第百二十三話:≪龍≫とて≪獣≫
「アリーは大丈夫だろうか」
「この様子だと順調には進んでいるようね」
エヴァンジェルの言葉にレメディオスは返した。
遠くの方で鳴り響いていた地響きが徐々にこちらに近づいていることは明白だ。
それ即ち、順調に事が進んでいるということ。
「心配なのはわかるけどね。ただ、作戦のためにはここに誘き寄せる必要があるし、それには囮役が必須。≪ジグ・ラウド≫相手にそれが出来るのは……まあ、アルマン様しかいないからね」
「レメディオスでもダメなのかい?」
「戦闘のサポートならともかく、ね。スキルを発動させたアルマン様の方が早いから、囮として誘導するとなると足手まといにしかならないわ。下手に数を増やしても、敵意を分散させるだけ邪魔よ。それに流石の私と言えども、≪龍種≫相手に追いかけっこじゃ冷静に動けるかどうか……」
レメディオスは知っている。
実際に相対したからこそわかる、モンスターの別格の種としての存在感。
≪金級≫として積み重ねてきた経験と自負をもってしても、簡単に出来るとは口にすることは出来ないものがあった。
「情けないわ、またアルマン様に任せることになって……」
「そんなことはないわ。レメディオス様を頼っているからこそ、アルマン様はこちらを任せられたのでしょう」
「アンネリーゼ様……」
ほんの少し、らしくもない皮肉気な笑みを浮かべたレメディオスに答えたのはアンネリーゼだ。
彼女はいつも通りの服装でエヴァンジェルの側に控えるように佇んでいた。
本来であれば非戦闘員であり、どちらもそれなりに立場のある人物で出来れば安全な場所に居るのが正しい二人だが、彼女たちはこの場にやって来ていた。
作戦が失敗すれば一帯に安全な場所など無くなるし、更には厄介な連中が蠢いているとなると安全なのは三桁を超す狩人が居るこの場だろう、という判断のためだ。
「らしくないですね、レメディオス様。アルマン様は必ず≪ジグ・ラウド≫をここに連れてきます。そしてみんなの手で手筈通りに――龍を討ちましょう」
「……ほほほ、その通りですわね! ちょっとばかり、真正面からやりあって敵の強大さに気後れしましたが――ええっ、そうですね」
レメディオスは狩人らしい好戦的な笑みを浮かべた。
「力で劣るなら知恵を絞り、策を練り、罠を仕掛ける。それが狩人のやり方というものです」
◆
「スピネル……どうする気だ?」
「どうにもできない。わかっているだろう?」
「それは……そうだが」
見晴らしのいい丘の上で、二人の人影は言葉を交わしていた。
お尋ね者である彼らにとっては些か目立つ場所だが今の状況を考えれば見咎められる余裕はないだろう。
大部分は避難のために街から離れ、それ以外の残った者たちの注目はあちらに向かっている。
だからこそ、スピネルと言われた少女は仮面を外し、その整った……だが、何処か無機質な美貌を晒し見下ろしていた。
「ここからならよく見えるな、ルドウィーク」
「ああ」
スピネルの言葉の通り、その場所からは全体の動きを見ることが出来た。
その巨体さ故に≪ジグ・ラウド≫の居場所は把握しやすく、彼の龍は明らかに狩場へと誘導されていることが克明に見て取れた。
「確か新設する鉱区――第十九区のために整備された場所だったか……広いな」
スピネルの言葉通り、そこは明らかに人の手が入った場所だった。
将来的な稼働に向けて岩を取り除き、施設や建物、坑道整備のための資材を集めていたらしい。
かなり大規模なものを作る予定だったのか、山々の中にポツリと整備されたそこは遠目からは巨大なすり鉢のような形をしている。
「狩場にはおあつらえ向きというわけだ」
ルドウィークがふんと鼻を鳴らした。
切り立った壁に急遽用意され、並べられたものを見れば何をしようとしているかなど誰にでもわかる。
実際にやっている彼らにとっては真剣なのだろうが……。
「こうして上から見ると些か滑稽に見える」
「狩場へと誘い出し、そして狩る。……言ってしまえばそれだけだ。モンスターの狩り方の基本的な戦術だ。珍しいことじゃない。それを≪龍種≫相手にやっているというだけで」
「いいのか、このままでは……」
「……介入は難しい。そもそも≪龍種≫との戦いに我々は干渉を許されていない」
「だが、≪龍狩り≫が使っている武具には問題があるぞ。あれは明らかに――」
「わかっている。忌々しき生き残りによるものだ。それは間違いない。だが、干渉のしようがない。……私たちも少なくなってきたんだ。あまり頭数が減りかねない無茶は出来ない」
スピネルの言葉にルドウィークは押し黙った。
「動くとしたら……やつらが溶獄龍を討った後だ。その時なら」
「むう、致し方ないか。……だが、本当に大丈夫なのか? 今回は災疫龍の時とは明らかに違う。このままを溶獄龍を討ったらどんな影響が起こるか……」
「そのために私たちは動くんだ。全く、忌々しい……不穏分子、いや有害因子どもめ」
◆
走る、走る、走る。
単に逃げるだけならともかく、誘導しつつ……となるとただそれだけの行為もかなり神経を使う。
如何にアイテムまで使って怒らせている状態とはいえ、それは絶対を保障するものではない。
≪ジグ・ラウド≫が俺を追うのをやめてしまったら、それだけで作戦は破綻してしまう。
なので、追いつかれそうで追いつかれない。
そんな距離を維持しつつ、俺は走り続けなければならないのだ。
苛立ち交じりの視線が背中に突き刺さり、
すぐ背後に迫る地響きに恐怖を感じながら、
更には攻撃技の一種で岩石やら火炎弾などが飛んで来る中、
それでも――
「……っ、見えた!」
俺はやり切った。
未聖地のゴロゴロと岩が転がる足場の悪い、道なき道を駆け抜け――不意に視界が開けた。
そこにあったのは広場だ。
後には色々と施設や建物が立つ予定で邪魔になる大岩などを除去した程度の簡素な――だが、だだっ広い空間。
そして、その周りを取り囲むように高い壁。
それに急ごしらえに設置されたモノの照準は全てこちらを……正確に言えば第十九区予定地の内側へと向けられていた。
全力で俺は走り抜ける。
ここに辿り着いた時点で鬼ごっこは終了だ。
一拍遅れて俺を追ってきた≪ジグ・ラウド≫も第十九区予定地へと踏み込んだ。
入った瞬間に気付いたのだろう、ここにいる無数の人の気配に。
興奮状態であるとは言っても気づかないほどに愚鈍ではないのか、一瞬≪ジグ・ラウド≫は周りを確認するかのように辺りを見渡そうとした。
だが、そもそも、俺を追うために勢いよく進撃していた≪ジグ・ラウド≫だ。
周囲の状況に何か感じるものがあったとはいえ、その大質量が祟ったのか急に止まることも出来ず、≪ジグ・ラウド≫は第十九区予定地の中心へと辿り着いてしまった。
それを確認する同時に俺は躊躇いなく狼煙上げ――
それと同時にぐるりと包囲するように用意された≪大型バリスタ≫二十四基、≪大砲≫十八門、更に≪弓≫と≪ボウガン≫得意とする狩人たちの――一斉掃射が行われた。
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