第百十六話:不愉快な影


「……それは本当か?」


「今のこの騒ぎの中、場を混乱させるだけの冗談なんて言わないさ」


「それは……そうだな。すまない」


 思わず聞き返してしまったが、確かにエヴァンジェルもアンネリーゼもそんな趣味の悪いことを言う人間ではない。

 つまり、今言われたことが事実だということになるわけだが……。


「≪神龍教≫……か、こんな時に……」


 俺は思わず深々とため息をついた。

 ≪ジグ・ラウド≫に一致団結して立ち向かおうと息巻いて動き出した矢先、彼女たちはこの≪ニフル≫の政庁にやってきて、俺たちが地下に潜っている間に起きた出来事を伝えてきた。


「わ、私の家がぁあああっ!?」


「ご、ごめんなさい。止められなくて……」


 その内容を聞きルキが悲鳴を上げ、アンネリーゼに慰められていた。

 今日だけで何度目の悲鳴だろうか、などと益体もないことが頭を過った。


 ――地下で死にかけて、地上にやっとの思いで帰ったら家が燃やされたと聞けばそうもなるか……話を聞くに稼いだ金はすぐに研究に費やしてた感じだし。その状態で家財全滅じゃあ……いや、これで引き抜きやすくなったか?


 ふと思ったが、流石に酷いかと俺はその思考を振り払った。


「それでやつらはルキの家でエヴァたちに接触を……?」


「ああ、僕やアンネリーゼ様が狙いみたいだった。それにアリーのことについても……ただ、≪バビルア鉱山≫で上がった火柱を見た途端に逃げてしまって詳しいことは……すまない、目の前に現れたというのに」


「そうか……いや、とにかく怪我が無くてよかった二人とも」


「アリー」


 知らないところで母と婚約者が危険な目に合っていた事実に、俺は動揺を覚えたがそれを何とか呑み込みエヴァンジェルを労わった。


 ――≪神龍教≫……ただの宗教テロ組織かと思っていたが。


 俺の≪神龍教≫への認識とはその程度のものだ、帝都での事件に関わっていた可能性も聞いているし、長い間活動している犯罪組織というだけあって相応の警戒こそしていた。

 だが、ロルツィング辺境伯領においてはそこまで活発的な活動が見られないこともあって、俺の中での優先順位としてはかなり下になるのは否めなかった。

 仮にも領地を治めるものとしてその意識はマズいとは思っているのだが……。


 ――人の犯罪者も、人を食料としか見ていないモンスターよりは……まあ、幾分かマシだからな。とはいえ、こんなタイミングで……いや、このタイミングだからこそなのか?


 龍を崇める教徒、そして活動を始めた溶獄龍の存在。

 それが同時に現れたことにどうにも嫌なもの感じてしまう。


 ――……思った以上に気を付けるべき相手なのか? 長らく龍を信仰していたという話が本当なら、俺が知らないこの世界における龍の情報とかも知っている可能性はある。


 どのみち、二人に手を出された以上、こちらとしても相応に対処を行うつもりだ。

 個人的な感情の観点としても為政者の観点からしても、身内が狙われたからには生半可な対応は出来ないし、するつもりもない。

 相手が帝国に被害を与え続けてきたテロ組織だというのなら、罪状にも事欠かないし大手を振って対処も出来るはず。

 とはいえ、



「それもこれも≪ジグ・ラウド≫を上手く倒せたら……か」


「アリー、大丈夫なのかい」


「わからない。だが、やるしかない」



 結局はそこに行きついてしまう。

 嫌なものを感じるとはいえ、ただのテロリストと対処を誤れば≪ニフル≫という都市が消えてなくなるかもしれない≪龍種≫。

 現状、どちらに重きを傾けるかは言うまでもない。


 ――やる事、考える事が多い……。≪ジグ・ラウド≫の対応に全て意識を向けたいのに、足元に現れたテロリストにも注意を向けないといけないなんて……。


 頭の痛い問題だ。

 しかも、現状では対処のしようもないというのも悩ましい。


「エヴァ……」


「大丈夫、政庁の方に詰めていれば人も多いし安全さ。アリーは気にせず、指揮の方に集中してくれ。確かに彼らのことは気になるが」


「すまない」


 結局のところ、後回しにするしかないことに情けなさを感じる。

 テロリストに狙われたのだ、不安もあるだろうに。


「いいんだ。それに色々と考えたいこともあったからね」


「考えたいこと?」


「どうにも目的が見えてこないというか……それに妙なことも言っていた。何かしらの理由があるとは思うんだ。それを落ち着いて整理したくてね。今は詳しく話している暇はなさそうだし」


「それは……そうだな」


 エヴァンジェルの様子から聞かされた大まかな出来事以外に、細かな気になることがあったらしいと俺は察した。

 とはいえ、確かに今の状況ではそれを聞ける余裕がないことも確か、色々と考え整理して落ち着いた頃に教えた貰った方が助かるのはそうなのだが……。




「それにしても落ち着いて整理……ね。一つの都市の興亡がかかっているというのに肝が太いな」


「おや、酷い。≪龍狩り≫のアルマンを信頼しているだけだというのに……それが健気に信じる婚約者に向ける言葉かな?」


「それはすまなかった。じゃあ、信頼に応えられるように頑張ってみるかな」



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