第百十四話:地底世界での攻防



 の姿は言ってしまえば巨大な鰐に近いのかもしれない。


 四つん這いの体勢で長いふんに太く長い尾を持っている。

 下顎から伸びた巨大な牙は勇壮で、四肢は強靭に発達し力強く、背を覆う外殻は厳めしくゴツゴツとした鉱物の光沢に覆われている。

 溶岩の中に身を潜めるその習性によって、溶け込んだ鉱石を外殻に取り込む性質を持つという。


「……溶獄龍≪ジグ・ラウド≫」


「こ、これがエヴァンジェル様が言っていた……!? いえ、そうね、こんな迫力のモンスターなんて……それに何よ、あの大きさは」


 俺の呟きを聞き取ったレメディオスが舌打ち交じりにそう言った。

 だが、それも仕方ない。

 大人の人よりも一回りも二回りも大きなモンスターなど、この世界には確かに掃いて捨てるほどに存在するが≪ジグ・ラウド≫はさらに巨大だ。

 何せ通常の大型モンスターの倍近い大きさを誇る。


 確か覚えているゲームのデータだと全高は十三、四メートル、全長は三十メートルは優に超していたはずで、大型モンスターならぬ超大型モンスターとも言うべき威容なのだ。

 これには≪金級≫の狩人であるレメディオスとて、たじろぐのも仕方ないことだ。


 俺だって、その生の迫力には息を呑む。

 落ちた場所が離れていて本当によかったと心から思う。

 身近に置いて不意打ち気味に≪ジグ・ラウド≫を見てしまったら、その押し潰されそうな存在感にパニックになっていだろう。



「とりあえず……逃げるぞ」


「「賛成」」



 一先ず、色々と言い合いたいことがあるもののまずするべきこと。

 それを見失わなかったのは俺たち三人は速やかに行動を開始した。



                 ◆



「よし登れ、速やかに登れ、だが決して注意を向けられないように静かにな」


「ひーんっ!?」


 落ちてきた穴に向かってアンカーを飛ばし、そしてロープを固定し脱出の経路を作ると俺はルキを先行させた。

 三人の中で一番弱いのがルキである以上、さっさと先に行かせるしかない。

 泣きべそをかいているが𠮟咤してでも急がせる。


「レメディオス、どうだ?」


「大丈夫、まだ気づいた様子は無いみたい。結構な大きな音だったと思うんだけど……」


「気付いてないならそれに越したことはない。気づかれない内に早く脱出をするぞ」


 岩肌に隠れるようにして≪ジグ・ラウド≫の様子を見ていたレメディオスにそんな声をかけ、俺は内心で頭を抱えた。


 ――流石にこの状況は予想外だ。なんでこんなことに……。


 一応、最悪の場合も考えて用意はしていたとはいえこんな事故のような形で≪ジグ・ラウド≫のところに来る予定は俺としては当然なかった。

 故に選んだの撤退であった。

 相手が気付いていないなら不意打ちをするチャンスでもあったが、流石にリスクが大き過ぎる。

 それに想定をしていたつもりではあったが≪ジグ・ラウド≫と実際に対面して、俺は重要なことを思い出してしまった。


 俺が倒した災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫は≪龍種≫の中でも最弱を誇っていた龍であったということだ。

 わかっていはずだし、調子に乗っていたつもりではなかったが……。


 ――なんだよ、あの≪ジグ・ラウド≫のデカさと迫力……。いや、なんでプレイヤーは一人で倒せるんだよ。


 狩人としての本能がヤバい、と危険を全力で訴えかけてきた。

 防具も武具もキチンと想定して用意をしてきたつもりであったが、真っ当に戦うとなれば死を覚悟しての戦いを余儀なくされるのは間違いなく、少なくとも今のような精神的な状態コンディションで挑むのは自殺行為でしかない。

 狩猟において身体的な状態も重要だが、精神的な状態も同じくらいに重要視される。

 動揺が収まらない半端な状態で戦いに挑むくらいなら、一度引いて整えてから戦うのが理に叶っている。


 ――落ち着け、まだ大丈夫だ。確かに予想外の邂逅ではあるが、幸い相手はこっちに気づいてはいない。≪ジグ・ラウド≫の存在も確認できた以上、上手く脱出できれば動員もかけられてるはず……。経路も確保できたし、こっちから準備を整えて攻めることだって……。



