第百十五話:溶獄龍≪ジグ・ラウド≫
「鉱区の十八区、十七区の消滅を確認。更に四区、六区へ通路が落石にて封鎖。向こうの様子が確認できません」
「十一区、九区の損傷自体は軽微。ただし、負傷者多数! ≪
「≪バビルア鉱山≫内の狩人に対する帰還命令を発してしばらく経ちますが、まだ未帰還の狩人が……」
「とにかく、現場の状況の確認を最優先に! もっと応援を――」
いつもならば恐らく、徐々に寝静まり人気が少なくなっていく頃合いの≪ニフル≫政庁の建物の中。
怒声が鳴り響き、多くの政庁職員やギルド職員、その他諸々の人々が行き交い、その様相は騒々しい。
だが、それも仕方ないことだろう。
≪ニフル≫において最も重要な場所と言ってもいい≪バビルア鉱山≫。
広大な大きさをほこり、十八区の鉱区へとわかれたその上層鉱石採掘区の五分の一が消失。
消滅を免れた区も天井の崩壊、地盤の沈下、などによる人的、物理的な被害も多く。
区を繋ぐ通路の寸断も相次ぎ、今なお正確に全体の被害を弾き出せているわけではないが……およそ鉱区の三分の一に何らかの被害が出ているという試算。
ハッキリ言えば≪ニフル≫という都市にとって前代未聞の危機と言ってもいい。
「大変なことになりましたねぇ……」
「ああ、本当に死ぬところだった。……というかそろそろ離れろ」
「いやですねぇ。ふふふっ、何れ私は≪龍殺し≫の武具を作る女ですよ? あの程度のこと……むしろ、超えるべき敵と直接相まみえることができて、やる気十分といったところですよ! ええ!」
「わかった、わかったから……。怖かったんだな? でも全身鎧の防具に抱き着いても硬いだけだろ? いい加減離れようよ、な?」
「も、もうちょっと……もうちょっとお願いします、アルマン様ー!」
離されたら泣きわめくぞ、と言わんばかりの抵抗を見せるルキに俺は諦めて好きにさせておくことに決めた。
倒壊する地下からの脱出、スムーズに地上まで戻れたのは彼女の力が大きい。
それぐらいは……まあ、いいだろう。
――それにしても、よく生きてたものだ……。
俺は政庁の一室。
その片隅でレメディオスたちと肩を並べ椅子に座りながら、俺は心底にそう思った。
完全に予想外であった溶獄龍≪ジグ・ラウド≫との接触。
そして、戦闘とも言えない戦い。
俺とレメディオスを無視してのルキへのブレス攻撃……。
結果から言えば、俺の攻撃は間に合ったのだろう。
咄嗟に後先考えずのことをかんがえずに放った≪
それどころか≪ミーミルの髄液≫を基とした氷属性の≪杭弾≫は深々と突き刺さると同時に起爆、口腔に溜め込んだブレスのエネルギーを巻き込んで盛大に爆発を起こした。
上部の鉱区の一部が消滅したのは、その――ただの残りかすと言ってもいい。
万全のブレスの発射を阻害され、それでも放れた減衰したブレスであったが、それは地底から地表までを貫き、その間に存在していた全てを消滅させた。
ただの万全ですならない一撃が、辺境において第二の都市との名高い≪ニフル≫の機能を停止させたのだ。
「全く、冗談じゃない」
≪龍種≫の強さ、強大さ。
知っていた……つもりではあった。
だが、全く足りてはいなかったのだ。
単純な個としての力、それだけでありとあらゆるものを蹂躙できる。
それこそが≪龍種≫、この世界における生態系の頂点。
「あ、アルマン様」
「ナブーか、大変なことになったな」
「ああ、いえ、はい。まさかこんな……アルマン様が気にされたように、こちらでも異変についてもっと敏感になって調査をしていれば……」
「あまり気を落すな。俺たちがあの場所に行けたのもほぼほぼただの偶然。あんな地下深くのことなんてわかりようがない。≪ニフル≫に落ち度はないと思うぞ」
今にも卒倒しそうなほど蒼い顔をしながら話しかけてきたのは、≪ニフル≫の代官であるナブーという男だ。
≪ニフル≫という重要な場所の統治を先代の代から任されているだけあって凡庸ながらも落ち着いた優秀な統治者として市井でも噂されている人物であったが、今はその面影もなく動揺を隠す余裕すらないようだ。
