第百十二話:白き訪問者



「――まさか、こんな場所が残っていたとはね」



 騒ぎが聞こえ、直ぐ様に側にいた護衛の狩人共に家の外に飛び出た僕の目に飛び込んできたのは意外な光景だった。


には目が届かない部分が多いとはいえ……まさか、生き残りがいるとは。いや、ここは運が良かったというべきか?」


 叫び声を聞き、初めに僕の頭に浮かんだのは当然モンスターの襲撃だった。

 ここがモンスターの脅威の無い大陸の西なら、あるいは野盗の群れやならず者の存在が頭に浮かぶかもしれないが、ここ≪ニフル≫は立派なロルツィング辺境伯領だ。

 そこら中にモンスターの脅威があるこの領地で、そんな自殺行為に精を出す人間はまず居ない。


 故に、僕は騒ぎの元凶はモンスターである。

 そう思い込んでいたのだが……。


「っ!? その風体は……」


 その言葉を発したのは騒ぎを聞きつけ、飛び出してきたアンネリーゼのものだ。

 散らかった家の中の様子に我慢が出来ず勝手に掃除を嵌めていた彼女は息を呑むように叫んだ。


 外に出てまず目に飛び込んできたのはその奇妙な風体だった。

 白装束に面を被った姿――僕は彼らについて知っていた。


「忌々しい血族の生き残りがこんなところに隠れ潜んでいた……それを知ることが出来たのだから」


「教徒の人間か……っ! ちっ、なんでこんな辺境にまで……」


 苛立たし気にを踏みつけながら呟く彼、あるいは彼女。

 対して敵意を剥き出しに剣を抜き放ち、臨戦態勢に入るのは僕の側にいた赤毛の狩人。


 彼の対応は何も大袈裟ではない、辺境であるこっちでは活動自体が少ないこともあってあまり知られていないが、相手はこの世界において唯一国である帝国――そして何よりも不可侵であるべき皇族を、幾度も脅かした経歴を持つ一団。


 ≪神龍教≫の一味であることを示す姿なのだから。


「何のつもりかは知らないが、大人しく捕まれば痛い目を見ることはない」


 纏っていた陽気さが嘘のように消滅し、冷ややかに声を低くしながら赤毛の狩人は剣を前に出し威嚇するように振るった。

 相手が相手だ、妙な動きをすれば腕の一本や足の一本ぐらいなら問題ないと態度で示していた。


 本来であれば、狩人としての力をただの人に向けるのは推奨される行為ではないが……それでも常識的に見て、赤毛の狩人の行為は許される範囲の中だった。

 彼らはそれほどまでに大罪人だ。


「だが、抵抗するのであれば――」


「ま、待て……っ!」


 赤毛の狩人の言葉を遮るように声が響いた。

 目の前の白装束の人物ではない。


「っ、お前ら……っ!?」


「な、が居る! 気を付けろ……っ!!」


 目を引く≪神龍教≫の教徒の姿に目を引かれてしまっていたが、ようやくそれ以外の周囲の状況に僕の意識が及んだ。


 家の近くにあった黒い墓石のような残骸を踏みつける教徒の他に、周囲には幾人もの護衛として雇われていた狩人たちが居た。


 外に居た人たち、数にして三人。

 うち一人は倒れ伏し、頭から血を流し、仲間の一人に≪回復薬ポーション≫での治療を受けていた。

 そして、最後の一人はその二人を守るように≪重装槍≫の盾を構え、槍は威嚇するにように教徒の方に突き出されていた。


 赤毛の狩人に向けて警告を放ったのは≪重装槍≫を装備した男の狩人だ。


「何を……っ!?」


 咄嗟にその警告を聞き返そうとした赤毛の狩人だったが、飛来してきたを察知すると同時にそれを盾で受け止めた。

 受けの体勢が良くなかったのか、≪片手剣≫の盾では受け止め切れなかったのか、吹き飛ばされるものの、彼はすぐ様に立て直し構え直した。


「っ、なんだ!? 今のは確かに……何かが!?」


「へえ……。厄介だな、全く。腕のいい者を集めているじゃないか」


 教徒が何かを言っていたが、僕にはそれを冷静に聞ける余裕は無かった。


 ――何だ? 確かに何か……見えない何かが攻撃を仕掛けて来た?


 見えた。

 いや、正確には見えてはいないが……見えない何かが、僕の目の間を横切ったのは理解できた。

 景色が微妙に歪み、が高速で教徒の後ろから……薄暗い森の奥から伸びて、赤毛の狩人に襲い掛かった。

 それが僕に理解できた全てだった。


「……何の目的だ、反徒よ」


 ここに彼がいたならば、この不可思議な現象も見抜いたのだろうか。

 ふと僕の頭の片隅にそんな思いが過ぎったが直ぐ様に振り払った。


 ――気を引き締めろ。奴らの目的が何であれ、僕が動揺するわけにはいかない。


 この場にはアリーが居ない。

 アンネリーゼはあくまで対外的な立場は侍女でしかない。

 こちら側の上位者は領主の婚約者であるエヴァンジェル・ベルベット、つまりは僕なのだから。


「これはこれはご機嫌麗しゅう。エヴァンジェル・ベルベット様――あるいは≪龍の乙女≫と呼んだ方が?」


 ――龍の……乙女?


