第百九話:勧誘


 しばらくの休憩の後、俺たち三人は改めて地下へと向けて歩き出した。

 闇雲に向かっているわけではなく、ルキの見た≪ワーグル≫を見かけた地点を一先ずの目標としている。

 それというのも≪ワーグル≫というモンスターは下層に出没し、中層で見かけるのは珍しいモンスターだからだ。

 ゲームではなく、生きているモンスターである以上、何かの拍子に迷い出てくるというのはあり得ない話ではないが……。


「≪土砕獣≫って確か鉱石しか食べないんだったわよねぇ?」


「そうです、そうです。特に下層の希少な硬い鉱石を好んで食べるので上に上がってくるというのは……」


 何か理由があるとしか思えない。

 それが何なのか分かれば異変の原因調査にも繋がるのではないか、という話し合いの元に彼女の先導に任せて進んでいた。


「それにしても相変わらずの迷いそうになる内部だ。方向もわからなくなるし、よくはっきりと場所がわかるものだ」


「まー、そこら辺は慣れですかねぇ。しょっちゅう降りて居れば大体覚えているものですよ。大きめの洞窟は滅多なことじゃ変わりませんから、それを基本にして覚えれば……」


「大きめの洞窟道は滅多なことじゃ変わらない……って、じゃあ他は変わったりするの?」


「そうですねぇ。地中を掘り進めるモンスターとか割と居るので、横道とかの細かいところはあった洞窟が塞がってたり、気付いたら新たに出来て居たり……」


 まるでダンジョンだな、と俺は心の中で思った。

 ここを苦手としている理由の一つだ。

 この下に溶獄龍が居るかもしれない……という不安が敬遠させていた主な理由ではあったが、それ以外の要因として≪バビルア鉱山≫の環境の難易度の高さが挙げられた。


 ――ゲームだと地図があって現在位置もわかったから特に困りはしなかったけど、現実だとここまで厄介だとは……。


 MAPが入る度に変わる地下迷宮ダンジョンみたいなものだ。

 入って戻ってくるだけでそれなりに技能が必要になりそうな環境で、更に大型モンスターがうろついている。

 なるほど、中層以下に≪ニフル≫が遅々として手を伸ばせないのもわかるというものだ。


「そんなに新たな道が出来たり、塞がれたりするようじゃ、危なそうねぇ。下手に近づかない方がいいと?」


「いやー、でも、案外、そういうところに希少鉱石の採掘箇所が見つかったりでやっぱり覗いてみたくなるというか……」


「うーん、私にはわからない感覚ねぇ。私って狩り《ハント》中心の狩人だから」


「採取は採取で楽しいですよ? 新たな発見がありますし……まあ、私の場合は趣味と実益を兼ねていますけどね」


 そう言って自慢げにルキは≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を掲げた。


「確か複数の鉱石を素材を溶け込ませて作ったんだっけか?」


 要するに合金のようなものだ。

 複数の上位鉱石を集め、合金化して作製したのが≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫らしい。


「そうなんですよ、いやー、配合には苦労しました。全然、上手くいかなくて材料集めに何度潜ったことか……」


「別にそこまでする必要は無かったんじゃないか? 上位鉱石なら十分な強度はあるだろう。それでいいと思うんだけど」


 例えば上位鉱石アイテムとしてうんざりするほど上位装備作製時に要求される≪ディアル石≫。

 別名、≪緑鉱石≫。

 それを生成することで得られるディアル鋼は、ゲーム上のフレーバーテキストにおいて強度が高すぎて一般的な需要はほぼない……とまで書かれているのだ。

 それほどまでの強度を持った金属を精製できる上位の鉱石アイテム、それらを別種六種類も混ぜて合金化するのは過剰とすら思えた。


「いえいえ、目指しているのは≪龍殺し≫の異名! 妥協は許されませんから」


「ふむ」


 オリジナルの武具を作るために基とする素材を、オリジナルに合金で作る……いっそ偏執的といってもいいぐらいの拘りの深さだが、俺はそんなルキの姿勢を好ましく思った。

 徹底的なまでに可能性を追及する姿勢、それはゲーム知識を前提に動いている俺には無かったものだ。


「さっきまでの戦いを見る限り、武具としての性能は一級品といっても過言じゃない。およそ上位武具を称しても問題ないと個人的には思った」


「それは確かに私も思いましたね」


「ああ、大した腕だと思う。どうだろう? 事が片付いたら≪グレイシア≫に戻るわけだが、一緒に来るつもりはないか?」


「……えっ、それって」


「あら、こんな年若い子をお誘いですか? エヴァンジェル様に言いつけちゃおうかしら?」


「茶化すな、レメディオス……そうじゃないって。あくまでも純粋に腕を見込んでだな」


「おほほ、わかっていますよ。アルマン様もエヴァンジェル様には敵わないようで」


 そっち方面でちょっかいを出してくるのは切実にやめて欲しい。

 俺は異性関係に関して全くといっていいほど経験値がないのでうまく立ち回れる気がしないのだ。

 まあ、それはともかくとして。



「ほ、本当ですか!? 私が≪グレイシア≫に……!?」


「ああ、優秀な人材はいくらいても足りない。募集していたところでもあるし、個人的にルキの研究に興味もある。支援も約束しよう。金銭や研究に必要な素材とか」


「お、お金……素材……研究し放題……」


「……し放題かどうかは、あくまでも常識的な範囲の中で――ということで」



 目を爛々と輝かせるルキの姿に俺はほんの少しだけ心配になって言葉を付けたした。



「まあ、住み慣れた場所から生活拠点を移すことになるわけだし、そう簡単に結論を出せるものじゃないだろう。頭の隅にでも置いて貰えれば――」


「行きます」


「えっ」


「私は≪グレイシア≫に行きます!」


「……そうか、ありがとう」



 思った以上にあっさりと頷かれ俺は困惑してしまった。

 だが、そんなこちら事などお構いなしに「よっしゃー! 立身出世だー!」と騒いでいるルキ。

 彼女的には生まれ育った都市への愛着とか家族との思い出がある家とかよりも、研究欲の方が優先されるようだった。


 ――……ま、まあ、良かったか。反応が悪そうだったら根回しをする羽目になっただろうから、その手間が省けたと思えば。


 ルキをこのまま手放すという選択肢は無かった以上、良い方に転がったと俺は納得することにして色々と話しかけることにした。




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