第百十七話:狩猟の作法


「それで実際のところ、どんな状況なんだい? 僕も大雑把にしか知らないんだけど……とりあえず、今は溶獄龍はアリーの手によって大人しくしているんだろう?」


「ああ、相応のダメージを負って傷を癒すことを優先しているようだ。ただ、それも何時まで持つか……傷を治したら当然動き始めるだろう。特に怪我を負わされたばかりだからな、相応に怒り狂って暴れることも予想される」


「あの火柱を作ったモンスターが……ゾッとしない話だ」


 エヴァンジェルの言葉に俺は全くだ、と同意する。

 ≪ジグ・ラウド≫の力は凄まじい、何せただのブレスであの威力なのだ、更にその巨体で動き回るだけでありとあらゆるものを粉砕し、踏み潰し、周囲を更地と焦土に変えるだろう。


「……時間はどれほど猶予があるんだい?」


「恐らくは二日ほどだと予測している」


「根拠はあるのかな?」


「まあ、一応な。知っての通り、≪ニフル≫の周囲には活火山が存在し、元からそれらを観測するための装置とやらがあった。地下の熱量を計測するためのもので大昔にあった噴火の経験から独自に開発されたものだ。まあ、とはいえここ百年の間、滅多に変化が見られなかったから特に活躍することもなかったんだが……ここ最近は温泉街の建設予定のこともあって、将来のことも見据えて観測機の改良と増設を行っていたらしい」


「ああ、なるほど。折角作っても枯渇したんじゃ、意味が無いからね。それで?」


「その観測機が一斉に地下の熱量の低下を示した……いや、違うな。正確に言えばに熱量の一部が集中するように流れていることを示唆したんだ」


「……それってもしかして」


「場所は≪バビルア鉱山≫の地下深く。時刻はちょうど火柱が上がった後から始まっている……どう思う?」


「傷を癒すためにかき集めているということかい?」


「事実はわからない。ただ、そう考えた方が自然……という結論になってね。それを前提に動いている」


 事実はわからないとは言ったが、これはフレーバーテキストに書いてあった≪ジグ・ラウド≫の設定だ。

 ≪ジグ・ラウド≫は龍脈という地下のエネルギーに干渉して蓄えることで、それを自身の力に変えたり、傷の修復に利用できたりすることができる特性がある。

 特に傷の修復に関しては予期せぬ大きな損傷を負うと休眠状態に近いものに入り、完全に修復されるまでじっと耐えて待つ習性があるのを俺は覚えていた。

 流石にそのまま言うことも出来ないので会話の流れを誘導して、何とか着地させる必要があったが、そこは領主という立場と≪龍狩り≫の英雄と勇名が功を奏した。

 上がってきた情報から、如何にも自信をもっているように推論を装って示せば納得させることは難しくなかった。


「元から≪バビルア鉱山≫の地下には巨大な熱源があったらしいんだが、それが≪ジグ・ラウド≫そのものだったとしたら……。今は少し収まっている熱量が今の調子で上がれば、元の熱量になるまでは――」


