第百三十話:プレイヤーの一族
「疲れた……」
「お疲れ様、アリー」
三日だ、あれから三日が過ぎた。
≪ジグ・ラウド≫を倒し、襲撃してきた≪神龍教≫の二人を追い返し、≪黒蛇克服≫の反動で気怠さを残しながらも意識を取り戻した俺だが、残念ながらこの領地の領主という立場である身にはやることが多すぎた。
予定通りに≪ジグ・ラウド≫の討伐には成功したものの、≪バビルア鉱山≫への被害自体は消えたわけではない。
辺境伯領の大動脈といっていいほど重要な要地であるために再建は急がないといけない。
とはいえ、被害が被害で≪ニフル≫単独ではできる事にも限りがある。
そうなると資材や物資、人など大規模に≪グレイシア≫から融通する必要がある。
それだけでも面倒だというのに、都市間での移動というのは危険がつきものでそれほどの大規模な輸送となると大変に目立ってモンスターを呼び寄せることも想定が付く、ならばしっかりと数の狩人の動員も必要となるが規模が規模だ。
かなりの数の狩人が必要となることが考慮され、狩人ギルド側とも擦り合わせをする必要が出てくる。
それ以外の
「細かい擦り合わせは投げるとしても大まかな骨子はアリーじゃないと……」
「わかってる。後回しにしてもいいことは無いからね。だから頑張った……それにしても一気に吹き飛んだなぁ」
俺は今回の大規模輸送の編成ための予算や狩人たちへの報酬を考えてため息をついた。
これでも領主として領地経営をやっている身分だ、桁の大きな金額には慣れている自負はあったがそれでも気落ちする程度の額が必要だ。
「帝都での恩賞や交易での利益で十分賄えるさ。必要な経費だと割り切るしかないよ、アリー」
「……ケチったところでいいことはないだろうしね。壊滅するような事態にならなかっただけ……最悪の事態にならなかっただけ、マシか」
金で再建できる程度の被害で良かったと……切り替えるしかないのだろう。
「やつらの行方は?」
「依然として」
「そうか」
スピネルとルドウィークの二人は結局混乱に乗じて逃げ出したようだ。
一応、あの後すぐにエヴァンジェルが動いて指示を出したそうだが≪ニフル≫からは離れたようだ。
「ルドウィークという男の方はともかく、スピネルの方は顔を晒していたからね。アンネリーゼ様のお陰で精巧な人相書きの張り紙もばら撒かれた以上、街に留まれないとは思う」
仮面を被ったままだったルドウィークはともかく、スピネルの方は顔を晒していたお陰でその顔を描かれた人相書きの張り紙はあっと言う間に交付されることとなった。
領主の命を狙ったのだから当然と言えば当然かもしれない。
因みにその絵を描いたのはアンネリーゼだったりする。
最近は写実画にまで手を出した彼女、特徴をバッチリ捉えたまるで写真のような出来栄えの人相書きを描いたとか。
――母さんは何処に行きたいんだろうか。
無駄に器用に過ぎるというか、どんどん妙な技術を習得していくアンネリーゼに対してとても微妙な思いがある。
その写実画を描く技術が何に使われるかは……あまり深く考えない方がいいだろう。
「まあ、相手はモンスターに対して干渉をする力を持っていた。やろうと思えば街に留まらなくても別段問題ない可能性はあるけどね」
「それはまあ、そうだね。油断はできない」
「全く、彼らは何者だったのか」
「わからないことばかりだ」
≪ニフル≫側が俺のために用意した高級な一室。
二人だけの空間で、エヴァンジェルは不意に俺の胸元に飛び込んできた。
「エヴァ……」
「僕は一体何なんだろう。彼らの言っていたことはまるで……」
ベッドで半身を起こして各所に指示を送るための書類仕事をしていた俺にポフリとエヴァンジェルはもたれかかってきた。
不安なのだろう、彼女が見せた力はこの世界において異端に過ぎる。
今はその瞳も元に戻っていてまるで夢か幻であったかのように思えるが、アンネリーゼやルキも覚えているのだ。
アレは紛れもなく現実だった。
「エヴァは……エヴァだ。少なくとも俺にとってはな」
「うん」
エヴァンジェルは何処か不安そうにそう呟きながら甘えるように頭を埋めてきた。
それに対して何となく落ち着かせるように頭を撫でながら思案をした。
――エヴァの力、それに≪龍の乙女≫だったか……。
それが何を意味するのかは分からない。
だが、どうにもエヴァンジェルがルキの家から持ち出した手帳にもその単語はあったらしい。
何かしらの意味があるのだろう。
「≪アンダーマン≫だったっけ……?」
「うん、手帳にはそれが先祖からの家名だと」
プレイヤーという言葉の意味を残したルキの祖先、その姓こそが≪アンダーマン≫という名だ。
ルキにも聞いたが隠しておくようにと言われていたらしい。
――まあ、この世界において平民は姓を持たないからな。どうしても目立ってしまう。
とはいえ、前世での世界ならば普通だが。
――それに≪アンダーマン≫という名前は何というかこの世界らしくない姓というか……やはり、俺と一緒の? だが、転生かとスピネルたちに尋ねた時の反応が気になる。
元よりそこまで転生自体を気にしたことはなかった。
輪廻転生という考え方もあるし、死んだ後のことなど誰にも分らないのだ。
こんな摩訶不思議な世界に来たのも、単にそういうものだと受け止めていたが……。
「何かあるのかな……謎が」
「アリー……僕に隠してることある? 秘密」
「……ある」
エヴァンジェルの問いかけに俺は少し悩んだが答えた。
聡い彼女のことだ、俺が過去に語った話が詳し過ぎる事にも気づくだろうと思ったからだ。
「聞いちゃだめ?」
「何というか……言葉にするのが難しいものでね。言わなくても特には問題が無い類のものだと思って母さんにも言ったことは無い。これまではそれでいいと思っていたけど……そうもいかなくなったかもしれないな」
≪神龍教≫の二人のニュアンスから察するとどうにもそこら辺の事情も関わっている気もする。
そして向こう曰く、エヴァンジェルは≪龍の乙女≫とやらの特別な存在。
「何時か……な。もう少し待ってほしい」
「うん、待ってる」
甘えるように頭を擦り付けるエヴァンジェルのサラサラとした髪を撫でながら俺はぼんやりと呟いた。
「本当に大変だった……けど、ようやく≪グレイシア≫に帰れる」
「まあ、帰ってもすぐはゆっくりはできないだろうけどね。あっちでの処理もあるだろうし」
「気が滅入るからやめてくれ」
「温泉」
「ん?」
「温泉入って帰らない?」
「ああ、最初はそのつもりだったからなぁ。しばらくは≪ニフル≫もそっちの事業には注力できないだろうし」
「そうだろう? 次は何時来れるかわからないわけだし」
「そうだな……うん。俺も入りたくなったし、エヴァも――」
「うん、一緒に入ろう」
「……???」
その日の三日後。
俺たち一行は≪ニフル≫を後にした。
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