第三幕:Breaking World

第百二十一話:≪龍≫と≪龍狩り≫



 地の奥深き場所では身じろいだ。



 地底の主にして、動く巨山、炎獄の覇王。

 溶獄龍≪ジグ・ラウド≫。


 狂乱と闘争を司る龍。

 彼の者は自らの身体の具合を確かめるように僅かに動き、そしてゆっくりとその身を起こした。


 上から押し潰すように降り注ぎ、その巨体の上に覆いかぶさっていた大量の土砂や瓦礫。

 如何な凶悪な大型モンスターであっても圧死は免れないような重量も、まるで意に介したこともなく≪ジグ・ラウド≫は起き上がった。


 自身の損傷が問題なく修復できたことを確認できたからだ。

 ≪ジグ・ラウド≫としての能力によって、修復に集中したというのに二日の時間もかかってしまったのは想定外の結果だった。


 三名の人間種。

 その中でもの色を濃く身に纏った存在からの一撃が強力であったのは確かだ。

 顎先という弱点部位に、≪ジグ・ラウド≫の弱点である属性の攻撃を、それも頑強な外皮の防御を貫いて叩き込まれたのだ。


 それは≪ジグ・ラウド≫としても無視できない攻撃ではあった。


 だが、それだけではあくまでも――強力な一撃、の域を逸脱しない攻撃でしかなく、修復のために活動を一時中断するほどのダメージは負わなかっただろう。

 元より≪ジグ・ラウド≫は≪龍種≫の中でも随一の巨体を誇るためか、そのタフさ……生命力HPとて高い。


 普通ならば問題なくそのまま襲い掛かれたのだろうが……問題はそれが放たれたタイミングだった。


 ちょうど上向きにブレスを放つ直前、そこに掬い上げるように放たれた強力な一撃に口を無理矢理に閉じらされてしまった結果、その有り余る力を自らの内部で爆発させてしまったのだ。

 これには流石の≪ジグ・ラウド≫とて堪らない。


 動く要塞と称しても不足はない強靭な身体も、内部から……しかも、圧倒的な攻撃力を誇る≪ゼノン・ブラスト≫という強力なブレスの暴発は甚大な被害を≪ジグ・ラウド≫に与えるに至ったのだ。


 これは完全に想定外の結果であった。

 戦うことも出来そうにない逃げる雌の若い人間種など放っておき、二体の雄の成体した人間種に攻撃を向ければ、このようなことも起きなかっただろうが……。


 まあ、いい。

 修復が無事に済んだ以上、それらは既に終わったことでしかない。


 そして、何より≪ジグ・ラウド≫に感情など、知性など存在しない。

 あるのはモンスターとしての本能のみ。


 ただ、それのみに従い行動する。

 起動する。

 動き出す。


 囚われていたものは既に無く。

 ≪ジグ・ラウド≫は地下の世界から解き放たれるために上を見上げた。



 ≪ゼノン・ブラスト≫によって貫いた地上への道。

 一直線にして、最短の経路。



 天中からは陽の光が差し込み、≪ジグ・ラウド≫はその光に導かれるように登り始めた。

 地上への進撃を開始した。


 狭苦しい地下では十分に己の力を発揮出来ない。

 災厄を振りまくことが出来ない。

 故に極めて合理的な本能によって≪ジグ・ラウド≫は巨大な地響きを立てながら、その巨体で以って登り始め――




 コツンっとその巨体に何かが当たった。




 それは≪ジグ・ラウド≫の身体の大きさと比すれば、小石のような小さなもの。

 彼の者に何らダメージを負わせることもなく、弾かれ……た、かと思いきや――



 突如として爆発。



 ≪ジグ・ラウド≫は僅かに身動ぎ……そして、それだけだ。

 頑丈な外殻に覆われた巨躯の身体は、あの程度の爆発など意にも介さない。

 無視するように侵攻を続けるが、そんな≪ジグ・ラウド≫に向けてさらに何かが落ちてくる。


 木で出来た何かは穴の斜面を転がるように移動し、≪ジグ・ラウド≫の身体に当たったかと思うと爆発した。


 匂いで分かる。

 爆発する鉱石の匂い……恐らくはそれを詰め、そして上から落としているのだ

 かなりの量の鉱石が使われているのだろう、その爆発の威力は中々のものだ。


 大型モンスターでも大量にぶつけられれば辛いだろう。


 だが、≪ジグ・ラウド≫には意味がない。

 硬い外殻は熱には特に強く、障害にすらなっていないのだ。



 ≪ジグ・ラウド≫は咆哮した。



 だが、ダメージが与えられないとは言っても何の意味もないかと呼ばれればそうでもない。

 考えて欲しい、ダメージにはならないとはいえ、攻撃されるという行為に対し苛立つのは普通だ。

 それはモンスターでも変わらない、故に≪ジグ・ラウド≫はこれをおこなってきたであろう存在に対し、敵意ヘイトをためた。



 登る登る登る。

 登る登る。


 意味をなさない攻撃が降り注ぐ、≪ジグ・ラウド≫はまるで意に介さずに進撃を続ける。


 転げるように落ちてきた樽に詰められた爆弾。

 その爆弾の一部の中身が変わっていることにも気づかずに――




 ただ登り上がり。






 そして――見つけた。






「……こうして改めて相対すると凄い迫力だな。目覚めのもてなしはどうだった? いい目覚めになっただろう? ちょっとしたサービスだから気にしないでくれ」


 そこには雄の成人の人間種がいた。

 前に来た中の一人。



 あの時のように同種である骸から作られた鎧を身に纏い、

 あの時のように巨大な自身の顎を穿った牙を右手に持ち、

 あの時とは違い、左手にはあの時の雌の若い人間種が持っていた刃を持ち、



 男はそこに立っていた。

 真正面から溶獄龍≪ジグ・ラウド≫と相対した。


 ≪ジグ・ラウド≫は目の前のか弱き存在を睥睨する。

 骸を纏う男は一歩も引かずにただ受け止め、視線は交錯した。




「さて…」




 男が言葉を発すると同時に大蛇が這うが如き紋様が鎧に浮かび上がり、そして妖しく輝いた。


「――狩猟を始めよう」


 ≪ジグ・ラウド≫は咆哮で以ってそれに応えた。






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