第百二話:ルキという少女


「だから、勝手なものを作るんじゃないって言ってるだろうが! ああ、もう工房を滅茶苦茶にしやがって」


「ちょ、ちょっと失敗配合に失敗しただけだし……」


「これがちょっとか!? どうなんだっ、!」


 騒ぎの方に向かっていくとそこには人垣が出来ており、その向こうからは諍いの怒鳴り声が響いてきた。

 年配の怒り狂った男の声に対するのは若い少女の声だ。


「失礼」


「あっ、ちょっとアルマ――」


 名前を口にしようとしたアンネリーゼの口を指で塞ぎつつ、俺は人垣の中を掻き分けるように入っていく。

 明らかなトラブルの様子、普段ならそんな面倒事に関わろうとはしないのだが……



「この様は一体どう説明してくれるってんだぁ! ルキよぉ!」


「ううっ……」



 人垣の向こう側の光景は聞こえてきた声の通り、年配の男が少女を怒鳴りつけている光景だった。

 男の方は恐らくは四十代後半で更に筋肉質で大柄、対峙するように向かい合っている少女は小柄の……恐らくは俺よりも四、五ほど小さい少女だ。

 毛先にかけて黒色の白髪という特色のある髪をショートカットにした可愛らしい容姿をしている。


「これは一体……」


 そんな少女が大の男に怒鳴られ涙目になっている光景というのは、一般的な感性からすればあまり気持ちのいいものではない。

 少なくとも俺の感覚からすれば、一先ず止めたくなるのが普通なのだが……諍いの声を上げる二人のすぐ側、目に飛び込んで来たに俺たちは困惑した。



「なんだこれ? 火薬でも爆発させたのか?」



 後ろからついてきたエヴァンジェルが俺より一拍遅れてその光景を見て呟いた。


 そう、確かにそこは彼女の言う通りの有様であった。

 怒鳴り合う二人のすぐ傍には何かの建物の壁があったのだが、その壁は無惨に倒壊し地面にも罅が入っている。

 瓦礫の飛散している方向を見れば、建物の内側から吹き飛ばされたのは想像に難くなく、ぶち抜かれた穴から見えたその内部の様子から察するに工房であるのは間違いないだろう。

 何度となくゴースを尋ねるのに大工房に直接突撃をした俺ではない。


 ――さっき、何やら振動を感じた気がしたがこれだったのか……。状況から察するにこれを引き起こしたのが少女で、あの男の方は工房の人間か?


 改めてみれば太い筋肉質な腕に、火傷の跡が残る肌といい、見慣れたその道の職人らしさのある男だ。

 彼がこの施設の管理者であれば怒り狂っているのもわかるというものだ。


 


「…………」


 俺はすぐ近くに居た住民らしき男に尋ねた。


「失礼、どういう騒ぎか……わかるか?」


「おや、アンタこっちの人じゃないな? ルキの奴はここいらじゃ、有名なんだが……いや、なんですが」


「ああ、そうだ」


 一緒に居たアンネリーゼたちに目配せをして俺は男の話を聞くことにする。

 ≪災疫災禍≫を脱いでいるせいか、男は俺がこの辺境伯の領主であることには気づかなかったようだ。

 一応、昨日の騒ぎの際にもアンネリーゼたちは一緒に居たので二人は目立ってしまうかなとも思っていたが、どうにも≪災疫災禍≫の印象が強すぎたせいだろう、気付いた様子は無い。

 俺たちを他所から来た位の高そうな旅行者……ぐらいに受け止めたのか、たどたどしく言葉を詰まらされながらも語ってくれた。


 曰く、彼女――ルキという少女は≪ニフル≫の郊外に住んでいる、奇特な一家の一人娘らしい。


「奇特?」


「奇特も奇特、何せその一家のある家は都市の郊外ですからね。森の奥にポツンっと」


「それは……なるほど」


「奇特でしょう? 危ないからもっと都市の近くに居を構えればいいのに、先祖代々の土地だからと離れやしない」


「ふむ……」


 ここ、≪ニフル≫は≪グレイシア≫ほどの防衛機構を有していない。

 モンスターの襲撃に備え、物見櫓や堀、柵や鉱石の石材による壁などを作り、要所こそは守っているものの≪グレイシア≫のように都市一つを巨大な城壁で囲み、城壁内には兵器を大量に備えているなどという、とんでもない代物ではない。

