第百二十四話:狩場にて、ここを龍の墓場に
――「これって役に立つんですか?」
――「問題ない。その仕様で十分だ」
――「でも、時限装置も遠隔装置もないんじゃ……いや、流石にそこまでは急に作れと言われても困りますけど」
――「だろう? だから、それでいいんだよ」
◆
それは嵐のようだった。
轟音と共に俺の合図と同時に放たれた一斉掃射、それらは全て≪ジグ・ラウド≫の巨体へと着弾した。
そもそもが巨体過ぎて大まかに撃っても当たるのは当然だ。
だが、そこは城塞兵器を操るのも≪弓≫や≪ボウガン≫を操る狩人も、この≪ニフル≫の熟練した狩人たちだ。
ただ、当てるだけで終わらせるほど甘くはない。
≪大砲≫の≪砲弾≫の破壊力を活かして狙いを集中し≪ジグ・ラウド≫の外殻を破壊、そこに≪弓≫や≪ボウガン≫を操る狩人の精密な射撃が突き刺さった。
ただの狩人の≪矢≫による攻撃では堅牢な外殻が邪魔で満足なダメージなど与えられないが、流石の≪ジグ・ラウド≫といえど外殻の下ならば十分なダメージを受けてしまう。
そして、何よりも≪ジグ・ラウド≫にダメージを与えたのは≪大型バリスタ≫の一撃であっただろう。
本来では巨大な矢を発射する兵器であるが、今回の一斉掃射で放たれた矢は特別性だ。
「たっぷりと喰らえ。≪ニフル≫生まれの天才発明家の最初の≪龍殺し≫だ」
それは矢ではなかった。
長く太く冷たい金属の槍とでも言うべきものだった。
本来であれば≪大型バリスタ≫で飛ばすようなものではないのだが、急遽飛ばせるように作った特別性だ。
それ故に量が存在せず、最初の一斉射分しか用意が出来なかった。
「それでも……効くだろう?」
その槍はルキの合金技術で出来ており、硬さだけなら随一と言ってもいい。
硬い外殻を貫き、まるでハリネズミのように突き刺さっている≪ジグ・ラウド≫の様子見ればそれは一目瞭然だった。
≪ジグ・ラウド≫の絶叫が迸る。
如何な≪龍種≫といえでもこれだけ並べられた城塞兵器による一斉掃射のダメージは大きいものだったのだろう、その声に明らかな苦痛の色が混ざっていた。
「用意するのは難しくはなかった。他のモンスターが周囲をうろついている状態なら、ここまで一カ所に集めることは出来なかっただろうが……」
≪ジグ・ラウド≫の威圧に大型モンスターたちが逃げ出すか、大人しくなったのが功を奏した。
確かに≪ニフル≫は防衛能力の面において≪グレイシア≫程ではないが、それでも辺境伯領における都市として都市防衛のための大型の兵器ぐらい持っている。
俺たちはそれを使うことにした。
作戦の内容は実にシンプル。
囮が敵を誘き寄せ、この狩場に誘引し、集めた大型兵器と遠距離攻撃が可能な狩人を集め、一斉に攻撃を浴びせることで大ダメージを与える。
策と言えるほどのものでもない、狩りの基本に沿ったものだ。
――見事にハマったな。
≪龍種≫の
特にその中でも≪ジグ・ラウド≫は更に高い部類であり、正攻法でダメージを与えつつ倒すとなるとどうしても時間がかかってしまう。
だからこその大型兵器だ。
流石に≪ジグ・ラウド≫ほどの巨大モンスター相手だと、大型モンスター相手にも十分な火力を持つ大型兵器でも些か火力不足だが、そこは数を揃えることで補うことにした。
特に十八門の≪大砲≫から放たれた砲弾の威力は凄まじかった。
それは正しく鉄の嵐の如く。
並の大型モンスターならば全て受けてしまえば絶命は必須、それを受けてもその巨体のいたる場所から煙を上げ大きよろめくだけで済ませた≪ジグ・ラウド≫が凄まじい。
だが、大ダメージは確実だった。
硬い外殻に守られていた身体から赤黒い血が地面へと流れ落ちている。
砲弾で吹き飛ばされた箇所のダメージも酷いが、それ以上に出血を強いているのは突き刺さったままのルキ特製の槍の如き矢の方だ。
何せ全て合金製の槍に近い物体が深々と刺さったままなのだ、動くために身体を捩る度に突き刺さったままのそれが傷口を広げ、更なる出血を≪ジグ・ラウド≫に強いる。
どうにかするためには抜くしかないが、残念ながら≪ジグ・ラウド≫には前脚はあっても手はないのだ。
だから≪ジグ・ラウド≫にはどうすることも出来ない。
槍の分は最初の一斉者で使い切ってしまったため、通常の≪バリスタ≫の弾に変え、≪大砲≫と共に浴びせられる攻撃に≪ジグ・ラウド≫は苦しみ、藻掻き、赤黒い血を大地へと振りまいた。
「よし、勝てるぞ!」
「撃ち尽くす勢いで叩き込めー!」
遠くの方で狩人たちの歓声が上がっている。
俺はそれを耳にしながらもただじっと≪ジグ・ラウド≫を見据えた。
不意に一際巨大な咆哮が轟いた。
天と地の全てが震えるような大咆哮に一瞬だけ勢いづいた狩人たちの手が止まった。
その間に≪ジグ・ラウド≫は体勢を立て直すように起き上がり、怒りを帯びた瞳をこちらに向け――
紅く燃え上がった。
「来たか、≪獄炎
どよめきが後方で起こった。
いきなり、≪ジグ・ラウド≫の身体から流れ出た血が赫赫と燃え上がったのだ。
俺は勿論この状態のことを知っていた。
≪獄炎
≪ジグ・ラウド≫の血液は特殊で熱量を内包することが出来る性質があるらしく、それを利用して大ダメージを負って血まみれになると出血した血を利用して炎を纏うことが出来るのだ。
この状態になると攻撃パターンが変わり、攻撃の火力も上昇、更には火に関する耐性スキルを持っていないと近くに留まるだけで、その膨大な熱量にダメージを受けてしまう等々。
正しく、ゲームにおいては≪ジグ・ラウド≫戦の本番といってもいい形態だ。
地獄のように赫い炎を纏い、咆哮する姿はなるほど――溶獄龍という異称に相応しい。
獄炎を纏いし龍は己を傷つけた敵対者を見据え、報復を行うために動き始めようとし、
――「ああ、なるほど、そういうことだったんだ」
俺は聞こえるはずも無い、だが確実にこの光景を見ているであろう少女の声を想像した。
ドンっと何かが破裂するような音と衝撃と共に、≪ジグ・ラウド≫の声がこの十九鉱区予定地に響き渡った。
それは威嚇のためでも、自らの存在を誇示するためのもでもない。
ただの絶叫だった。
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