第百四話:信じることの大切さ



「もう、一人で行ったと思ったら……」


「いや、すまないなアンネリーゼ。だが、大勢で話しかけると変な警戒をされるかな、と」


「まあ、それはそうだろうね。何がアリーの琴線に彼女が触れたのかはわからないけど追っかけて話しかける分には別にいいんだ。とはいえ――」


 エヴァンジェルは呆れたように俺に向けていた目線を



「も、申し訳ありませんでしたぁ……お、お許しください、領主様ぁ……せ、せめて小指で許してくださいィ。お、お金も今は無くて……く、靴を舐めますから……ぁ、ぐすっ、えぐっ!」



 この世界で初めて見たかもしれない……いや、別に元の世界でも見慣れていたわけではないがそこには、それはそれは美しい姿勢の土下座スタイルの少女がいた。

 微妙に身体を震わせて、声が上ずっているのもポイントが高い。



「アルマン……」


「アリー、キミは実は幼い少女をこうやって虐げる趣味が……」



 シラーっとした二人の目が突き刺さる。


「待って欲しい、誤解だ」


 俺は必至でそう主張するしかなかった。

 説得力は現在進行形で俺に許しを請うてルキの姿で甚だ疑問しかなかったが。



「ふふっ、冗談よ」


「ああ、勿論冗談さ。全く、ここは≪グレイシア≫じゃないんだ。アリーの人柄もあまり知られてないんだから、あまり脅かすような真似をしてはいけないよ?」



 慌てた俺の様子に満足したのかコロッと態度を変える二人。



「……二人とも実は怒ってるだろ?」


「いえ、そんなまさか。ねえ、エヴァンジェル様?」


「そうだね、婚約者フィアンセに置いて行かれたぐらいで……」


「わかったわかった。後で埋め合わせはするよ」



 二人共に俺がルキを追って行ったことで色々と気分に水が差されたのだろう。

 言葉ほど怒っては無さそうだが、勝手に予定を変更して行動したのは俺である以上、甘んじて抗議を受け入れることにする。


 ――二人の仲が良くなったのは良いけど、こういった場面になると勝ち目が無くなったなぁ……。


 元からアンネリーゼとエヴァンジェルに対しては……何というか甘く、弱い自覚はあったのだ。

 その二人が結託してしまうと大抵の場合、勝てない。

 元から男子というのは結託した女子には勝てないものだが、どうにも身内でのヒエラルキーの低下を感じる今日この頃。


「まっ、それはともかくとして……彼女に眼を付けるほどの何かが?」


「ああっ、龍殺しの武具を作るっていう目標も面白いと思ったし、それにどうにも≪銀級≫の狩人でもあるらしい。最近も≪バビルア鉱山≫に入っていたようだから、上手くいけば異変についても何か聞けるだろう」


「へえ、この子が……」


「異変についての現地調査が主な目的だったからね。とはいえ、レメディオス様が色々と接触してまた情報を集めているはずだけど」


「情報は多いに越したことはないからね。それにそっちはあくまでオマケだ。俺が期待しているのは……あー、ルキ。何時までもそうしてないで、早く立て」


 俺はそう言ってまだ古式ゆかしい土下座スタイルのルキに促した。


「ゆるしてくださいィ……て、貞操ぐらいなら……!」


「若い子がそんなこと冗談でも口にするもんじゃありません! そうじゃなくて見たかったんだろ」


「……ふぇ?」


「≪龍槍砲≫。生憎と災疫龍に使ったものとは別だけど――」


「ィ、やったぁァァ!! み、見せて貰えるんですかぁ!? さあ、早く見せてくださいハリーハリー!」


 そう言う叫ぶや否やルキは飛び上がって全身で歓喜を露わにした。

 一瞬前までの様子は何だったのかという変貌だ。

 ぶんぶんと腕を振って感情を爆発させている。



「……何というか、元気な子だね」


「ああ、でも面白い奴だ。将来性があるというか……目をかけてやりたくなってな」


「龍殺し、か。確かに≪龍狩り≫としては見過ごせない存在だね。まっ、ここはアリーの目を信じることにするさ」



                  ◆




「うへっ、うへへ……っ! しゅ、しゅごい……っ! これが古代文明において龍と戦うための兵器。それに連なる武具の≪龍槍砲≫! 私の目標とも言える武具。こ、こんな太ましい杭を≪紅烈石ダナディウム≫の爆発力で叩き込むなんて……なんてクレイジーな武具! はぁ、はぁ……っ! これを発射した時の威力を想像するだけで……っ、うおぉぉっ!? 搭載されている精製された≪紅烈石ダナディウム≫の火薬、私の使っている物より遥かに純度が高い! 別の精製方法があるのかなぁ! どれだけ違うんだろ……ちょっと貰っていいですか!? いいですよね! それに……ああっ、この内燃機関の複雑さ、発射の仕組みは……凄い凄い! ふひひっ、これが≪龍槍砲≫かぁ! ただのモンスターを狩るには過剰といってもいいほどの火力全振りの形、逆に言うと古代文明は対龍を想定した時にそれだけの火力が必要になると考えていたってことで、そう考えると――」



「…………」


「…………」


「…………」



 俺たち三人は無言で目の前の光景を見ていた。

 目の前には頬を薄っすらと桃色に上気させ、熱っぽい視線で≪巨人殺しティアマト≫を愛おしむように抱き寄せ、撫でまわす少女の姿が……。


「……アリーの目を信じることにしているよ?」


「将来性はある……はずだ」


 にっこりと笑みを浮かべる愛しき婚約者フィアンセ言葉に、俺は目を逸らしながらそう答えるのが精いっぱいだった。



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