 ゲームでは気にならなかったが、いったいロルツィング初代はどうやってこの都市を築いたのか不思議でならない……いや、今はそんなことは良くて。


 とはいえ、≪グレイシア≫には劣るとはいえ、≪ニフル≫は≪ニフル≫で色々と工夫を重ね、モンスターの襲来に備えは怠っては居ないのは間違いない。

 当然、安全性を考慮すれば都市の中心に近ければ近いほど、安全性は高まるというもの。

 それなのに郊外の土地に拘るというのは……。


「いくら、≪ニフル≫の近くとは言え。あれじゃあ、何かあった時に助けを呼んでも間に合うかどうか……そんな微妙な場所だ」


 一応、都市の近郊ということでモンスターの出没率は少ない。

 何度となく、≪ニフル≫を襲撃し、そして返り討ちにあったのを一帯の周囲のモンスターは覚えているのだ。


 だが、絶対ではない。

 もっと都市に近い場所に居を構えた方が絶対に安全なはずなのに離れやしない。


「なるほど、奇特だな」


「でしょう? まるで人目を避けるように」


「ふむ……」


「とはいえ、別にそれ以外は普通の人たちだったんですわ。父親のマードックは良い鍛冶屋で良い武具を卸しに来たし、それに狩人としても優秀でした。母親のジョサンナも気立ての良い人でね。だからこそ……残念だった」


「……残念だったとは?」


「当時の流行り病でね。一家で生き残ったのはルキだけさ」


「なるほど」


 流行り、別に珍しい話ではない。

 この世界には≪回復薬ポーション≫があるが主に効くのは外傷だ。

 病気にはそこまで効果がない。


「それからあの娘はおかしくなっちまいやがった。曰く――」



「うちの親父さんがマードックの旦那に世話になってたから色々と我慢してたが……今日という今日は許さねえ! てめぇは腕はいいんだから、そのまま注文通りに武具と防具を作ればいいんだよ」


「ちゃんと作ってるだろうが!」


「なんか変な手を加えようとするだろうが! この間も注文された≪焔楼刀≫に変に手を加えて……」


「偶々手に入った≪蒼毒石≫が手に入ったから組み込んでみたの! 炎と毒の攻撃を一撃で出せる……これは強い!」


「肝心の切れ味が悪いってクレームで返品だわ!」


「あれー?! で、でもこれは試行錯誤……成功のための失敗だから」


「武具も防具もそのままでいいんだよ」


「失敗したのは確かに私が悪い! 黙ってやったのも悪いし、ちゃんとその分の補填も返す! でも、武具も防具ももっと先があるはずだよ! 確かに今あるそれらは素晴らしい……けど、スキルとか素材とかもっと試せばもっと――」


「うるせえ! 腕がいいからいつかは良い戦力になるだろうって耐えていたが……もう沢山だ! 出ていきやがれ! 工房なんて二度と貸さねぇ!!」


「うぐぐ……っ」



 よほど怒っているのか工房の主らしきその男の怒声に、ルキは声を震わせながらじりじりと後退りをして、


「お。覚えていろよぉ!」


 そして、言い放った。



「いつか私は――を作り上げて見せる! それを為した時、私に跪くことになるんだからね!」



「はっ、バーカ! お前の夢とやらが無くても≪龍狩り≫様は龍を討てることを証明したじゃねーか! 出来ても要らねーんだよ! そんなの!」


「う、うるせー! ≪龍種≫はまだも居るしー! うわぁあああああん! ≪龍狩り≫様のばっきゃろー!」



 ルキという少女は脱兎のごとく、捨て台詞を吐きながら逃げ出した。


「と、まあ……あんな感じさ。、そんな大言を吐きながら色々な工房を回っては変な実験をしては追い出される厄介者さ」


、か」


「龍はアルマン様に討たれたのにねぇ」


 そんな男の言葉聞き流しながら、俺はルキが消えた方角を見つめ、しばし黙考の末に歩き出した。


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