第百二十六話:襲来
――≪黒蛇克服≫、解除。
戦いを終えことを確認し、スキルを解除すると同時にドッとした疲れが押し寄せてきた。
≪黒蛇克服≫の反動だ。
これが無ければ有用なスキルであるというのに……いや、得られる効果を考えるとメリットの方が多いか、と俺は思い直す。
「……っ、と」
「大丈夫かい、アリー?」
「ああ、すまない。エヴァ……」
足元をふらつかせた俺を支えたのは何時の間にかやって来ていたエヴァンジェルだ。
気づけば多くの狩人たちが歓声を上げながら降りて来ていた。
彼らの目は規格外といってもいいほどに勇壮な≪ジグ・ラウド≫の骸だ。
生態系の頂点。
この世界の置ける強者の一角。
その無惨な有様に、狩人たちは勝利の勝鬨を上げていた。
「勝ったんだね」
「まあ、何と……かな」
「見ている限りだと余裕をもっての勝利に見えるけど?」
「そうでもないさ。一手を誤ればそれで破綻するようなか細い可能性を辿っての……その結果だ。何かのボタンの掛け違いがあれば、立場は逆だっただろう」
「だとしても勝ったのはキミだ。アリー」
「俺たち……さ」
「いいや、キミだよ。――僕のアリー。僕の≪
「……そうかな? なら、少しだけ自信を持つことにするとしよう。エヴァの≪
何となく無言の間がひらいた。
エヴァンジェルの吸い込まれそうな金色の瞳から目を逸らせない、そして――
「うぉおおおおおっ! 見てくれましたか!? 私の発明品が≪ジグ・ラウド≫を倒すために重要な活躍を――あっ、すいません。その……続けて頂いて……私は足元を這う虫だと思ってくれれば……」
「お前は結局のところ精神が強いのか弱いのかわからないなぁ……」
妙に照れ臭くなりそうな雰囲気はルキによってぶち壊された。
興奮気味に俺用に用意された天幕の中に突撃した彼女は何かを察したのか、へっぴり腰で離脱しようとしていたが……まあ、今更である。
「で、外の様子はどうだ?」
「ああ、凄い活気ですよ! 何せ伝承の中にしか存在しない≪龍種≫討伐ですからね。みんな≪ジグ・ラウド≫の遺骸を見に行っています」
「まあ、そうなるだろうな。ルキも夢中になって見に行くかと思っていたが……」
「興味があるか無いかで言われたら、勿論あります! でも、まあ、ここで変に焦るよりもアルマン様に擦り寄ってた方が詳細にわかるかなーって」
「……逞しいというか、色々と図太というか。まあ、≪ジグ・ラウド≫の素材に関しては≪グレイシア≫で大部分を引き取る手筈にはなっているが」
強かであると褒め称えるべきなのだろう、ここは。
不意に足元がふらついた。
「アルマン様!?」
「大丈夫だ、まだ……」
「アリー、こっちに」
エヴァンジェルの手に引かれるようにして俺は用意されていたベッドに腰を下ろした。
奥まった場所に用意されていたためか、外の割れんばかりの歓声がどこか遠くに聞こえる。
「ふぅ」
「アルマン、ほらお水。それから脱がせるからね」
アンネリーゼが天幕の中に入ってきた。
盆の上に良く冷やされた水と薬草で出来た粥があった。
味は良くないが滋養強壮にはよく効くアンネリーゼ特製の料理だ。
「ああ、頼む」
自覚してはいなかったがよほど身体は水を欲していたのか、ただの水とは思えないほどおいしく、薬草粥も独特の苦みがあるにも関わずあっと言う間に平らげてしまった。
「よいしょっと」
手慣れた手つきで俺が身に纏っていた防具をアンネリーゼはテキパキと外していく。
自分で外すならばいざ知らず、他人の防具を外すのはだいぶコツが居るのだが……アンネリーゼは手慣れたものだ。
そういえば駆け出しの頃は疲労困憊で防具を付けたまま帰って、ベッドに倒れ込んで糸が切れたように寝入るなんてこともよくあったなっと思い出す。
それを黙って何とかしてくれたのがアンネリーゼだった。
流石に一端の狩人になれてからはそんなことは無くなったが……子供の頃に返ったようで流石に恥ずかしい。
「だ、大丈夫なんですかアルマン様!?」
≪黒蛇克服≫の反動について、初めて見るルキは慌てて声をかけてきた。
実際、傍目では体調が悪そうに見えて心配にもなるだろう。
「大丈夫だ、問題はない。何時ものことだ」
とはいえ、エヴァンジェルにしてもアンネリーゼも慣れた様子であった。
「強力な分、反動が……な」
「正直、身体に悪そうだから私としてはあまり使って欲しくはないんだけど」
「寝てれば治る。エヴァ、それから今後のことだけど――」
「わかっている。あらかじめ決めていた通りに進めればいいんだろう?」
「助かる」
予想がついていたことではあった。
特に制約もなく驚異的な力を手に入れられる≪黒蛇克服≫のスキル。
それを活かすために何度となく実験を行ったが、目立った結果は得られず彼女たちの世話になる羽目になった苦い思い出を想起した。
「全く、コレさえなければ本当に使える力なんだが……。いや、まあ、これぐらいのデメリットが無いとそれはそれで強すぎる、か」
微かにため息とともに俺はそう零した。
わからなくはないが、世の中というのは世知辛いな……と素直に思った。
本来であれば溶獄龍討伐という偉業を為したのだ、その立役者の俺の周りは人で埋め尽くされていても不自然じゃない。
だが、こうして外れにある天幕で落ち着いてエヴァンジェルたちと話せているのは、あらかじめ反動について言っておいたためであった。
≪黒蛇克服≫のスキルの反動による弊害で、身体は怠く、意識は今にも眠りそうだ。
それでも意識を繋ぎ留めつつ、俺はその後の指示についてを口にした。
「とりあえず、≪ジグ・ラウド≫の討伐に関しては上手くいった。あとは当初の予定通りに……ああ、くそっ。この反動も少しは身体が慣れるなり何なりしてくれると助かるんだが……」
「――それは難しいね。スキルによるデメリットというのは慣れとかそういう領域のもではなく、絶対的なものだからね」
つい、零れ落ちた愚痴のような言葉。
それに応えるのは全く聞き覚えの無い少女の声だった。
「っ!?」
「初めまして……アルマン・ロルツィング辺境伯。いや――」
気づけばそこにその人影は居た。
見知った者しか居ないはずの天幕の内に白い装束を纏った少女が当然のように何時の間にか……。
「――≪龍狩り≫の名を持つ、
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