第四章:滅都エンリル編

第一幕:皇帝の価値

第百三十一話:一人増えた街


「それで爆破してしまった……と?」


「はい!」


「何が原因で?」


「そうですね。それは≪ジグ・ラウド≫の素材の≪溶獄龍の爆血≫が主の原因かと思われます。今回の実験では≪溶獄龍の爆血≫にはどれ程の熱量が込められるかの実験をしていまして、それで何と……ですよ! あらかじめ想定していた数値を大きく上回ったので、つい――」


「とりあえず、想定をしていた数値に辿り着いたら一旦やめない? 目標値を新たにして改めて実験しようよ」


「というか着服ですか? ≪ジグ・ラウド≫の素材についてはロルツィング家で管轄しています。当然、≪溶獄龍の爆血≫とて同じです、ルキさんによる使用申請書は受理されていません」


「領主の資産を勝手に使うなど……重罪だぞ、ルキ」



「っち、違いますっ!! 違いますからね、アルマン様!」



 昼下がりの≪グレイシア≫の政庁の一室に女の子の元気な悲鳴が響いた。

 声の主は二ヶ月ほど前にこの都市に俺が連れてきたルキ・アンダーマンという少女だ。

 彼女は小柄なその身体を躍動させるように使い、必死で説明を俺とシェイラに対して行っている。


「着服なんてしていません! 大恩のあるアルマン様に何故そのようなことが出来ようか……前に使用許可が出た時の残りから培養したものです!」


「そうか、培養……ね」


 困ったことにやはり聞き間違いではないらしい。


「ええ! ≪グレイシア≫はいいですよねー! 少々、≪ニフル≫よりは多少鉱石素材が高いぐらいで後は何でもある。希少な品質の高い硝子製の機具だって取りそろえることが出来ましたからね。素材も豊富に手に入るので資料で見た培養液も作れました。≪月光草≫と≪水蛇の分泌液≫を配合して、それに≪霞蠍の体液≫から抽出した成分を混ぜ合わせて更に時間を置いて醗酵をさせることで――」


「とりあえず、引っ越しだな」


「今の場所は引き払うとしましょう」


「なんでぇ!?」


 悲鳴を上げるルキに俺とシェイラは据わった眼で眺めた。


 何でも何も無いだろう、と。


 ≪ニフル≫から来た天才少女はこの二ヶ月で割と騒ぎを起こした。

 本来だとゴースか、研究所の方にでも預けておこうかと思ったがよく衝突して問題を起こす、ちょくちょく工房も爆破して近隣住民からも苦情が上がる等々……それだけだったらまだしも、この少女は問題も起こすが優秀な研究成果もキチンと出してくるのが厄介だ。

 今、ポロっと言った培養液の存在一つとっても将来的にはお釣りがでそうな技術だ。


 ――問題はコイツの世間との感覚のズレだな……まあ、そもそもが一般とは程遠い家系に生まれたせいもあるんだろうけど。


 培養液の存在も特に凄いものだとは思っていない様子で、何なら他所でポロっと製法まで口にしてしまいそうな危うさがルキにはあった。

 世間ずれしているというか何というか。


 ――アンダーマンの蓄積していた技術力や知識が想定以上だったというのもあるんだろうけど……つくづく、ルキの家が焼失したのが惜しく感じるな。


 アンダーマンの一族。

 俺と同じくを祖とした血筋。

 解っているのはその程度……いや、もう一つあったか。


 彼らは≪龍殺し≫を目的としていた。


 そのために手当たり次第に素材などを解析し、技術を知識を生み出し、そして次代に繋げるために後世に残し、ルキへと渡った……。


「なんでぇー!? どうしてぇー!? し、支援打ち切りですかぁー?! お願いします何でもしますからそれだけはお慈悲を! もう新しい機材の注文もしちゃってるんです! だって爆発で壊れちゃったから!」