「およそ二日……ということなんだね?」


「そういうことになる。……まあ、あっているとは限らない。それよりも早く動き出す可能性は十分にある」


 その時はその時だ。

 どのみち、今の状況ではまともに準備が出来ていない。

 そこら辺は祈るしかない。

 この世界で何に対して祈るべきは議論の余地があるが。


「一応、万が一に備えての≪ニフル≫一帯への避難命令は行った。≪グレイシア≫への疎開を指示はしたけど準備期間も無しな急なものだからな……どれだけ効果があるか」


 やらないよりかはマシだろう、という程度だ。


「本来ならエヴァや母さんもそっちに混ざって避難して貰う予定だったんだけど」


「言っておくけど拒否するよ」


「わかってる。どのみち≪神龍教≫なんてのまで出てきている以上はな」


 下手に避難民の中に混ぜて二人を狙った襲撃でも起こればそれこそ大変なことになる。

 それならまだこっちに置いていた方が面倒は少ない。



「……実際のところ、どうなんだい? 勝ち目はあるのかな、溶獄龍に対して」


「そうだな」



 心配そうに尋ねてきたエヴァンジェルに対して、俺は少しだけ返答に悩んだ。


「恐らく、勝つこと自体は出来るとは思う」


「本当かい?」


「ああ……ただ、問題は勝ち方だ」


 驚いたように目を見張るエヴァンジェル。

 だが、これは別に見栄を張って言っているわけじゃなく、それなりの根拠はある。


 確かに実際に生で対面してその力の強大さには驚いたものの、用意していた≪巨人殺しティアマト≫の氷属性の特殊な杭弾は十分なダメージを与えることは出来た。

 持ち込んだ予備の弾数には限りはあるが、≪災疫災禍≫の≪黒蛇克服≫のスキルを発動した状態でなら恐らく十分に削り切れるのではないか……というのが見立てだ。


 無論、言うほど単純なことではない。

 ≪ジグ・ラウド≫の火力は凄まじく、攻撃力の面では≪龍種≫の中で抜きんでたものがあった。

 攻撃技の一部は上位防具で身を固めていても一撃死するものも多いのがそれを物語っている。


 ただ、その攻撃力の反面、≪ジグ・ラウド≫の攻撃や行動はモンスターの中でもかなり読みやすい部類に入る。

 巨体のためか動き自体が機敏ではなく、小回りも効きづらく、攻撃自体直線的で単調なものが多いのだ。

 手馴れてくれば≪龍種≫の中では比較的狩りやすいモンスターといえる。


 俺もゲーム内で狩った数を数えれば三十は超えていた気がする。

 その経験を活かせば、真っ当にやり合って十分に勝ちの目はあると計算している。


 計算しているのだが……。


 ――それじゃあ、周囲がたぶん焼け野原になる……。


 単純に戦っても勝てる気はしている。

 だが、ここはゲームではなく現実ということを考えなくてはならない。


 例えばゲーム内なら相手のブレスが飛んできてもそれを回避すればそれで終わりだが、現実では当然それだけじゃ済むはずも無く躱されたブレスはそのまま直線状を薙ぎ払うだろう。

 他の攻撃とて同じだ。


 ゲームではどれだけモンスターが暴れてもフィールドに影響なんて出ない。

 だが、現実ではそんなことはあるわけがない。


 ≪ジグ・ラウド≫と真っ当に戦っては倒しきるまでにどうしたって時間がかかってしまう。

 その間の攻撃の余波で周囲にどれほどの被害が出るか……これが人里離れた場所ならともかく、近くには≪ニフル≫があり、そもそもの≪バビルア鉱山≫も辺境伯領にとっては重要な場所だ、現状でも被害が大きいというのにさらに被害が増加したら……最悪、機能が停止しかねない。


 その場合、辺境伯領そのものが共倒れということになる。

 それでは意味がない、狩人として勝ったとしても領主としては敗北だ。


 ――だからこそ、準備が必要となる。可能な限り被害を抑え、そして出来るだけ速やかに≪ジグ・ラウド≫を倒すことが求められる。相手が≪龍種≫であることを考えたら、馬鹿げたことを考えていると思われるかもしれないが……ゲームである、というだ。




「真っ当に戦うだけが狩人じゃないからな……」


「……アリー?」


「何でもない。さて、そろそろ泣き止めルキ、仕事を与える」


「家が焼失したんですよ!? 泣かせてくださいよ……研究用の資料とか色々あったのに」


「ああ、それで泣いてたのか……いや、大事だとは思うけど家族との思い出とかそういう感じじゃないのね」


「そういうのは別にいいんで」


「割とドライだな……。まあ、それはそれで助かるけどさ。ほら、上手く活躍できたらそれを褒美として名目もつけやすくなる。≪グレイシア≫での援助も――」


「領主様に頼まれれば勿論喜んで! ……ああっ、でも愛する思い出が詰まった我が家を無くした少女を哀れに思って、色を付けてくれるともっとやる気が出るかもしれません」


「凄いわ、この子。だいぶ図々しいわ」


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