由は不明ですけど」


 俺はルキの返答に少し考え込んだ。

 ≪龍殺し≫を目標として研究を行っていたのだから当然スキルについても調べてはいるだろうと思っていたがが結果が残っていないということは……。

 それにルキが一から作った≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫やゲーム内で登場した武具に手を加えたは追加スキルが発生しなくなるというのも気になる話だ。


 ――やはり、スキルは特別な法則でもあるのか? 決まった形ではないと発揮できない……?


 スキルというのはよくよく考えると謎が多い、単にそういうものだと捉えて深くは考えていなかったが、アンダーマンの一族すらもその回答には行き着かなかったというのは興味深い。


「多様な素材を解析しても物資的特性等の解明の成果は出来てもスキルについてはさっぱり……自在に付与出来たらなぁ、≪龍殺し≫に一気に近づけるのに」


「まぁ、そうだな」


 出来るようになったら確かに最高だ、世界のバランスがだいぶ崩れそうではあるが。


 ――それにしてもスキル……か。


 改めて一考する余地はある。

 だが、アンダーマンの一族も結論を出せなかったものを少し考えただけわかるとも思えない。

 俺は一先ずは頭を振って意識を切り替えた。


「そこら辺はとにかく後としよう。少しスキルの試験運用をするから離れておいてくれ」


「はーい」


「わかりました」


 そう言って少し距離を取った二人を確認して俺はスキルを発動する。

 初心者やストーリークリア救済用のためにかなりチートな性能となっている≪災疫災禍≫の≪黒蛇克服≫と比べ、他の≪龍種≫の防具というのは基本的に上位防具の中において優秀という枠を出ない。

 『Hunters Story』というモンスターとの狩猟ゲームのバランスを成り立たせるためものである。


 それ故に≪煉獄血河≫もその縛りの中にあるが、それでも≪龍種≫というのは『Hunters Story』でも特別な扱いであり、特異的なスキルを保有している。


 ≪煉獄血河≫の持っているスキルは三つ。


 一つは防御系のスキルで≪剛鎧≫。

 どんな攻撃を受けても一定のダメージカットを行うパッシブスキルで、≪煉獄血河≫自体の防御力の高さも相まって死に難くなる優秀なスキルだ。


 もう一つは≪地脈≫。

 脚を大地に付けている限り、スタミナと体力を微量ながら回復し続けるというパッシブスキル。

 ゲームでの性能は回復速度もそこまでで、≪回復薬ポーション≫を使った方が早くて安全だったから微妙ではあったが……。


「……中々に悪くない」


 足元から何か熱い力が流れ込み、身体に活力が漲るような感覚が奔る。

 何となくこれは当たりの部類のスキルだと俺は頭の中でメモをする、ゲーム内と違って仕様が変わってたりするので試してみるまで分からない部分が多いのだ。


 ――まあ、特別なアクションも起こさずに回復できるスキル……ってだけで十分に期待はしていたけど。


「それはそれとして……メインと行こうか」


 ≪剛鎧≫にしても、≪地脈≫にしても強力で有用なスキルではあるが、≪煉獄血河≫の一番の目玉スキルはそれらではないのだ。

 俺は用意した≪グレート・ソード≫を構えた。

 これはただの変哲もない、下位の≪大剣≫武具であるが……


 ――≪赫炎輝煌≫


 スキルのトリガーを引く。

 何度となくやったアクティブスキルを発動する所作ルーティンと同時に≪煉獄血河≫に変化が現れた。

 防具を彩るかのように散りばめられた輝石から紅い血のような液体が流れ出たかと思うと、振り上げた≪グレート・ソード≫に纏わりついた。



 そして、俺が一閃すると同時に赫々とした紅色の液体は煌めいて――



 ただの≪大剣≫の一閃は爆炎を纏った一閃となった。



「うん、こっちもいい具合だな」



 武具で攻撃に属性を追加する特殊スキル。

 それこそが≪赫炎輝煌≫……≪煉獄血河≫の三つ目のスキルだ。


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