「……いい根性してますね、ルキ。では三回、回ってワンと――」


「……ワンっ!! ワンっ! キュゥウン!」


「ちょっとは躊躇しなさい! いい年頃の娘が!」


 結果がこの傍迷惑天才少女の爆誕だ。

 今までの貯蓄に頭を悩ませながら≪ニフル≫で研究活動をしていたルキとしては、この≪グレイシア≫に来てからの待遇は正しく天国であったのだろう。

 素材は手に入りやすいし、支援もたっぷりで一応地元から遠く離れた場所に来たというのに、そんなことなど気にもしていないのか文字通り情熱の赴くままに寝る間も惜しんで実験を行っていた。

 文字通りの意味で。


「ちゃんと話を聞け、打ち切りとかじゃなく引っ越しだと言ったはずだ。俺の家の近くの区画に新しく建てたからそっちに拠点を移し替えろといっているんだ」


「えっ……新築!? 私だけの城……!? いいんですか!?」


「元からそのつもりだった……というか言ってたはずだが? あくまでも仮の拠点として工房とかも使えと」


「そ、そうでしたっけ?」


「……えっ、言ってなかったっけ?」


「安心してください、アルマン様。ちゃんと言ってましたよ。ただ、この実験大好き女が聞き流して、盛大に仮の工房を使い壊しただけです」


「あはは……そ、そうだったかなー? ま、まあ、それはそれとして……その……いいんですか? ありがたいけど流石に申し訳ないなーなんて」


「だってお前が目の届かないところに居るの不安で仕方ないからな……。危険物的な意味もそうだが、また食事もロクにせずに実験をしていたんだろう? 先週、街のど真ん中で行き倒れていたという報告が上がっていたぞ」


「うげっ、あれアルマン様のところに……黙ってて、って頼んだのに」


「一般の民が領主であるアルマン様とどちらを優先するかなんて決まっているでしょうに」


「それはまぁ、そうなんですけどー」




「というわけでこれは命令。近日中にウチの近くに引っ越しを済ませておくこと、それから食事はうちで済ませるようにすること。その際にどんな研究をしたのか報告すること、進捗状況、成果その他を出来る限り正確に、それから――」


「私って信用されてない!?」


「問題を起こすであろうと信頼されているからの処置ですよ」



 ルキが何やらショックを受けた顔をしているがシェイラが止めを刺した。

 しょんぼりとした彼女であったがあっさりと気分を切り替えたのか新居に何を置くか考え始めたようだ。


「……はあ、それにしても特別待遇過ぎませんか?」


「技術や知識を除いても、ルキは要注意人物だからな」


「≪神龍教≫に狙われている……ですか。確かに≪ニフル≫では彼女を含め、アルマン様たち全員が標的であったと聞きましたけど」


 シェイラが言う通り、少々度が生き過ぎた待遇であるのは事実だ。

 俺もここまでするつもりは最初は無かったのだが、彼女の家系のこととそして≪神龍教≫との関係によって変える必要性が出てきてしまったのだ。


 そもそもが俺からすれば非常に重要なアンダーマンという祖先の子孫ということもあって非常に重要度が高いが、それに加えてスピネルたちは明確にルキを……というよりもその血筋に関して敵意を持っていた。

 彼らが隠れ潜むように暮らしていたのは敵対する≪神龍教≫の存在があったから……というのは間違った推測ではないだろう。


 そして、スピネルたちは俺とルキ、エヴァンジェルを纏めて敵視をしていた。

 恐らくは何らかの関係性があるのだろう。

 ならば一カ所にまとめていた方が何かと都合がいいと……そういうわけだ。


「まあ、彼女の持っている技術、知識だけで管理下に置く理由は十分ですからね。詳しいことは聞きませんけども」


「……助かる」


 事情の特殊性を考えて、色々と説明できない中、黙って引いてくれるシェイラには頭が上がらない。

 俺は感謝をしつつ、ルキを呼び出したもう一つの理由について問いただすことにした。



「それでルキ、例の物なんだけど……」


「ああ、はい! それなら完成していますよ! 溶獄龍≪ジグ・ラウド≫の防具ですね!」



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