第百三話:探究者、追い求める者


「……誰?」


「すまない、先程の騒ぎを見てね」


 ルキの居場所を追うこと自体は簡単だった。

 何せこの少女、よほど悔しかったのか大声で叫び声を上げながら疾走していたのだ。

 お陰で目撃証言には困らなかった。


「……見ない顔」


「こっちの人間じゃないからな」


「そっか、最近は増えたもんね。温泉とか色々……まあ、私はあまり興味なんだけど」


 ルキが居たのは住宅街の少し外れにある場所。

 彼女は木の影に蹲るようにして座っていた。


「そうか? いいことだと思うけどな、温泉。気分転換するにはいいんじゃないか? そんなところでベソをかいているより」


「……ふん、ベソかいてねーです。っていうか、何で初めて会った人にそんなこと言われなきゃならないんですか」


「まっ、それはそうだけど」


「大体誰ですか、大方騒ぎを見て面白半分で追っかけてきたのかもしれないですけど迷惑です。付きまとうなら憲兵にでも――」


 そこでぐぅっという音が二人の間に響いた。

 音の主は俺ではない、であるならば残りは……。


「…………」


 俺がチラリとみるとルキの顔は真っ赤になっていた。

 あくまでも泣きはらした顔なのだ、と思うことにしつつ提案する。


「さっきそこで饅頭を買ったんだが……食べるか?」


「……食べる」


 言っておいてなんだが、簡単に見ず知らずの相手からの食べ物を受け取って食べる姿に俺は凄く不安を抱いた。

 かなりエキセントリックな行動をしていたが、どうにも根は素直な良い子なのだろう、行儀よく受け取って食べる姿は躾が行き届いているように見えた。

 甘く、そして出来立てのほかほかした饅頭は、彼女の荒んだ心を癒すには十分だったようだ。

 鳴いた烏がなんとやら、笑顔が戻っているあたり単純……もとい、切り替えの早い性格でもあるようだ。


「それにしても妙な武具や防具を作るという話じゃないか」


「妙じゃないし、私がやろうとしたのは武具や防具の可能性を引きあげようとしているんだよ」


「ほう?」


「確かに今の武具や防具は素晴らしいあれ以上に素材の力を発揮させる形で武具や防具を作り出す……私には出来ないこと。……次々に出てくる新種のモンスターの度に、武具や防具も更新されて種類が増えていく。鍛冶屋はそれをただ生産するだけ」


「それの何が悪い? それに職人の腕によって同じ武具や防具でも結構なバラツキがある。それを考えたら同じものを作るのは練度の向上、質の向上にもつながるわけだ」


「私だってそのぐらいわかってる。私が嫌なのは……なんで改良しないのかってこと」


 ルキは語り始めた。


「例えばさっき話題にしていた≪焔楼刀≫。中位武具と分類されている≪炎属性≫の≪長刀≫。これに毒の異常付与が組み合わせることに成功していたら、武具としての価値は上がるとは思わない?」


「まあ、≪属性≫と≪異常≫を併用して使うことが出来るなら、確かに評価は上がるな。とはいえ、そういう上位武具ならあるが……」


「そこ」


「ふむ?」


「こういうことを言うと「他にそういう武具があるから、それを使えばいい」ってよく言われる……。けど、それって答えになっていないじゃん? もしかしたら、威力では低いけどその分量産性に優れているとか、材料のランクから考えて費用対効果がいいとか……可能性は色々とあるわけじゃない? つまり、既存の武具を改良に挑戦をしない理由にはならない。それなのにまるでそれがされた物であるかのように、――そんな人間が多いこと」


 そんなルキの主張に俺としても思うところはあった。


 ――面白い視点の考え方だな、既存の武具の改良か……その発想は無かったな。


 ゲームとしての知識を持つ俺にとって≪焔楼刀≫は≪焔楼刀≫でしかない。

 それに手を加えて強化するというのは考え自体が浮かばなかった。


「そして、最後には龍殺しの武具を……と?」


「うっ、そこまで聞きましたか……。まあ、隠しているわけではないですけど。――伝承の龍を討つ、龍殺しの武具。それを作るのが私の……いえ、私たちの目標なんです」


 フンスっと握りこぶしを作りながらルキは宣言した。


「……なんですか、笑ってもいいんですよ? 慣れてますから」


「いや、いいじゃないか龍殺しの武具。俺も実に欲しい。作ったら是非とも使わせてほしい」


 本当に、と心の中で付け足しながら俺は言った。


「いい目標じゃないか」


「そっ、そうですかねぇ……えへへっ。そう言ってくれたのはお兄さんが初めてです。みんな馬鹿にしてまともに聞いてくれなくて……特にロルツィング辺境伯が災疫龍を倒してからは特に……」


