第百二十二話:追うものと追われるもの。狩るものと狩られるもの




 咆哮は天を震わせ、

 巨躯の歩みはそれだけで大地を鳴動させる。




 巨大であるというのは、それだけで強い。

 俺はそんなシンプルな真実をまざまざと見せつけられている。


「――≪破裂弾≫」


 ただ進む。

 獲物を見据え真っ直ぐに、間に存在する障害物など意にも介せず、地鳴りと共に迫る≪ジグ・ラウド≫に対して、俺は器用に左手に持った≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を射撃モードへと切り替え、弾を発射した。

 数発の銃弾が迫りくる≪ジグ・ラウド≫の頭部へと命中するがまるで効いた様子は無い。


「流石に大き過ぎるか……。一般的な大型モンスターの大きさを遥かに超えているからな……」


 大型モンスター相手に一定の威力を誇っていた≪破裂弾≫とて、流石に相手のスケール自体が違い過ぎれば効果は発揮しづらい。

 更に言えば≪ジグ・ラウド≫は硬い外皮を鉱石を溶かし塗り固めるように纏っているのだ、≪破裂弾≫の特性から考えても厳しいものがある。


「まあ、わかりきっていたことだ。それに本命はそっちでは無いしね」


 先ほどからあまり効いていないとわかっていながらも銃弾による攻撃を浴びせているのはもちろん理由がある。

 端的に言ってしまえば敵意ヘイトを稼いでいるのだ。


「あの巨体だからどれぐらいの量が必要なのかわからなかったから、ありったけの≪イカリ草≫をかき集めて投下したけど……甲斐はあったな」


 ≪イカリ草≫。

 すりつぶし加工することでモンスターを興奮させやすくする作用を発揮する粉末を作れる素材だ。


 今回はそれ利用した。


 まず、≪ジグ・ラウド≫と戦うにあたって場所を誘導する必要があった。

 ここ≪バビルア鉱山≫は辺境伯領としても重要な場所、そして近くにも≪ニフル≫がある。


 引き離す必要があった。

 とはいえ、≪ジグ・ラウド≫という存在は強大で攻撃して追い立てる……というのは難しい。

 それで暴れられたら元も子もない。


 それ故に囮による誘導だ。

 ≪イカリ草≫を浴びせ興奮状態にし、己を追わせて自らが望む場所に誘引する。



 それは獣狩りの基礎的な手順。



「ここまでの大物は初めてだけどね。≪ドグラ・マゴラ≫の時はほとんどギャンブルの一発勝負だった……」


 俺は少し過去を懐かしみながらも、適当なタイミングで乱射。

 的が巨大であるためにまだ慣れていないのにもかかわらず、放たれた全弾が命中する。

 ≪ジグ・ラウド≫の巨躯の身体からすればあまりにも小さい衝撃。


 だが、興奮状態にある≪ジグ・ラウド≫は苛立たし気に声をあげ、こちらに向けて迫ってくる。

 俺しか目に入っていないかのように一直線に。


「よし、問題なく作用している」


 どれほど≪龍種≫が強力であったとしてもモンスター……つまりは生物であるという括りの中にいる。

 それ故に状態異常が効かないというこということはないのだ。

 耐性値こそ高いものの、基本的には≪毒≫や≪麻痺≫なども効くし、それに≪イカリ草≫による興奮状態はどんなモンスターにも一定に効果する設定だった。


 ――だからこそ、恐らくは大丈夫とは思っていたが十分だな。


 迫り来る速度は思いの外に速い。

 巨体であるが故か、一歩が大きいというのもあるのだろう。

 あとは単純に見かけ以上の運動能力を持っているのだ。

 小回りこそ効かないものの、その直線での速度は想定以上のものがあり、≪ジグ・ラウド≫の突進チャージ攻撃への対処には慣れが必要だ。


 ――ゲームならともかく、この巨体の突進を食らって踏み潰された日にはそれだけで死ぬな。


 ダウン中の無敵時間が恋しく感じる。

 俺は牽制と敵意ヘイト稼ぎのための射撃を行いながら、距離を維持しつつ疾走する。

 通常の狩人ならまず追いつかれてしまうのだろうが、そこはこちらも≪災疫災禍≫の≪黒蛇克服≫を発動させている。


 本来であれば、ただでさえ重力級の武具である≪龍槍砲≫である≪巨人殺しティアマト≫に加えて、更に長柄の武具である≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫も持っているのだ、軽快に走ることなどまず不可能であっただろうがスキルの恩恵はそれを可能とする。

