第百二十八話:違和感



 その表情が演技だとすれば、恐らくは俺はこの少女の心の内を見抜くことは今後不可能だろう。

 そう思えるほどにスピネルの表情はさも意外なことを聞かれたという顔をしていた。


「何を言って……」


 ――……違うのか?


 俺としてもその反応は意外だった。

 そもそも設定には存在しない集団、恐らく俺とゲームとしてのこの世界のことを知っていたであろうルキの一族との関連性、そして明らかに不釣り合いといってもいいモンスターを操る力……何かしら関係があると踏んでの発言だったのだ。


 だが、どういうことだろうか。

 確かに反応はあった。


 それは全く心当たりのない、理解不能なことを言われた困惑……という感じではなかった。

 何というべきか……、という感じだ。



 ――なんだ、この違和感は……?



「アルマン・ロルツィング……お前は何者だ?」


「何者、と言われても」


 転生者である、と答えるべきかと一瞬悩むが変に情報を渡すことはないだろうと俺は口を噤んだ。。


「えっと、何が……てんせーしゃって?」


「???」


「聞いたことが無い言葉ですね」


 単語の意味が解らなかったのだろう、俺以外の三人は小声で呟いている。

 それは当然の反応といってもいい。


 だが、スピネルは違う。

 俺の言葉を受け止め、何やら呟き始めた。


「いや、待て……やはり、おかしい。≪龍狩り≫の家系は洗った、シュバルツシルト家は追いやすかったからまず間違いなく関係はない。ヴォルツ家の方も……特に問題は見つからなかった」


「えっ、私の家……?」


「だが、そうなると……可能性があるとすれば」


 スピネルはチラリッとアンネリーゼの方を見た。

 ビクリッと肩を震わせた母を守るように肩を抱き、そして前に出る。

 スピネルはそんなこちらの様子を無視しつつ、思考に没頭している。



「そうだ、血族の可能性は無い。となるとアルマン・ロルツィングとは何なんだ? あるいはそのヒントがあるとしたら――」



 スピネルは一つの単語を呟き、エヴァンジェルがその単語に反応をしたことに気づいた。


「待て、それは……」



「何をしている、同志スピネル」



 だが、エヴァンジェルが言葉を発するより先に新たな人影が天幕の中に入ってきた。

 スピネルと同じく教徒の格好した人物だ。

 彼女とは違い仮面を付けたままでその顔を伺い知ることは出来ないが、声からして男のようだった。


「ルドウィーク……」


「何時までも時間をかけるべきではない。ここに居るの狩人たちはどれも精強な者たちばかりだ。寄せ集めでは時間稼ぎにしかならんのだ」


「……ああ、そうだな。すまない。少し尋ねたい疑問があったが取っ掛かりは掴めたようだ」


 そう言ってこちらを見つめる明確な敵意が見えた。

 顔を隠すこともせずに現れたのだ、当然と言えば当然の行動に移ろうとしているのだと察した。


「もう少し話をしてもいいと思うんだけど」


「もはや、君に尋ねることは無くなった。今回の一件でも十分に分かった。キミの理から外れることを良しとする手法は看過できるものじゃない。残念だけどここで終わりにしよう」


 それでも時間稼ぎのために放った言葉はあっさりと一刀両断にされてしまう。

 俺はやむなしと覚悟を決めて≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を握り締め、一歩前に出た。

 スピネルとルドウィークと呼ばれた教徒の視線が強くなった気がした。


「黙ってやられるとでも? これでも俺は≪龍種≫を二匹も討った男だ。防具を外したとはいえ、甘く見ると痛い目を見ることになるぞ?」


「瘦せ我慢が過ぎるね。≪黒蛇克服≫のスキルの反動で今にも眠りたいほど疲れているんだろう? それは慣れや気合でどうにかなるようなものじゃない。立っているだけで辛いはずだ」


 ――見抜かれている。こっちのことはお見通しってことか……。


 本来、限られた人しか知らないはずのスキルの詳しい情報を知っていることに今更驚きはしない。

 問題ははったりが効きそうにもないということだ。


「俺が何とか隙を作るからその間に逃げてくれ」


「で、でも……」


「母さん」


「ううっ」


 俺は小声で三人に指示出した。

 不安そうな言いたいことがありそうな視線を向けられるが、それに応える余裕はない。



「残念だけど誰も逃がすつもりはないよ」


「そうか……だとしても、押し通させて貰う」




 俺は躊躇いなく≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の銃口を二人に向けた。

 途端に無風のはずの天幕の中に一陣の風が起こった。


「っ!? やっぱり居たか!」


 狙いすましたかのように俺の頭部に目掛けて飛んできたその攻撃を切り払った。

 は≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の刃に傷を負い、その姿を現した。


 それはブヨブヨとした紫色を長く伸びた舌であった。

 俺の予想していた通りのもの。


「≪ムシュムシュ≫、か」


 そう言った瞬間、天幕の外から強引に中に入ってきた強大な生き物はカメレオンのような姿をした大型モンスターだ。

 名を≪ムシュムシュ≫といい、姿を透明にすることが出来る力を持つモンスターだ。


「ふむ……やはり、知っているか」


 ――エヴァから聞いた話から予想は立てていたが……。


 ≪ムシュムシュ≫はその能力と臆病な性格からほぼほぼ目撃例のないモンスターだ、エヴァンジェルたちが知らないのも無理はない。


 ――とはいえ、想定通りに≪ムシュムシュ≫なら……姿を消すことが出来るのは厄介な能力だが、≪ムシュムシュ≫自体は下位に近い中位モンスター……これなら。


 やれるかもしれない、そんな考えが俺の脳裏に過った。




「だが、これは予想はしていたか? ≪龍狩り≫」




 スピネルの言葉を認識するよりも早く、≪ムシュムシュ≫からの再度の攻撃が放たれた。

 驚異的なスピードで伸びる舌の一撃、俺はそれを余裕をもって弾こうとして――



「ぐっ!?」



 予想外の力に跳ね飛ばされた。


「アルマン様!?」


「アリー!?」


 悲鳴のような声が上がるも俺は答える余裕もなく壁へと叩きつけられた。


「がっ、ぐっ……これは!?」


 明らかに想定を超えた力。

 俺は改めて≪ムシュムシュ≫の姿を見ることでその理由の心当たりに気付いた。


 纏わりつくような瘴気のような微かな黒い靄。

 それは帝都で見たものと同じで……。


「≪超異個体≫!? くそっ、なんで……」


「キミがそれを知る必要はない。眠れ、≪龍狩り≫」


 こちらの驚愕など興味がないかのようにスピネルは指示を出す。

 俺は痛む身体を無視して動こうとするも……。


 ――痛みも相まって意識が……。


 元が立っているのでもやっとなほどに酷使していた状況、ブラックアウトしそうな意識を繋ぎ留めながら俺は立ち上がろうとするもその動きは緩慢に過ぎた。

 俺が倒れてしまえばアンネリーゼやエヴァンジェル、ついでにルキも危ないということがわかっているというのに体がついて来ない。


 ――……っ、間に合わない!


 その瞬間、眼の前に影が差した。




「私たちに! !」




 それは≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫を構えたエヴァンジェルだった。


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