「あー」


「≪龍種≫の実在が判明したのは良かった。けど、みんな≪龍狩り≫様、≪龍狩り≫様! ……いや、確かに噂に聞く≪災疫事変≫の話はワクワクしたし、挿絵付きの本も買ったけども!」


「買ったんだ……」


 皆目、俺には心当たりのない本が流通しているらしい。


「それはそれとして……なーにが「どれだけ凄い武具を発明で来ても、証明できなきゃ龍殺しの名前は名乗れないな!」なのさ! ……確かにそうだよ! アルマン様が普通に倒しちゃったせいで私の目標が難しくなっちゃったよぉ!」


「いや、普通には倒せてない。わりとギリギリだったというか博打のようなものだったし……」


 思わず口を挟むがルキはヒートアップしたままだ。


「そもそも龍が一体減ったせいでチャンスも減っちゃったし、領主様のバカバカ、アホー! うううっ、実験の進捗も上手く進んでないし、工房も追い出されちゃったし、もう最悪……在庫も無いし採りに行かなきゃ。はぁ、それにしても領主様が災疫龍との戦いに使ったとされる≪龍槍砲≫……噂に聞く、あれを見ることが出来れば……こっちに来てるって話だし、ダメもとで頼みに行こうかなぁ」


「その口ぶりだと二日前は居なかったのか? 偉い騒ぎだったけど」


「ええ、まあ、これでも≪銀級≫の狩人もやっていまして。昨日帰って来たばかりで……」


「なるほど……。それにしても≪龍槍砲≫、か。やっぱり、あの匂いは……もしかして、≪紅烈石ダナディウム≫か?」


「っ、わかるんですか!?」


 俺の呟きに反応したのかルキは無邪気な笑みを浮かべ、ずいっと身を乗り出すようにして喋りかけてきた。


「≪紅烈石ダナディウム≫! 精製することで高い爆燃性を誇る特殊な鉱石! 私はこれに凄い可能性を感じているんです。起爆した際の熱量があまりにも高すぎて、今までは大規模な城塞兵器や坑道での破砕ぐらいにしか使い道がない危険なものだったけど……噂に聞く≪龍槍砲≫はこれを利用した武具だと聞いています」


 ≪紅烈石ダナディウム≫、とはルキの言った通りの存在で言ってみれば凄い火力を生み出せる火薬の原材料とも言うべきものだ。

 威力が高すぎて、尚且つ瞬間的なため、炉の燃焼材などにも使えず、使い道が限られている厄介な代物。


「だけど、危険な爆発力を狩猟に転用できれば……悔しいですけど≪龍槍砲≫は私の構想を先に形にしている。特に≪紅烈石ダナディウム≫をどう上手く転用しているのかそれを知ることが出来れば私の研究も……」


 興奮に顔を赤くしながら力説する姿は些か暴走機関車のような雰囲気を感じたが、それよりも俺はそんなルキに対して、


 面白い。


 と、感じた。



「そうか、じゃあ良かったら見に来るか?」


「え?」


「≪龍槍砲≫、見たいんだろ? ちょうど持って来ておいてよかった。割と悩んだんだよね」


「…………え?」



 そこでようやくルキはこちらのことを認識したようだ。

 恐らくは今の今までは感情が荒んでいて気を回す余裕が無かったのだろう、自身の愚痴を吐き出すことに夢中で俺が何者なのか、等ということにまで気が回っていなかったのだ。

 だが、ここでようやく何かに気付いたようだ。



「何なら≪災疫災禍≫も見ていくか? 気になるだろ?」


「……えーと、お兄さん? いや、でも、まさか……ねえ? ≪龍槍砲≫は確かほぼほぼ領主様の預かりになってるって……じょ、冗談はマズいですよー?」



 だらだら。

 盛大に冷や汗をかきながら、ルキは一縷の望みかけて震えた声を上げる。

 だが、俺はそんな彼女に対して現実を突きつけるように自身の服の胸元に入れていた一つの懐中時計を取り出した。


 高級そうな懐中時計には丁寧にロルツィング家の家紋が記されていた。

 この辺境伯領で暮らす者なら子供でも知っている意匠。


 だが、これをロルツィング家の許可なしに勝手に使うことは許されていない。

 破れば問答無用で重罪は免れない故、この意匠を自ら掲げることが出来るというのは、それ自体が身分の証明にも繋がる。




「自己紹介がまだだったな、ルキ。私はアルマン・ロルツィング……バカでアホーな辺境伯領の領主様だ。ああ、あと≪龍狩り≫の件はその……済まなかったな」


「―――ひぇっ」





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