 お守り代わりに持ってきた≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫を握り締め、警戒の体勢を取りながら僕の頭に浮かんだのは先ほど見た手帳の中に出来た単語だ。

 それが目の前の存在から、そして僕に対して向けられたことに疑問を覚えながら……僕はとりあえず、笑みを浮かべた。


「ほう? 知っているのかい?」


「六つ龍の神話……この世の摂理に係る≪龍種≫の存在。これらについて知っている――それだけで疑うには十分過ぎる。幼い頃は随分と口が軽かったそうじゃないか」


「…………」


「そして何よりもキミは七つ目の龍についても知っている。六つの龍についても正しく知られていないというのに。それが≪龍の乙女≫である何よりの証拠」


「…………」


「えっ、七……?」


 困惑の声を上げる赤毛の狩人。

 それを視界の端に捉えつつ、僕は内心で呟いた。





 ――いや……僕が知ってた、というか。アリーが教えてくれたんだけど……。





 正直、目の前の人物が何について意味深な喋り方をしているか僕にはさっぱりわからなかった。

 とはいえ、相手側は何か得体の知れない戦力のようなものを持っており、刺激するのはマズく。

 ついでに変に事実を言ってもアリーの迷惑になりかねないと思った僕は意味深な笑みを浮かべてみた。


 これでもそれなりに自身の容姿には自信がある。

 その容姿を活かして意味深な笑みを浮かべるのは得意技だ。


「ここの血族と繋がっていたのか? こんな辺境の地とどうやって……隠れ潜むならともかく。教えてくれると嬉しいね、エーデルシュタインの姫君よ」


「反徒に教える事があるとでも?」




「道理だね。だが、その繋がりこそがエーデルシュタイン領の滅亡に繋がったとしたら哀れなものだ」


 ――今、何を言った? コイツは。




 それは僕にとっては聞き過ごせない言葉。

 まるで……。


「知っているのか……≪エンリルの悲劇≫について」


 エーデルシュタイン領で最も繁栄していた都市≪エンリル≫。

 それを襲撃し、エーデルシュタイン領に壊滅的な被害をもたらしたのは≪海の魔物≫であるとされている。


 ただ、わかっているのはそれだけ。

 肝心の≪海の魔物≫が一体何なのかも不明、≪海の魔物≫がその後何処に去ったのかもまた不明。

 この大陸の歴史において一つの街や領地があっさりとモンスターの襲撃によって滅ぶことはそう珍しいことではない、避けようもなかった災害にあってしまったのだと諦めて受け止めるしかない……そう思っていたというのに。


「さてね。それを君に伝える義理はない」


「何を……っ」


「エヴァンジェルちゃん」


 教徒はこちらの問いに答えるつもりがないのか飄々とした態度で、思わず声を荒げそうになるが何時の間にか近くに来ていたアンネリーゼが僕の手を取った。

 ひんやりとした手の感触に少しだけ僕は冷静さを取り戻す。




「まあ、いい。話は後で聞くとしよう。≪龍狩り≫が居ないのは知っている。変な邪魔が入る前にやることは済ませよう。≪龍の乙女≫よ、私たちと一緒に来て貰おうか。それに……ああ、そこの彼女も。≪龍狩り≫への牽制にはなりそうだ」




 だが、相手はこちらのことなどどうでもいいのか、そう言い放つと一歩進み出た。

 緊張が一気に高まり、周囲の狩人たちが一斉に構えた。



はこの世界の有害因子だ。滅びを齎す、故に排除しなければならない」


「好き勝手を……っ?! なんだ?!」



 背後にあった無人のルキの家から倒壊するような音が響き、火の手が上がった。

 唖然としてその光景を見ると燃えあがる火の側に、陽炎のように揺らめくが居た。



「っ、モンスターか……!? だが、なんで……っ!?」


「さあ、来て貰おうか。狩人どもよ、邪魔をするなら――」



 教徒の言葉に従うようには低く呻いた。

 こちらの動揺を無視するように、その声には明らかな敵意の色があり、襲い掛かってこようと場の空気が張り詰めた瞬間――






 ≪ニフル≫の大地が

 ついで、天を轟かすような爆音が鳴り響く。





「きゃあ!? もう、何が……っ!?」


 アンネリーゼが悲鳴を上げ、慌ててその方角に眼向けると言葉を失った。

 それも仕方ない。



 そこには――天と大地を繋げるが如き、巨大な火柱があったのだから。




「あそこは≪バビルア鉱山≫の……まさか、動き出したのか!? ――溶獄龍≪ジグ・ラウド≫! 早過ぎるぞ」




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