第百二十七話:スピネル
「何者だ。ここがロルツィング家のものと知っての狼藉か」
咄嗟に反応できたのが不思議なぐらいだった。
急に現れた明らかな異物、存在に俺は咄嗟に近くにあった≪
そういえば借りていたこの≪
「へえ、まだ動けるのか……凄いな」
「何者だ、と尋ねているんだがね」
こちらの言葉が届いているはずなのに、どこか飄々した態度に俺は警戒心を引きあげる。
この辺境伯領においてロルツィング家の威光は届かない存在は居ない、それこそ幼子でもない限り、最初に教えられる上位者としての名だ。
その名を聞いて特段反応をしないとなると、それ以上の上位者しか或いは――
「アリー、彼女は恐らく……」
「久しぶりじゃないか≪龍の乙女≫。あんなような事態になって、中途半端な出会いとなったが……元気そうでなによりだ」
「なるほど、おおよそわかった」
エヴァンジェルの耳打ちに俺は突如の乱入者の正体を把握した。
まあ、どのみち仮面こそしていないものその特徴的な装束から辿り着くのは難しくなかっただろう。
「名ぐらい名乗ったらどうだ? 恥ずべきもので無いというのであれば」
「言ってくれるじゃないか……まあ、そうだね。私の名はスピネル。覚えなくてもいいよ」
銀色の髪をツインテールに束ね、紅の瞳を持った少女はそう答えた。
「≪神龍教≫の教徒……っというやつか? 実物は初めて見たな」
「こっちじゃ、マイナーだからね。でも、何れは誰もが知ることになる。そして……忘れることになるが」
「何とも意味深なことで」
意味深な言葉に眉をしかめるそうになるも顔には出ないように抑え、俺は視線でアンネリーゼたちに後ろに下がるように促した。
――どうなっている……こんなところまで賊の侵入を許すなんて。
確かに≪ジグ・ラウド≫の討伐成功という偉業に皆の注意が向いているとはいえ、部外者がやすやすとここまで来れるはずが無い……そのはずだ。
――と、そこまで思考を巡らせて俺はようやく気付いた。
「残念だけど、今は彼らも色々と忙しい。こっちに気付く余裕はないんじゃないかな?」
「お前……」
煩いほどの外の喧騒。
その騒がしさは先ほどまでと変わらないように思えるが、どうにも種類が変わっている。
偉業に酔った陽気さを感じるものから、どこか切羽詰まった雰囲気が混じった怒声に獣の唸り声、そして剣閃が振るわれる音。
「これってモンスターの……?」
「そんな早すぎる……っ」
ルキもそれに気付いたのか思わず言葉を漏らしたが、咄嗟にそれに答えたのはエヴァンジェルだった。
確かに、と内心で俺も同意した。
≪ジグ・ラウド≫という存在に怯え、一帯のモンスターが避難ないしは隠れてしまったのは既に確認済みの事柄だ。
当然、俺たちが討伐に成功すれば自然に元に戻るであろうことも想定していたが……これは明らかに早すぎる。
しかも、一匹や二匹ならばまだしも聞こえてくる声や音から察するに複数のモンスターが同時にやって来ている様子。
「まさか……本当に……? エヴァたちの話にもあったが……」
ただの偶然であると考えるには出来過ぎで、まだ人為的なものであると考える方が自然だ。
俄かには信じがたいが、この状況を考えるにある結論に達するしかない。
「お前らはモンスターを操ることが出来るのか?」
それがこの世界の常識というものを根底から覆すものであったとしても。
「さて、どうだろう。どう思う? ≪龍狩り≫」
「否定しない時点で答えを言っているようなものだと思うがな……」
俺にとって≪神龍教≫という存在はただの犯罪テロ組織でしかなかった。
だが、その認識が明確に変わり、不気味で途轍もなく危険な存在へと改めた瞬間であった。
「くそっ、そんなのチートじゃないか……」
いくらなんでもそれはないだろうと俺の口から悪態が漏れた。
それで何が変わるわけでも無いとはわかってはいても言わずにはいられなかったのだ。
「チート、か。それを貴様に言われる筋合いはないぞ、≪龍狩り≫」
「何を……?」
「よくも……やってくれた。≪ドグラ・マゴラ≫の時はいざ知らず、≪ジグ・ラウド≫との戦いは……どんな反応をするかわからないんだぞ!?」
俺からすればただ思わず言ってしまった言葉だが、どうにも少女――スピネルには癇に障ったらしく、彼女は苛立ち交じりに語気を荒くしていた。
「血族を見過ごしていた私たちのミスもあるが……」
「えっ、あっ、わ……私!?」
「これではまた――やり直しだ」
「…………」
正直、俺にはスピネルの言っていることが全く理解が出来なかった。
そもそも相手側がこちらに説明する気がまるでないのだから仕方ないことかもしれないが……それでもわかったことはある。
――コイツ……チートという単語を違和感なく理解したな。
同じ発音だけど別の単語……という感じでもない、俺たちの間では共有された意味合いで疎通が出来たように感じたのだ。
ここから類推される可能性について、ルキのことを知らなければ思い至らなかっただろうが……。
――そもそもルキのことを血族がどうのこうの……つまりはルキ自身より、ルキの一族、先祖に関して焦点を絞ったニュアンスの発言をしていたとエヴァも言っていた。ここから察するに……。
「まあ、いい。ここで有害因子を纏めて排除できるんだ。今回は――運が悪かったということで……」
そう言って何かをしようとしたスピネルの機先を制するように俺は慌てて尋ねた。
「待て……一つだけ教えろ。お前らは――転生者なのか?」
その問いにしてスピネルは、
「――は?」
まるで意味が解らないという困惑の表情を返したのだった。
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