第百十九話:潜む者たち



「新しき世界……? それに全ての龍……?」



 俺はルキの言葉に……いや、正確に言えばその父親の言葉に困惑した。

 どうにも何らかの確かな意図があって≪龍殺し≫……つまりは≪龍種≫を殺すことを目指していたようだが……。


 ――どういうことだ? ≪龍種≫の存在自体は少なくともこの世界じゃ伝承とか神話扱いだ。調べた限り、軽くここ百年は目撃例も活動と思しき事件も起こしていない……。それなのに≪龍種≫を討つことを目的にしていたというのは……。


 どうにも奇妙な感じがする。

 実は遥か昔に≪龍種≫にやられて、その恨みが今まで続いてきた一族とかそんな感じなのだろうか。

 それなら少し人里から隠れるように距離を取りつつ家を建てて研究に明け暮れていたのもわからなくはないが……。


「えっ、さあ……?」


「知らないのか……。少しは気になったりしないのか、自分の家の過去とか」


「そもそもそれが普通だと思っていましたから……。狩人になって街中にも顔を出すようになって初めてちょっとウチって特殊なのかなって」


「それまではどうしてたんだ?」


「基本的に家に閉じこもってお父さんたちのお手伝いをしつつ、色々な本を読んだり、勉強をしたり……まあ、色々かな。とにかく家には本があって暇を潰そうと思ったらいくらでも潰せましたからねー。どうにも研究熱心な家系だったらしく、たくさんの研究資料がありましたから。武具の製作に関するものだけじゃないですよ? モンスターの素材や植物、鉱石などを詳しく調査した資料とか色々と……お爺ちゃんなんかは医術の研究とかをやっていましたし」


「何というか節操が無いな」


 研究者気質の家系なのだろうか、とにかく色々なことに手を出していたらしい。


 ――そういえばエヴァもルキの家の蔵書は纏まりが無いとかぼやいていたし……。


「ただ、それだけ多岐に渡る研究の資料があったのか。それが焼失したのは痛いな。高値で買い取ったのに……」


「ううっ、私もまだ全部読んでないんですよー。後回しにしていたのもあって……読んでおけばよかった。お父さんからも言われてたのに」


「何を?」


「……大人になったら教えてくれるって、うちの家系の秘密」


「秘密、ねぇ」


「大事な、大事な秘密……。でも、もしもの時があったら困るからその時のために家の中に本を隠しているから、それを探し出して読むようにって。だから私は、お父さんたちが亡くなってすぐに探して――」


「探して……?」





「――蔵の奥の方から出てきた、「複数の鉱石アイテムを混ぜ合わせる特殊合金の精製」の実験資料に飛びついて……後で良いかなぁ、って」


「おい」





「だってだって、構想段階だった≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を実用段階に完成できそうだったもん! それで嬉しくなって試行錯誤して貯蓄崩して完成させて、狩猟の効率も良くなって≪銅級≫から≪銀級≫にも上がれて……」


「すっかり忘れていた、と? ……いや、ダメだろ。もうちょっと気にしよう!? 明らかに重要なことじゃないか。生まれついた家の秘密とか、イベント的に凄く大事な所なのになんでスルー?! 個人的に凄く気になって来たのに……っ!?」


「わ、忘れては無いですよ。ただ、ちょーっと後回しにしてただけというか」


「後回しにした結果、焼失して知ることが出来なくなっちゃてるんだが……」


「だ、大丈夫……です! ほら、≪龍種≫を討つという使命については引き継いでいるわけですし」


 ルキは慌てた様子で言葉を重ねている。

 自分でもマズいかなー、という自覚ぐらいはあるらしい。



「ちゃ、ちゃんとやりますし……。災疫龍はアルマン様に取られちゃいましたし、溶獄龍にも間に合わなかったけど……逆に考えれば今回の件でアルマン様と縁も出来た。この経験を≪龍殺し≫の完成に活かしてアルマン様に使って倒して貰えば……うん、イケる!」


「自分で倒すとかじゃないのか」


「別にそこは重視してないというか……そもそも「来るべき時に間に合うように、渡せるように」――ってのがお父さんの言葉でしたから」



 それもまた奇妙な言葉であった。

 ≪龍種≫を討つための強力な武具を作るために研究を続けながらも、自らの手ではなく渡すつもりであったというのは……些か、疑問を覚えなくはない。


 だが、そんな些細な疑問もルキとのその後の会話、その内容に俺はどうでもよくなった。




「あと五体……か。うーん、それまでには納得できるものを完成させたいんですけどね。実際に対面したからわかりますけど≪龍種≫ってのは生命力というのが凄いですよね。これでもそれなりに上位モンスターをこの目で見たことはありますけど、なんというかスケールが……やはり、もっと火力を」


「……前も思ったが、≪龍種≫は六体だ。二つ引いたら、残りは四体だと思うんだが」


「……?? いいえ、六体ですよね?」


「≪六つの龍≫については知っているんだな?」


「勿論、知っていますよ。それぞれの龍の名前と異称だって知っています。災疫龍さいえきりゅう≪ドグラ・マゴラ≫、溶獄龍ようごくりゅう≪ジグ・ラウド≫、烈日龍れつじつりゅう≪シャ・ウリシュ≫、冥霧龍めいむりゅう≪イシ・ユクル≫、嵐霆龍らんていりゅう≪アン・シャバール≫、銀征龍ぎんせいりゅう≪ザー・ニュロウ≫」




 ルキの口から零れたのはいづれも正しく……そして、失われていたはずの知識だ。

 そして何よりも――



「それともう一体。「其れは全ての始まりにして、頂点。世界の理を作り出すもの。その名は――」」





「「――創世龍≪アー・ガイン≫」」




 俺とルキの言葉が重なった。


「なんだ、知ってるじゃないですか。ほら、残りは五体で間違いないでしょ?」


「……ああ、そうだな」


 深いため息を俺はついた。

 おかしい、とは思っていたのだ。


 ルキは――色々と知り過ぎている。

 ≪六つの龍≫に関して正確に名と異称まで知っているのは、それだけで異様なことであるというのを俺は知っている。


 そして、何よりも。

 ゲームでの世界観設定の部分にのみ記述が存在し、ストーリーにおいても一言も出てこない≪始まりの龍≫である≪アー・ガイン≫のことまで知っているのはもはや異常だ。


 だからこそ、あり得るとしたらそれは――


「その話……外ではしてないだろうな?」


「えっ? ええ、外ではするなとお父さんから……あっ、言っちゃった。まあ、でも領主様だし、仕方ないよね」


「なにか……何か無いか? ルキの家についてわかるような……誰にも言ってはいけない言葉があるとか、秘密の符牒があるとか」


「えーっと、そんな急に言われても……あっ、ただ、そうですね。気を付ける言葉については昔聞いたことがあります。言葉の意味は分かりませんけど……それを口にした人に対しては、良くも悪くも気を付けるようにって」


「……どんな言葉だ?」







「えっと……ぷ、? って言葉なんですけど、アルマン様は何か知っていますか? この単語の意味」






「……なるほど。とりあえず、なんだ」


「はい」


「俺の元から離れるなよ、ルキ。というか逃がすつもりはない」


「ひゃいっ?!」




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