第百五話:ルキの秘密の家


「いやー、申し訳ありません。まさか実物をあんなにじっくりと舐るように拝見できる機会が来るとは思わなくて、ついちょっと興奮してしまって」


「ちょっと……?」


 存分に暴走したルキの興奮が収まるにはかなりの時間を費やした。

 辺りに暇を潰せるものが無ければきっと途中で頭を軽く殴って正気を取り戻させるという強硬手段に出ていただろう。


「あはは、熱中するとそれしか見えなくなる癖があって」


「ああ、身を以って体験したよ」


「あは、は……こ、小指で許してください」


「いや、いいから。というか、何処でそんなの覚えたんだか」


 この一帯ではそんな風習でもあるのだろうか、とんと聞いたことはないが。

 プルプルと震えるルキ相手に、俺は溜息を吐き辺りを見渡した。


 そこは古びた工房だった。

 見知った大工房とはまるで違う、こじんまりとしたあくまでも個人で使う規模の工房。

 だが、薄っすらと埃を被っており定期的な掃除こそしているとはいえ、最近は本来の用途としては使われていないことが伺える。

 雑多にものが置かれており、ただの荷物置き場のようになっていた。


「さ、最近、ウチに帰って来たのは久しぶりで……。いつもはもっと掃除しているんですけど」


 言い訳がましく言葉を重ねるルキが言っているが俺はそれを聞き流した。


 今、俺が居るのはルキの自宅だ。

 噂通り、郊外の外れにある場所にポツンと林の中、四人家族ぐらいなら同居できそうな家に離れにある作りのしっかりとした工房、石造りの蔵に管理できていないためかボロボロになった花壇、黒い長方形の表面のつるつるした黒い墓石のようなものがそこにはあった。


「聞いてはいたが、随分と難儀な場所だ。都心にも遠いし、不便じゃないか? それに危ないだろ」


「それはまあ……行き来はわりと大変で、最近だといつもは市の狩人用の格安宿に泊まって、休日とかにはこっちに……みたい感じですかね? モンスターについては今まで特に襲われることは無かったし」


「今までは襲われなかったからって、明日もそうだとは限らないぞ?」


「これでも一端の狩人ではありますから、その時はその時ですよ。それに人里離れて居ると結構便利なんですよ? 静かだし、土地は使いたい放題だし、周りをあまりに気にしなくていいから実験とかも……」


「まっ、だから来たんだけどね。どうにも市内では目立ちすぎるからな」


 ≪龍槍砲≫を見せるために俺たちがルキの自宅に来たのはそれが理由だ。

 どうしたって俺……というか、アルマン・ロルツィング辺境伯、そして≪龍狩り≫という立場は注目を集めてしまう。

 そこで何処か人目のない場所を、と思案に暮れた所をルキが自ら立候補したのだ。

 噂の自宅とやらも見てみたかったのでその案に乗ったのだが、思った以上に都市から離れて居たことには驚いた。


 なるほど、奇特と呼ばれるだけのことある。

 まるで木々の中に紛れるようにルキの自宅はあったのだ。


「とはいえ、あれだけ熱中するとは……」


「で、でもでも、だって……うぅ~~っ!」


「こっちのことはお構いなしに……まあ、面白そうなのは多かったけど」


 俺が見下ろすのは無数の書籍だ。

 かなり古いもので恐らくは親かそれ以上前の研究日誌なのだろう。

 モンスター素材の加工や武具、防具に関する考察と研究の日誌だった。

 ルキも言っていたがどうにも昔からそういう研究を代々やって来たのだとか、乱雑に管理されているため正確には全体が把握できないが、かなり幅広く研究をしていたようだ。


 非常に興味深い。

 パラパラ見ているだけでも時間を潰せた。


「何というか、古いものが多いんだな。自宅の方にも本棚はあったが、あっちも古書だらけだ。エヴァたちが興味深そうに読んでいた。歴史書とか昔の絵本とからしいじゃないか」


「あー、確かお爺ちゃんの趣味だったかな? まあ、実際に会ったことはないのであやふやですけど。こんな場所だから捨てるの面倒で、そうすると溜まっていくんですよねぇ」


 それはそうだろう、と思いつつも話題が逸れているなと思い出し、俺は話を軌道修正することにした。


「って、そうじゃなかった……。あー、異変。異変の話だ。さっき説明したけど覚えているか?」


「失礼な。ちゃんと聞こえてましたよ。応えなかっただけです」


「なお、悪い」


 思わず突っ込みつつ、俺は先を促した。


「確か領主様たちが≪ニフル≫に来た理由が異変について、何でしたよね」


「≪龍槍砲≫も見せたんだ、何か知っていることがあったら、どんな小さいことでもいいことでもいいんだが……」


「異変……か。ええ、確かに≪バビルア鉱山≫に入って最近、おかしいなって思うことはあります。研究に必要な材料を採取するため、私は定期的に入ってますからね。鉱石の精製に欠かせない炉の燃料である、≪白熱石≫の採取依頼クエストは基本的に≪ニフル≫だといつでも受領出来ますから、≪紅烈石ダナディウム≫の採取ついてに……」


「≪紅烈石ダナディウム≫は確か≪バビルア鉱山≫の上層より、下の階層じゃないと採取できないんだったか……」


「よくご存じで。それでまあ、採取なので時間もかかるから、≪バビルア鉱山≫には結構一日でも長い間、潜ることになるから……だからかも知れないけど、何というか空気がおかしいっていうか。モンスターたちの雰囲気が昂ってる感じはするかな……」


「それはこっちでも報告に上がっていたな」


「あっ、あとは中層で採掘している時に偶々、≪ワーグル≫を見つけたかも。戦いはしなかったけど。あと――」


「ふむ……」


 ≪土砕獣≫。

 所謂、モグラに近い姿形で甲殻に覆われた大型モンスターだ。

 ここ≪バビルア鉱山≫内で出現するモンスターなのは間違いないが……。


 ――≪ワーグル≫が出るのは下層のはず……やはり、おかしいな。何かが起きている。


 ルキの思いつく限りの心当たりのある事象について聞き取り終え、俺は黙考する。

 レメディオスの方と後ですり合わせる必要はあるが、やはり……。




「ね、ねえ! アルマン様はやっぱり≪バビルア鉱山≫の中に……?」


「ん、まあ、そうなるかな。危険がないわけではないけど、それが一番早い――」



「ならさ!!」



 俺が言い終える前に、ルキは大きく声を上げ目を爛々と輝かせた。




「私も連れて行って! きっと役に立つよ!」



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