 増大した運動能力を活かし、俺は駆け抜けるように走る。


「これならいける……か」


 両肩の部分をルキに手直しして貰い、≪巨人殺しティアマト≫をマウントしやすくするようにしていて助かった。

 アームのようなものを追加して繋げてくれたお陰で≪黒蛇克服≫の強化と支えによって、何とか片手でも取り回しが効くのだ。

 そして、それによって空いた左手で≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を扱うこともできるようになった。


「やっぱ遠距離攻撃できるのっていいなぁ……。≪ボウガン≫や≪弓≫だと矢がどうしても……」


 ≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫も一応長柄の武具なので基本は両手持ちで使うのだが、強化された腕力と肩のアームの補助もあって俺は器用に射撃しつつ、弾が無くなったことに気付くと、腰につけていた予備の弾倉と交換した。

 矢とは違って一番の長所は予備の弾を多く持てるところだろう。


「安全に距離を保ちながら削れるのはやはり凄い、≪破裂弾≫で一定以上のダメージが期待できるなら銃でも作らせるべきか……。単純な戦闘だけなら≪弓≫や≪ボウガン≫よりも……ただ狩猟となると火薬を使う必然性から匂いがな」


 俺は「予備が無いから大事に使ってくださいね!」と言われて渡された弾薬を、遠慮なく使い切る勢いで撃ちながらぼそりと呟く。

 一通り使い勝手を確かめて評価してしまうのはこれまでの経験からのもはや癖に近かかった。


「おっと……」


 一向に距離を詰められない事に対して≪ジグ・ラウド≫が大きく右前脚を振りあり上げる動作を行った。


 そして、勢いをつけて地面に叩きつける。

 一際に大きな地響きが鳴ると同時に大地に地割れが起き、凄まじい速度で俺の方向に向かってきて――




 足元の地面が突如として爆発した。




 ≪アース・ブレイク≫という≪ジグ・ラウド≫の技の一つだ。

 衝撃波を地面に叩き込み、遠隔で伝わった先で爆発させるというもの。

 食らうと上空に吹き飛ばされてそのまま地面に叩きつけられ、大ダメージとダウン状態になってしまう。


「っと、危ない、危ない……」


 初見では察知が難しい攻撃ではあるが、俺は慌てずに回避を行う。

 一見無秩序に周囲の地面が突如として爆発しているように見えて、爆発する地面はその直前に発光を伴う。

 これは≪バビルア鉱山≫の土壌に混じっているある鉱石の特性だ。

 その鉱石は振動を蓄積する性質を持つが、その蓄積が臨界に達すると発光現象を起こす……という設定だ。

 それを利用して地面を注視すれば、≪アース・ブレイク≫の発生地点を見抜くことは難しくはない。


 ひょいひょいと爆発するであろう箇所を避けるも、どうしても先程よりも無駄な動きが増え、逃げ足が鈍ってしまうのは否めない。

 それを狙うように≪ジグ・ラウド≫は大きく息を吸い込むような動作を行った。


「ちっ、ブレスか……っ!」


 ≪ゼノン・ブラスト≫――≪ジグ・ラウド≫の中において攻撃力の高さから即死技に近い大技。

 ≪黒蛇克服≫によって防御力自体も強化されているとはいえ、流石に直撃を受けても無事でいられるかは厳しいところだ。

 当然、回避を選びたい所ではあるが……。


 ――この方角はちょっとマズいか。いや、どのみちまともに撃たせては周囲の被害が酷いことになり過ぎる……。


 ≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫にワイヤーを絡めると同時に投擲し、岩盤に深々とその刃を突き刺した。

 それと同時に俺は≪アース・ブレイク≫による爆破地点に敢えて身を晒し、




 天高く吹き飛ばされて舞い上がった。




 そして、上空に飛ばされて隙を晒した俺に対して≪ジグ・ラウド≫は照準を向け、



「――のォっ!!」



 放たれた劫火の熱線。

 俺はワイヤーを一気に手繰り寄せるに引っ張ると同時に、右腕で≪巨人殺しティアマト≫を起動し、空中に向けて発射した。

 本来であれば≪龍槍砲≫の発射時には廃熱と同時に発射時の勢いで吹き飛ばされないよう、反対側から爆風を起こすのだがそれを敢えて切ることで推進力に変えた。


 ――ゲームでは機動力の無い≪龍槍砲≫の貴重な移動法だった……。まあ、ただでさえ貴重な弾を無駄撃ちになるし、火薬にも限りがあるしで、こっちの世界では使えた技術じゃないけど……ものは使いようっと。


 かなり厳しいタイミングではあったが、≪ゼノン・ブラスト≫を上空に向け、なおかつ回避することに成功した俺は流れる冷や汗に気付かない振りをし、意識して不敵な笑みをヘルムの下で浮かべた。




「さて……鬼ごっこの再開だ。終点まで付き合って貰うぞ」



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