 そんな考えを巡らせるも世の中というのはそんなに甘くはない。

 特にこの世界は。



「っ!? マズいわ、アルマン様! あいつ、こっちに振り向いて……っ!? 隠れて!」



 俺はそれをこれまでの経験から痛いほどよく知っている。

 大抵の場合、俺が思うようにはいった試しはないのだ。


「えっ、ちょっ、私はどうすれば……っ!?」


 眠るように体を横たえていた≪ジグ・ラウド≫が徐にこちらに顔を向けてきた。

 レメディオスと俺は咄嗟に岩陰に隠れるも、ちょうどロープを登っていたルキは当然のことながらそうもいかない。

 隠れることも出来ず、≪ジグ・ラウド≫の視界に入ってしまい、相手が見逃してくれることを祈るしかなかったが――




 咆哮。

 もはや声というレベルを超越した空気の振動が、まるで津波一帯に広がった。



「っ、マズい! レメディオス……っ!」


「ええい、そう上手くはいかないわよね! 早く登りなさい!」


「は、はいー!」



 ≪ジグ・ラウド≫の琥珀色の瞳に浮かぶのは明確な敵意の色。

 俺とレメディオスはそれを察知すると同時に前へと駆け出した。


「時間を稼ぐ……無理はするなよ」


「わかってるわよ、アルマン様もね!」


 巨躯の身体が重々しく動き、前脚が地面に振り下ろされる。

 ただそれだけの行為で大地が揺れ、更に俺たちの方へと向けて歩み出すとその振動は断続的なものとなる。

 自身の数倍を優に超える巨体が地面を揺らし迫る姿はさながらそのものだ。



「っ、とりあえず止まりなさいな! こっちよー……どぉおおおおらっ!!」



 圧倒的なスケールの≪ジグ・ラウド≫に呑まれないよう、レメディオスは咆哮を上げて攻撃を叩きこんだ。

 進撃する巨躯の身体、真正面から迎え撃とうとするふりをしての側面に回っての≪大斧≫による一閃。

 大地を踏みしめ、力も十分に入った横薙ぎの一撃は≪ジグ・ラウド≫の左前脚を突き刺さるも――



「硬……いわねぇ!? ぬぉおおおっ?!」



 それはその堅牢な外皮と強靭な筋肉によって阻まれ、半ばまでしか刃を通すことが叶わず、そしてそれは≪ジグ・ラウド≫の巨体と比較すれば傷ですらない。

 まるで意に介さず前進する≪ジグ・ラウド≫にレメディオスは弾き飛ばされた。


「ちょっとこっちは無視!? 渾身の一振りだったのに自信を喪失しちゃうわよ……全く!」


 慌てて≪ジグ・ラウド≫を後を追いかけるレメディオス。

 何度となく攻撃を仕掛けるも≪ジグ・ラウド≫はまるで無視し、進撃を続けこっちに迫ってくる。


「っち、なんて理不尽……」


 レメディオスの攻撃は重い。

 元より≪大斧≫という一撃の重さに特化した武具を自前の筋力とセンスで全力で叩き込んでいくのだ。

 上位のモンスターでも数発も受ければたじろぐ位はするのだが……。


 ――来るか……っ!


 俺は迫りくる≪ジグ・ラウド≫を見据えて、≪巨人殺しティアマト≫を起動させ何時でも発射できる状態に移行する。


 溶獄龍≪ジグ・ラウド≫の弱点属性は≪氷属性≫。

 ≪巨人殺しティアマト≫は≪巨人種≫のモンスターである≪ミーミル≫の素材から作られた≪龍槍砲≫だ。

 ≪ミーミルの髄液≫から作られる特殊な氷属性の杭弾を放つことが出来るのが特徴だ。


 ――どこを狙う? リスクはあるが頭部を狙ってみるか? それとも無難に手足にダメージを与えて弱らせるか? しかし、弾数には限りがある……。


 相手モンスターの耐性を無視して貫くことが出来る≪龍槍砲≫は、非常に頼もしいが使用回数が限られるのがネックである。

 一応、≪グレイシア≫から予備の弾倉も持って来てるとはいえ、それにだって限りはある。


 ――一度引き、改めて再襲撃するとしても弾数には余裕があった方がいいか。可能な限り消耗は抑えて……


 そんな考えを頭の片隅で行いつつ、≪ジグ・ラウド≫を迎え撃とうとした瞬間のことだった。


「……っ、なんだ!?」


「止まった?!」


 不意に咆哮を上げながら前進を続けていた≪ジグ・ラウド≫が停止。

 ついで――



「えっ、ちょっ、こっち見て……へひゅっ!?」


「マズっ……あの動作は!?」



 俺は咆哮を一旦やめ、四肢を踏ん張り、そして息を吸い込むような動作から。

 ルキは上から下を見下ろす都合上、見えてしまったのだろう。



 ≪ジグ・ラウド≫の口腔に煌々と輝く全てを焼き尽くす炎を。



 ≪ジグ・ラウド≫のブレスの予兆。

 標的は回避することも出来ないルキへ目掛けて。


 俺はすぐ様に先程までの考えを破棄して≪巨人殺しティアマト≫を操作、過剰駆動を実行させる。


 狙いは上向きになった≪ジグ・ラウド≫の下顎。


「間に合え……っ!!」



 ≪超火・廻天砲オーバーフロー・フルドライブ


 アッパーカットに近い要領で≪巨人殺しティアマト≫に搭載された全弾の杭弾が、ブレスを発射する直前だった≪ジグ・ラウド≫に叩き込まれ、そして――




 世界は白く染まった。




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