「ほ、本当に……≪バビルア鉱山≫の地下に伝説の龍の一体が?」
「……記録水晶の映像は見たんだろう?」
「それは……そうなのですが」
「信じ難いかも知れない。というか、信じたない気持ちもわかる。だが、事実として≪バビルア鉱山≫の地下深くから地上までをただのブレスで貫かれた。……そんなことを≪龍種≫以外のモンスターが出来ると思うかい?」
「うっ、うう……っ!」
「あれは絶対、溶獄龍≪ジグ・ラウド≫だよ! 間違いない……本当に≪バビルア鉱山≫の地下に居たんだ!」
「噂って本当だったのね。結局、エヴァンジェル様が正しかったわけね。あんなモンスターが地下に居たんじゃ、他のモンスターもそりゃ落ち着かなくなるわ。今までは寝ていたのかしらねぇ」
「溶……獄龍、≪ジグ・ラウド≫……そんな……なんで……」
二人の言葉にナブーは受け入れ難そうにしつつも、何とか受け入れたようだ。
同じく都市を預かる者として、俺には痛いほど気持ちがわかった。
急にそんな生き物の形をした災害が近くに居ると言われても困るし、それに加えてこの被害……補填や再建のことを考えただけで頭が痛いのに、そこに≪龍種≫モンスターなんて劇物もいいところだ。
現実を認めたくなくなるのはわかるし、現実逃避の一つや二つもしたくなる。
だが、それをやらせるほどの余裕はないのだ。
「ナブー」
「っ、はっ、はい、アルマン様!」
「茫然自失となるのも仕方ないとは思うが、問題はこれからだ。気をしっかり持ってほしい、キミはこの≪ニフル≫の代表なんだ」
「こ、これから……? これからというのは一体……っ!? 溶獄龍はもう……」
「そうか、確か記録水晶はそこまでだったな。……ブレスを放つ直前、ギリギリに攻撃を叩きこむことに成功し、思いがけずにヤツは口内で溜めたブレスの力を爆発させた」
「ええ、映像が真っ白に染まり、その後にアルマン様たちは崩落する地下の中を抜けて上へと」
「ああ、その通り。生き埋めになるかと思ったよ」
「……溶獄龍はアルマン様の手によってダメージを受け倒れた所を、攻撃の衝撃で崩落した天井の瓦礫に圧し潰されて――」
「つまりはそれだけだってことだ。八発の≪龍槍砲≫の弱点属性の杭弾を叩き込まれて、ブレスの力を体内で爆発させて自傷して、膨大な量の瓦礫と岩に圧し潰された――程度」
「て、程度とは……」
「それで死ぬような存在を≪龍種≫とは呼ばない」
「そんな……」
「事実として俺たちが逃げる際に溶獄龍の咆哮を聞いた。ダメージは確かにあったとは思う……だが、その傷を癒したら直ぐにまた動き出す」
「…………」
絶句、という言葉がこれほど似合う表情もないだろう。
ナブーは恐る恐るといった風にレメディオスとルキを見たが、二人とも頷いて≪ジグ・ラウド≫の咆哮を聞いたことを肯定した。
それはつまり、まだまだピンピンしているだろうという俺の予測も同意したに等しい。
「そんなどうすれば……」
「≪ニフル≫を、≪バビルア鉱山≫を守るには……ヤツを溶獄龍≪ジグ・ラウド≫を討つしかない」
「それはそうかもしれませんがどうやって!? 相手は龍……わ、私には……」
明らかに錯乱した様子のナブー。
それも仕方ない、彼は優秀ではあれど文官でしかない。
それでもこれがあくまでも通常の大型モンスターによる問題ならともかく、相手が≪龍種≫ではそうもなるだろう。
だからこそ、俺は言わなくてはならない。
「任せろ、俺が誰だか忘れたか?」
「アルマン様……いえ、領主様」
「そうでもある、が。この場合は≪龍狩り≫としての名を信じて欲しい」
ここに一人で倒してくれる
相手は災厄、モンスターの頂点、その一角。
立ち向かわせるには希望である象徴が必要だ。
だから、俺は英雄にならなければならない。
英雄として振る舞わなければならない。
「さあ、人を集めろ、全てを集めろ。ここでまた一つ、人は龍に討ち勝とう」
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