第百十三話:煉獄の主
「――よし、無理! 逃げるぞ!」
「ええ、これは無理ね! うォおおおおっ、全力で逃げましょう!」
「ふっ、今日のところは勘弁してあげましょう。これは決して撤退ではなく、見逃してあげただけなので悪しからず!!」
ソレに会った瞬間、
ソレを知覚した瞬間、
ソレの発する力の息吹を感じた瞬間、
俺とレメディオスとルキの三人の心は一つになった。
即ち、逃げよう……と。
「アンカー射出! よし、ルキは早く登れ! 気を引かない静かに息を殺しつつ、かつ速やかに上るんだ」
「むっ、無茶言わないでー!? くそぅ、こういう時に長柄の武具は……」
情けない悲鳴を上げつつもロープを伝って落ちてきた天井の穴へと向かって行くルキ。
それを見上げながら俺はどうしてこんなことになったのかを思い返した。
◆
事の始まりはルキであった。
巨大な岩盤で封鎖された地下の大溶洞への入り口、そこで立ち往生し次の調査方針をレメディオスと相談していたのだが、ルキは何やら周囲の状態を調べる過程で岩盤の向こうに空洞があることを見抜いたのだ。
これには正直に言って驚いた。
ゲームの通りならそのルキの予想は正しい。
だからこそ、彼女が続けて言った「この岩盤をどうにかできればその先に進めるかも……! そうすれば異変の原因が……わかる、かも!」という主張に曖昧ながら同意をしてしまい……。
――「ならば、アルマン様! 私にいい考えがあります! このルキにお任せを!」
――「えっ、あっ、うん」
アピールチャンスだ、と言わんばかりに迫ってきたルキの元気に押し切られ、俺はその行動を許してしまったのだ。
――「この硬い岩盤をどうにかするとしたらやはりここは発破で壊すしかありません! そういう時こそ、この≪
ウキウキと腰にぶら下げていたポーチからアイテムを取り出すルキ。
――「ああ、そう言えばそういう用途で使われているとは言っていたな。なるほど、それならもしかしたら……」
彼女の様子を見て俺は考え込んだ。
俺が地下の大溶洞への岩盤の状態を気にしていたのは……もし、ゲームの通りに進行していたのならば溶獄龍が目覚め、活動を再開したことによって起きる地殻変動の影響で岩盤は破壊されるはずだったからだ。
プレイヤーはそのイベントを経て溶獄龍の居るエリアへと入れるようになるのだが……だからこそ、俺は岩盤の状態を気にしていたわけだ。
もし、壊れてその向こう側に行けた状態になっていたら。事態は色々な意味で進行しているかもしれない。
そう警戒していた。
実際はこの通りに道は塞がっていたわけだが……。
ホッとしたのも束の間、次に俺が考えたのはこれからどうするべきかと言うことだ。
溶獄龍が居るはずの地下の大溶洞、そこへ至る道を俺はここしか知らない。
そして、この道を通れるようになるには溶獄龍が活動を開始しなくてはならない。
……実に厄介なことだった。
何せそれはどうしたって主導権はあっちが持つことになるということなのだから。
だが、もしもルキがこの岩盤をどうにかすることが出来て、地下の大溶洞までの道を開くことが出来れば話は別だ。
こちらから攻めることが可能となる。
だからこそ、俺はルキの行動を許してしまったのだ。
――「ここにありますのは大量の≪
――「そんな危ないものを持ち運んでいたの……? 何というか度胸あるわね」
――「なるほど確かにそれなら壊せるかもしれないな。それはそれとして、なんか途中が小声になって聞き取りづらかったんだけど……。具体的には「十倍近い威力を誇る」の後に何か言葉を付け足していたような……」
――「工房ではちょっと失敗したけど、形にはなったしイケるイケる。理論は完璧。あとは……いざっ!」
結論から先に言えば、目的であった岩盤の破壊には確かに成功した。
炸裂した≪
そこで終わっていれば最上の結果だったのだが、問題はそのあとだった。
有り余るエネルギーは岩盤だけに留まらず、天井や地面、周囲にも容赦なく襲い掛かったのだ。
衝撃によって酷く震え、それも収まったと思ったら今度は地面の方から不吉な振動が起こり……。
――「な、なんだ?」
――「い、嫌な予感がするわねー?」
次の瞬間、俺たちが踏みしめていた地面が崩落を開始した。
――……ああ、そう言えば≪ワーグル≫が居たとか言ってたっけ。
雪崩の崩れ落ちていく足場に成す術もなくも巻き込まれ落ちて行きながら、俺はそんなことを考えていた。
≪ワーグル≫というモンスターは言ってしまえば巨大な
この付近で見かけたという話だが、あるいはその≪ワーグル≫が俺たちの立っていた地面の下を掘っていった場合、地盤が弱くなっている可能性はあった。
そして、何より岩盤で封鎖された先の道というのは縦穴に近いものだ。
≪ワーグル≫の掘った穴は不運なことにそこに繋がっており、
――「きゃぁああああっ!? お母さーん!」
――「……これはもうどうしようもないわね」
――「しまった。完全に失敗だった」
俺たち三人は土石流に流される形でただただ落下する羽目になった。
上からもどんどんと岩が降ってくるので変に抗おうとするとそれはそれで危険であり、俺とレメディオスは達観し、ルキは落ちながら器用にも悲鳴を上げていた。
――「ぐすっ、死ぬかと思ったよぉ……。アルマン様ぁ、たすけていただきありがとうございましゅぅ。でも、一先ず助かっ……た?」
――「たかだか高い所から落ちたぐらいで死んでちゃ、狩人なんてやってられないわよ? それにしても……熱ぅいッ!? 何よ、ここ……は」
――「ああ、くそ。覚悟はしていたけど……そうなるよな、全く」
どれほど落ちたのか、体感ではわかりづらくはあったがようやく見えてきた地面に俺たちは無事着地することに成功。
直ぐ様に押し潰すように降り注いできた岩石たちも回避し、ようやく人心地着いたのか声を上げるレメディオスとルキだったが、それもすぐに閉口する羽目になった。
地下深くとは思えないほどに広大な空間。
血のように紅々とした溶岩の川が至る所に流れ、時折に間欠泉の如く吹き上がり、辺りを照らしている。
膨大な熱量は空気を熱し、その場にいるだけで体力を削られそうになる感覚を誰もが味わった。
もし、この世に地獄という場所が存在するのならばこのような情景であるだろう。
だが、二人が息を呑んだのはその光景ではない。
その視線の先には煉獄を思わせる巨大な溶岩の池。
そこに平然と寝そべるまるで山の如き巨躯のモンスターへと向けられていた。
生態系の頂点の一つ、≪龍種≫の一体。
溶獄龍≪ジグ・ラウド≫が――そこには居た。
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